かつて日本の花形産業だった半導体。その復権の鍵を握るのがパワー半導体だ。なかでもSiC(シリコンカーバイド)のパワー半導体は電力損失を大幅に低減できることから、鉄道車両や自動車、再生可能エネルギー、家電など多くの機器に搭載されており、2050年のカーボンニュートラル社会実現に向けてのキーデバイスとして注目を集めている。
INDEX
日の丸半導体復活の鍵はパワー半導体
1950年代に始まった日本の半導体産業。1980年代には「日の丸半導体」が世界を席巻したが、1986年の日米半導体協定の影響などで失速し、2000年代以降は低迷を続けている。ところが昨今、コロナ禍や国際情勢の不安定化などの影響で経済安全保障のリスク増大とともに、急速なデジタル化への対応やカーボンニュートラル社会の実現のため、半導体や情報処理技術の重要性がますます高まっている。
デジタル化や情報技術の根幹となるものの1つが半導体だ。そこで政府は2022年5月に成立した経済安全保障推進法に半導体に関する項目を盛り込み、半導体を含む11分野を経済安保に関わる「特定重要物資」とした。半導体に関しては経済産業省から2022年度第二次補正予算では3,686億円が計上され、2023年度補正予算では半導体の生産能力増強のための補助金などとして1兆5,450億円を充てることが決定。つまり半導体産業にはこの2年間で2兆円近い資金が投入されているのだ。
半導体には、広く知られるマイコンやメモリなどのほかに、カーボンニュートラル社会の実現、日の丸半導体復活に向けたキーデバイスの1つとして注目されている「パワー半導体」がある。パワー半導体市場において、日本は米国・欧州と並ぶ三極の一角であり、世界シェアの約26%を占めており、その存在は決して小さくはない。ちなみに三菱電機は日本企業が占める約26%のうちの約3割を占め、国内企業ではトップを維持している(経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」令和5年6月)。そこで、このような注目をされている「パワー半導体」について、三菱電機 パワーデバイス製作所の野口宏一朗さんに聞いた。
そもそもパワー半導体とは何か
物質には、金属のように電気を通す「導体」と、ゴムや木材のように電気を通しにくい「絶縁体」がある。「半導体」とは、電圧や光、熱を加えるなどの条件によって電気を通したり通さなかったりする特性をもつものだ。
野口:簡単にいうと、半導体は電流を流したり止めたりするスイッチです。パワー半導体の場合、電流を『エネルギー』として流したり止めたりします。それに対して、マイコンやメモリなどの半導体は電流を『信号』として流したり止めたりするのが違いです。また、機能面でも違いがあります。例えばメモリは考える、記憶するなどの目的で使われ、人体で例えるなら頭脳にあたります。一方、パワー半導体は筋肉を効率よく動かす目的で使われ、人体で例えるならば手足の一部にあたります。
誰もが毎日パワー半導体を使っている
パワー半導体は、エアコンや冷蔵庫などの家電のほか、鉄道車両やハイブリッドカーや電気自動車、エレベーターなど身近なものに活用されている。普段目にすることが少ないものでは、工場などで使われる産業用ロボットや医療機器、太陽光発電や風力発電や送配電機器にもパワー半導体は欠かせない。
野口:家電の中でエネルギー消費が最も大きいのがエアコンですが、一般的なエアコンにはパワー半導体が組み込まれたモジュール※1が多くて3個使われています。エアコン用のパワー半導体モジュールは三菱電機の得意分野の一つで、当社製エアコンはもちろん、当社製以外の多数のエアコンにも三菱電機のパワー半導体モジュールが採用されております。ほかにも冷蔵庫や洗濯機など、多くの家電に三菱電機のパワー半導体モジュールが採用され、家電用のパワー半導体モジュールは世界シェアトップ※2です。
※1:複数のパワー半導体を組み合わせて、1つのパッケージとしたパワー半導体のこと
※2:2021年度実績、当社調べ
三菱電機のパワー半導体は乗り物とも相性がいい。例えば初めての国産ハイブリッドカーに搭載されたのは三菱電機のパワー半導体だ。以来、ハイブリットカーや電気自動車にも三菱電機のパワー半導体が搭載されている。
野口:ガソリン自動車では化石燃料を燃やしてエンジンを動かしますが、ハイブリッドカーや電気自動車では電気でモーターを回すことによってエンジンの動力の一部を賄います。そのモーターを動かすために欠かせないのがパワー半導体です。
また、鉄道車両に使われているパワー半導体には主に2つの用途がある。1つは電気自動車と同様、モーターを動かすために使われる。もう1つは車両内の空調・照明などに電力を供給するための装置だ。架線から車両内に取り込んだ電力は実際の使用に適した電圧、周波数に変換する必要があり、この変換のためにパワー半導体が使われている。三菱電機は国内の鉄道車両を多数手がけているが、そこで使われているのが三菱電機のパワー半導体だ。
三菱電機のパワー半導体の強み
三菱電機がパワー半導体の開発に初めて取り組んだのは1950年代。1958年には国産初の電力用半導体(パワー半導体)を開発し、電気機関車へ搭載されるなど歴史は長く、パワー半導体のリーディングカンパニーの1つとして今日に至っている。
