今、世界中で人工衛星のビジネス利用への注⽬度が⾼まっている。なかでも最近注目されているのが地球観測衛星を活⽤した「衛星観測ソリューション」ビジネスだ。宇宙には小型のものを含めると約700機の観測衛星が⾶んでおり、そこから得られた観測データは防災計画の策定や森林保護などに利用されてきたが、昨今では株価予測など、これまで宇宙とはまるで関わりのなかったビジネスにも活用できると期待されている。
INDEX
- 世界で、⽇本で、宇宙ビジネスが熱い!
- ビジネスチャンスは「観測衛星」にあり
- 夜間や悪天候のときにレーダが実力を発揮
- 人工衛星がこれまでのビジネスを変える
- 衛星画像の利用をサポートするサービスも登場
世界で、⽇本で、宇宙ビジネスが熱い!
海外では多くの"宇宙ベンチャー"が誕⽣している。例えば、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス⽒は、有人宇宙飛行を目指し、2000年にブルーオリジン社を設立。テスラやペイパルなどのCEOであるイーロン・マスク⽒は宇宙での物資輸送を手がけるスペースX社を2002年に設立するなど、まったく畑違いのジャンルから宇宙ビジネスに参⼊しているのだ。
日本政府は2017年に「宇宙産業ビジョン 2030」を打ち出し、現在1.2兆円の市場規模を2030年代早期に倍増することを⽬指している。また、宇宙ベンチャーへの1000億円の出資を検討するなど、新しい宇宙ビジネスを積極的にバックアップする構えを見せている。
ビジネスチャンスは「観測衛星」にあり
宇宙ビジネスが盛り上がりを見せるとともに、一般企業や自治体も人工衛星が取得する情報をさまざまな事業に活用しやすくなってきた。私たちに身近なのは、すでにインフラとして私たちの暮らしを日々支える実用衛星だ。通信・放送衛星、測位衛星、地球観測衛星などがそれにあたり、「ひまわり7号~8・9号」や「準天頂衛星みちびき」など、三菱電機がとくに多くの実績をもっている分野だ。
ビジネスの分野では、通信・放送衛星は衛星通信や衛星放送に、測位衛星はカーナビなどによる位置情報提供事業に利用されている。では、地球観測衛星には何ができるのだろうか。そしてこれまで宇宙とつながりのなかった企業や自治体が地球観測衛星を利用するには一体どうすればよいのか。
1960年代から日本の人工衛星開発に携わってきたリーディングカンパニーである三菱電機で、エンジニアとして20年以上人工衛星システムの開発に携わってきた⿇⽣紀⼦さんに聞いた。
夜間や悪天候のときに
レーダが実力を発揮
現在、JAXAや大学などが運⽤中の⽇本の観測衛星は、20機弱。(2019年3⽉現在)。
これらの観測衛星は、主に2つの⽅法で地球を観測する。
1つはデジタルカメラのように地球を撮影する「光学センサー」だ。宇宙から超望遠レンズで撮影した写真には、地形や海の様⼦がくっきりと写る。
もう1つの観測⽅法は「レーダ」。人工衛星から地球に電波を照射し、地表や海表から反射された電波を画像化するもの。レーダは光がなくても撮像でき、また雲を透過するため、夜間や悪天候の際も観測できるというメリットがある。
麻生:光学センサーとレーダは得意分野が異なります。光学センサーはパッと見てわかりやすい画像を撮るのが得意。それに対してレーダの画像は一見わかりにくいのですが、うまく解析・分析すればさまざまな情報を抽出できます。それにレーダは夜間や悪天候といった条件に影響されず撮像できるというメリットがあります。そのため、年間を通じて雲が多い東南アジアなどの低緯度地帯でも、その性能を存分に発揮できます。この2つを使い分けたり組み合わせたりすることで、ユーザー様が知りたい情報を分かりやすい形でご提供できます。
また、人工衛星の取得するデータをビッグデータの一部と捉え、ドローンやヘリコプター、航空機などと連携することで、より素早く、詳細な情報を得ることもできます。これは、人工衛星は地表から遠い位置にいるため一度に広範囲の画像を撮ることが得意、一方ヘリや航空機は地表に近いため、搭載したセンサーでより解像度の高い画像を取得できる、といったそれぞれの特長をうまく活かすやり方です。例えば、災害発生直後、まずは人工衛星で素早く概況を把握する。それを見て、必要な地域にピンポイントでヘリや航空機を向かわせ、詳細な情報を収集する。こうすることで、効率的に詳細な情報が得られます。
レーダ画像は光学に比べて一見わかりにくいため今のところあまり普及していませんが、私たちが蓄積してきた画像解析技術を併用することで、ほしい情報を強調して表示するなど見やすく加工できますので、今後は利用範囲がますます広がっていくと考えています。
