毎日200回も開閉する駅のホームドア。ホームの安全を守る装置としてすでにおなじみの存在だが、導入の際にはベテラン運転士が10人がかりで試運転をくり返すなど、駅利用者の目には決して触れない裏話があるようだ。今回はホームドアの関係者だけが知る4つのトピックスを公開してもらった。
INDEX
- 電車にシンクロするドア
- 意外に知らないホームドアの数え方
- ホームドアの“裏側”を拝見!
- ホームドアはますます身近な存在に
- 裏事情1:電車のドアとホームドアの開口がピタリと合う理由
- 裏事情2:真夜中にベテラン運転士が10人も…
- 裏事情3:ホームドアは車両のドアより敏感?
- 裏事情4:三菱電機のホームドアは「閉まり方が優しい」
電車にシンクロするドア
都市部に通勤・通学する人であれば毎日のように目にする駅のホームドア。電車が到着すれば開き、出発前には閉じる……だけの存在と思われがちだが、電車のドアとシンクロするあの動きは、どのように実現しているのだろうか? そんな目線でホームドアをじっくり観察してみたら、気になることがいくつも出てきた。そこで、国内のホームドア市場で高いシェアを占める三菱電機の長崎製作所を訪ね、ホームドアの“裏事情”に迫った。
意外に知らない
ホームドアの数え方
三菱電機がホームドア事業に着手したのは2003年。当初はエレベーターなどを扱う稲沢製作所(愛知県)で製造していたが、2007年に長崎製作所に移管され、これまでトータルで約8500開口のホームドアを納入した実績がある(2019年8月現在)。
ちなみにホームドアは1台や1基ではなく、「開口」という単位で数えるらしい。早速、ホームドアに関する業界用語を知ってしまった。
ホームドアの裏事情を教えてくれるのは、長崎製作所の土橋昂史さんと大塚泉さん。土橋さんはホームドアの営業を、大塚さんはホームドアを動かすために必要なソフトウェアの開発を担当している。
土橋 昂史さん
佐賀県出身。社会インフラに関わる仕事を希望し、三菱電機に入社。入社1年目は電車の車両空調の国内営業を担当し、2年目以降はホームドアの国内営業も兼任する。「本社・支社や現場、それにお客様との橋渡し役。それぞれの意見の調整が大変なこともありますが、自分が携わった駅や車両を見るとワクワクします。世の中に役立つものを作り上げるこの仕事に誇りを感じています」
施設システム部
大塚 泉さん
長崎県出身。大学は数学を専攻。入社後、発電や工業用の監視システムに関するコア技術の研究開発に携わる中で、ビルや駅のエレベーター・エスカレーターの遠隔監視システムを開発。その後、ホームドアを手がけて7年目、主に監視機能やセンサーシステムを担当。「駅は環境や条件による違いが大きく、どんなに準備しても現場では必ず想定外の事件が起こります。そこであらゆるパターンのデータを取るのですが、その解析には大学で学んだ数学が非常に役立っています。学生時代はこれほど膨大なデータを解析した経験はないので大変ですが、楽しんで仕事をしています」
ホームドアの“裏側”を拝見!
土橋さんが最初に案内してくれたのが、長崎製作所内にあるショールーム。
土橋:普通はなかなか見られないと思いますが、これがホームドアの裏側です。
まさに裏側! 電車の中からでもこんな風にホームドアを見ることはできない。しかもこのホームドア、ドアの中からもう1枚が飛び出す構造になっている。
まさに裏側! 電車の中からでもこんな風にホームドアを見ることはできない。しかもこのホームドア、ドアの中からもう1枚が飛び出す構造になっている。
土橋:これは「多段式ホームドア」。戸袋をコンパクトにしたいときにはこのタイプが有効です。ホームドアには他にもさまざまなタイプがあって、長尺のホームドアが多く採用される駅もあります。長いと重さもかなりありますから、戸袋から出た時に自重で垂れ下がったり、ドア自体がたわんだりする可能性があります。そこで私たちはドア枠に軽量かつ丈夫な素材を使用し、更に視認性を上げるためにガラスをはめ込んだホームドアも開発・提供しております。
ガラス越しに車体が見えるためデザイン性・視認性も良いです。電車待ちのときなどに、ちょっと目を向けていただけるとうれしいです。
ホームドアはますます
身近な存在に
そういえば、最近はホームドアが導入されている駅がどんどん増えているような気がする。それは一体なぜ?