野口:三菱電機のパワー半導体は、エアコン、鉄道車両、電気自動車や工場で働く産業用ロボットなど、さまざまなパワーエレクトロニクス機器に組み込まれています。パワー半導体モジュールを開発する際には、各機器を開発されているお客様ときめ細かくディスカッションして特性や機能などを決め、パワー半導体モジュールの性能などに落とし込んでいきます。このプロセスを長年にわたり数多く経験していることが、当社製パワー半導体モジュールの使いやすさにつながっています。
Si(シリコン)に替わるパワー半導体材料「SiC(シリコンカーバイド)」
パワー半導体モジュールは、ウエハという薄くて平坦な円板上に半導体チップを作り込み、複数のチップを組み合わせ、金属線を配線した後にパッケージングし、1つのモジュールとして製品化している。現在、ウエハ材料のほとんどはSi(シリコン)だが、パワー半導体では「SiC(シリコンカーバイド、炭化珪素)」という素材が用いられている。
野口:パワー半導体はエネルギーを操作するスイッチのようなものと紹介しましたが、このスイッチを介してエネルギーをやり取りするため、どうしてもスイッチ動作(スイッチング)時のエネルギーロスが避けられません。しかし、半導体ウエハの材料のシリコンをSiCに替えると、材料の特性によりスイッチング時のエネルギーロスを最大約90%※3も低減させることができます。加えて、スイッチング高速化により、パワー半導体が動かすモーターの性能を向上させることができ、モーターのエネルギー損失の削減、言い換えるとさらなる省エネルギー化を見込めます。
※3:SBD内蔵SiC-MOSFETモジュール「FMF800DC-66BEW」。Siパワーモジュール「CM600DA-66X」との比較
SiCパワー半導体は、それが搭載される機器にどんな影響を及ぼすのだろうか。
野口:例えば、ハイブリッドカーや電気自動車では、パワー半導体に使う素材をSiCに置き替えると、モーターを駆動するインバーターの効率を飛躍的に高めることができます。さらに、バッテリーのエネルギーを効率的に利用することで車の走行距離が長くなります。また、太陽光発電の効率も改善できます。太陽光パネルから得られる電力は日照条件で時々刻々と変化しますが、このときパワー半導体がこまめにスイッチをオンオフして出力を一定に調整することで蓄電池にエネルギーを貯めています。SiCパワー半導体を使うと出力がより滑らかになり、発電効率が高くなります。
三菱電機SiCパワー半導体の強みは、キーとなる化合物半導体技術、チップ技術、モジュール技術を有している点と、その技術をベースとした豊富な市場実績だ。
三菱電機は1990年代初頭よりSiCパワー半導体の開発に着手。2010年には世界で初めてSiCパワー半導体を搭載したルームエアコン「霧ヶ峰」を発売した。ほかにも、2015年に東海道新幹線車両向けに「フルSiCパワー半導体※8モジュール」を適用した主回路システムを開発した。「フルSiCパワー半導体モジュール」を適用しての走行試験は世界初となり、2020年7月には新幹線N700Sでの運用が開始された。
※8:SiCをトランジスタ部とダイオード部の両方に用いたパワー半導体のこと
野口:一般的に、SiCはシリコンに比べて経年劣化も含めた特性変動が大きいのですが、三菱電機のSiCパワー半導体は特性変動が小さいことに加え、半導体チップの面積あたりの電力損失率も世界最高水準※9です。こうした点がお客様からの信頼につながり、鉄道車両を中心に多くご採用いただいています。
※9:耐圧性能1500V以上の素子において。2019年9月30日広報発表時点での当社調べ
GXの牽引役として期待されるSiCパワー半導体
2022年7月、岸田総理を議長とする「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」が設置され、23年2月にはGX実現に向けた基本方針が閣議決定された。GXとは、産業革命以来続いてきた化石エネルギー中心の産業構造・社会構造からクリーンエネルギー中心への大転換を意味する。これをサステイナブルな形で実現するにはSiCパワー半導体が欠かせない。また、経済産業省は2022年に家庭用エアコンの新しい省エネ基準を策定し、冷房時のエネルギー消費効率を2027年までに最大35%改善するよう求めている。この分野でもSiCパワー半導体に注目が集まるのは必定だ。
経済産業省「GX実現に向けた基本方針」(2023年2月)
経済産業省「家庭用エアコンの新たな省エネ基準」
野口:三菱電機はサステナビリティ経営における5つの課題領域の1つとして『カーボンニュートラル』をあげており、その実現に向けてパワー半導体はキーデバイスの1つです。私たちは2030年には世界トップクラスのパワー半導体メーカーになることを目指しています。そのために製品の性能を向上させるとともに、十分な設備投資をして生産能力も向上させ、カーボンニュートラル社会の実現、さらには世界規模でのGXに貢献していきたいと考えています。
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年12月)時点のものです。