コスト面でのメリットもあるかもしれない。例えば森林の植生の状況を把握するためには、航空機によるレーザー計測がよく行われる。しかし航空機が一度に撮れるエリアは人工衛星に比べて狭いため、何度も飛ばさなければならず、コストがかさむ。その点、観測衛星を使うと目的のエリアを1回で撮像できるので、期間的にもコストの面でも有利だ。人工衛星を選択肢に加えることで、このような形でビジネスの効率化を図れる可能性もある。
人工衛星がこれまでのビジネスを変える
宇宙から撮った画像が、これまで宇宙と縁遠かった企業や自治体の役に立つかもしれない。麻生さんがそう考えるようになったのは、2009年にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星利用推進センター防災利用システム室に出向したことがきっかけだ。それまで人工衛星を"作る"側にいた麻生さんは、JAXAで初めて人工衛星を防災などに"使う"⽴場になった。
麻生:三菱電機のような開発者サイドの最優先事項は、定められたスペックを満たし、厳しい宇宙環境のなかで確実に働ける人工衛星を納品することです。ところが、JAXA様や、利用を検討する防災ユーザー様からは「この人工衛星、こんな⾵に使えないかな?」「ここまでできたらいいのに」と、さまざまな要求がポンポン⾶び出すんです。 ユーザーとは、こんなに柔軟な考え方をするものなのだと初めて知り、⽬から鱗が落ちました。
ただ、開発者として質問を受けると「そういう⾵に使えなくないですが、もともと想定していた用途ではないので……」と、うろたえてしまうことが何度もありましたが(笑)。
「使い道さえ与えられれば、人工衛星はもっと活躍できる」。麻生さんのこの経験も踏まえ、三菱電機は「衛星観測ソリューション事業」に乗り出した。
麻生:観測衛星の画像はさまざまなシーンで活用でき、多様なビジネスと親和性が高いのです。例えば、災害時には広範囲の被害状況の確認や、復興計画の立案に利用できます。森林地帯では、バイオマス資源量の把握や森林保全にも使えますし、市街地では駐車場などの利用状況から店舗の集客状況の推定などにもお使いいただけるのではないかと思っています。
また、私はレーダに大きな将来性を感じています。例えば農業の分野では、これまで光学を中心に事業化が進められてきましたが、レーダは夜間や悪天候といった条件に左右されないため、作物の種類や生育状況に応じた反射の特性や土壌に含まれる水分量の変化などをモニタすることで、農業では必須のタイムリーな情報提供が可能になると期待しています。
衛星画像の利用をサポートする
サービスも登場
衛星を開発・所有せずとも、既存の人工衛星が取得した画像を利用できる環境はすでに整いつつある。
経済産業省は、政府の観測衛星で撮影・撮像した画像をオープンにし、無償で利⽤できるプラットフォームを2019年2月から運⽤を開始した。 このようなサービスを利用すれば、普段宇宙と関わりのない業界の企業や自治体などでも人工衛星が取得した情報を利用できるのだ。
ただ、自分のビジネスにはどんな衛星画像があればよいか、そしてその画像がどこにあるのかを探すのは専門家でなければ難しい。
そこで⿇⽣さんたちが進める三菱電機の衛星観測ソリューション事業では、画像取得をサポートする事業や、衛星画像を分析したうえで情報提供するサービスも視野に⼊れているという。これまでの経験を生かした、いわばの"衛星画像の司書"といった役どころだ。
麻生:衛星画像の取得から画像処理、分析までの全工程をワンストップで請け負い、多種多様なユーザー様の事業をよりよくするために必要な情報を、最適な形でご提供させていただきます。
⿇⽣さん⾃⾝は地球観測衛星をどのように活用してみたいか、聞いてみた。
麻生:個⼈的には、地球の未来を予測できたら⾯⽩いだろうな、と思います。「だいち2号」では地球の画像を⽇々、撮りためています。過去、現在の画像を⽐べて、10年後、30年後、100年後の⽇本や地球がどうなっているのかを⾒てみたいですね。
衛星画像の使い道について想像してみた。
例えば、レーダで水田や畑を撮像すると生育状況や作物の品質までわかるという。こういった特性を株価予測に反映させるのは可能だろうか。地殻変動の情報から地震のリスクを判定できれば、保険料の設定にも役立つだろう。また、海洋の状況を読んで最適な航路を選択できれば、グローバルな物流にも影響を与えそうだ。
人工衛星を活用することで、遠く遥かな宇宙が今、⼿の届きそうな距離にまで近づいてきている。あなたなら宇宙の情報をどんなビジネスに活用しますか?