土橋:ホームドアがなかった頃はホームを利用するお客様が線路に転落したり、列車と接触したりする事故が多発していました。そのような状況を受け、2011(平成23)年に国土交通省から「1日の利用者数が10万人以上の駅から優先的にホームドアを設置するように」という指針が示され、ホームドアの導入が進んだのです。設置費用は鉄道会社様の負担ですが、国や自治体からの補助があり、これも導入が進んだ理由の一つです。
大塚:近頃はバリアフリー化によって障がい者の方やご高齢の方など、さまざまな方が電車を利用しますし、歩きスマホも危険視されるようになり、社会的にも安全への意識が高まっています。ですから、鉄道会社さまとしてもホーム上の安全性をより強化したいと考えているようです。
ちなみに、1ホームあたりホームドアの数は?
土橋:おおよその目安ですが、1車両に片側4つのドアがあるとして、10両編成なら40開口。上りと下りを合わせると80開口です。1日の利用者数が10万人以上の大きな駅では、一つのホームに1日100本程度の列車が発着しますから、ホームドアは毎日約200回の開閉動作をすることになります。
80開口×200回! ということは、ホームドアは1ホームだけで毎日1万6000回も作動する計算になる。
裏事情1:電車のドアと
ホームドアの開口が
ピタリと合う理由
次なる疑問はホームドアの動きについて。ホームドアは、電車のドアが開く直前に開き、電車のドアが閉まった直後に閉まる。あの絶妙なタイミングでの開閉は、誰がどうやってコントロールしているのだろうか。
大塚:マニュアル操作の場合は、電車の運転士さんか駅員さんがホームドアの「開」ボタンを押しますが、この「開」操作を自動化することもできます。センサーやRFIDなどを使用して列車の走行状態を検出し、定位置に停止したと判定したタイミングで自動的にホームドアを開けるのです。
ホームドアに「自動開システム」が搭載されていれば、電車の運転士さんや駅員さんが特別な操作をしなくてもホームドアが開く。毎日200回の開閉操作をするという負担から解放されれば、業務効率も大きくアップするだろう。
ほかにも大塚さんはセンサーや監視システムを使い、ホームドアの新たな“付加価値”を作り出してきた。
大塚:ホームドアは安全を守るために非常に有効な設備です。その反面、電車の運転士さんには別の課題も出てきます。ホームドアがあると、電車のドアの位置とホームドア開口部をぴったり合わせて停車しなければならないからです。
ホームドアと電車のドアの位置がずれれば、乗降に支障をきたす。そこで大塚さんたちはセンサーを使った「定位置停止の支援システム」を開発することにした。
大塚:ホーム上に設置されたセンサーから取得されるデータをもとに電車までの距離値をリアルタイムに算出します。この算出値をもとにホームに入ってきた電車の走行位置を検出し、状態に応じたサインを出すことで運転士さんが定位置に停止することを支援するのです。
例えば、電車が定位置範囲に近づいたら表示灯が点灯し、定位置範囲内に入ったタイミングで「○」、定位置範囲内に停止したら「●」、定位置範囲外であれば「×」というように、電車の走行状態に応じて表示灯を点灯させます。
停車位置の調整に時間がかかれば運行の遅れにもつながる。定位置停止をサポートする機能は、鉄道会社にも乗客にもメリットをもたらすのだ。
裏事情2:真夜中に
ベテラン運転士が10人も…
定位置停止を支援するセンサーは、ただ取り付ければいいというものではないらしい。
大塚:車両の動きを検知するレーザーセンサーはとても繊細なんです。車両の形状だけでなく、塗装の種類、雨、車両の揺れ…さまざまな条件がセンサーの働きに影響します。そのため、どんな状況でも正しく機能するように、センサーの補正やシステムの調整をしなければなりません。
そこでホームドアを稼働させる前には、そのホームを通過する可能性のある全車種について夜間に試験走行を実施。大塚さんたちはデータを収集・解析し、どの車種がいつ入ってきても定位置停止ができるよう、センサーや制御ソフトウェアを微調整する。
大塚:試験走行ができるのは終電から始発までの間の約3時間。その間に運転士さん10名ほどが電車を次から次へとホームに定位置停止させてくださるんです。でも、このような試験にご協力くださるのは精鋭中の精鋭。センサーに頼らなくても定位置にピタリと停車できるテクニックの持ち主ばかりなんです。私たちとしては、テクニックにばらつきがあったほうがいろんなデータが取れるのでありがたいのですが…(笑)。
裏事情3:ホームドアは
車両のドアより敏感?
乗降者するとき、ホームドアと車両との間にチラリと見えるのが「支障物センサー」だ。このセンサーが駆け込み乗車をする人を検知すると、ドアを反転させて人間にぶつからないようにする。電車のドアに傘やバッグが挟まったときもこのセンサーが検知して、「×(出発不可)」のサインを出す。
大塚:電車のドアの端についているゴムは柔らかくて、ものが挟まったままでも閉まってしまうこともあります。仮にそのまま出発するとケガや事故につながる恐れがありますし、ホームドアや車両が傷つく可能性もあります。そうならないように、車両が気づかない障害物でも、ホームドアは検知しなければならないのです。
その一方で、センサーが敏感すぎると車両の動きにも反応してしまい、誤検知することがある。
大塚:安全性を高めようとするとセンサーが検知する範囲を広くしたり感度を高めたりする必要があるため、誤検知のリスクが高くなります。そのバランスを取るのが難しいところです。とくにホームがカーブしている駅では調整が難しいですね。運転士さん、駅員さん、駅や車両の保守ご担当者など、さまざまな方のご意見を聞き、みなさんが納得できる塩梅に調整するのがこの仕事の腕の見せ所でもあります。
土橋:ホームドアの安定稼働のためには運用中にもシステムなどの調整は必要ですし、定期的な保守点検や修繕工事も行わなければなりません。それらの作業は、我々のホームドアに精通した三菱プラントエンジニアリング株式会社(MPEC)がすべて担当するため、安心してお使いいただけます。
ホームドアを動かすためには、ホームドアそのものだけではなく、それを取り巻くシステムも実際の運用では非常に重要になってくる。三菱電機で製造されるホームドアには、センサーのほかにも、長崎製作所が監視システムの開発に長年携わる中で培ったさまざまなノウハウが投入されている。ここには、設計・生産・保守がコンパクトにまとまっているからこそ提供できる連携力や提案力、実行力があると感じた。
裏事情4:三菱電機の
ホームドアは
「閉まり方が優しい」
ホームドアの開閉スピードは約4秒がベース。電車のドアの動きに追随し、さっと開き、静かに閉まる。その動きをくり返し見せてもらううちに、閉まり方に特徴があることに気づいた。スピーディーに動くものの、閉まり切る直前にスピードが若干ゆるみ、ふわっと閉まるのだ。
大塚:バタッと勢いよく閉まると、怖いでしょう? そうならないよう、トルク制御(※)によって優しく閉まるようにしています。三菱電機で最初にホームドアを作っていた稲沢製作所はエレベーターも製造しています。エレベーターのドアもふわっと閉まりますから、その技術や考え方が今のホームドアにも受け継がれているのかもしれません。
土橋:小さいお子さまのいる方の中には「ホームドアがあると心配」という方もいらっしゃるんですよ。安全なはずのホームドアが“怖い”存在になっては本末転倒ですから、できるだけ嫌なイメージにならないよう、配慮しています。
最後にもう一度、ホームドアの開閉を実演してもらった。さっと開くときは「いらっしゃいませ」と迎えられ、優しく閉まるときは「行ってらっしゃい」と送り出されるようだ。これまであまり注目したことのないホームドア。これからは電車待ちの間にながめるのが楽しみになりそうだ。
※トルク制御…モーターなどが回転する力を「トルク」という。モーターなどの力を調整することでトルクを一定値に保つことを「トルク制御」という。