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800人の限界集落をDAOの運営で活性化【前編】世界中の人を地域作りに参画してもらう仕組みとは800人の限界集落をDAOの運営で活性化【前編】世界中の人を地域作りに参画してもらう仕組みとは

 DAO(Decentralized Autonomous Organization、分散型自律組織)の特徴の一つは、誰でも参加できる組織であるということ。多くの場合は、DAOの参加権であるトークンを所有することで、誰でも正式にDAO内で活動できる。性別や年齢、国籍、居住地などが問われることはない。ミッションさえ共有できれば、地球の裏側にいる人とも同じベクトルで活動できる。
 この特徴を活かして、DAOにより関連する人々の数を増やし、地域活性化を目指すコミュニティを確立しているのが新潟県長岡市にある山古志地域だ。限界集落でありながら独自のNFTを発行することでDAOを運営。これによってリアルの住民をはるかに上回る数の「デジタル村民」を獲得し、これからの山古志地域を盛り上げるべく、DAOの中でアイデアを出し合っている。「山古志DAO」はどのような経緯で誕生し、そしてこれからどのような方向を目指すのかを山古志住民会議代表の竹内春華氏に聞いた(インタビューの様子は前編と後編の2回に分けてお届けする。今回はその前編)。

竹内春華さんの写真

山古志住民会議代表

竹内 春華(たけうち はるか)

新潟県魚沼市出身。2004年の中越地震で被災、全村避難した旧山古志村の住民が入居する仮設住宅内の山古志災害ボランティアセンターで、生活支援相談員として活動。その後、地域復興支援員として住民主体の地域作り団体「山古志住民会議」の事務局を務め、地域住民とさまざまな事業を行う。2021年4月から山古志住民会議の代表。

通常の策をうっても村民は減るばかり

――山古志住民会議が何をしている組織なのかを教えてください。

竹内春華さんインタビュー中の写真

 2004年10月23日に起きた中越地震によって山古志村は大きな被害が生じました。その約半年後の2005年4月には、平成の大合併で山古志村は長岡市に編入合併します。この2つの大きな出来事を契機として、自分たちが住む地域の未来を自分たちで作っていこうという理念で立ち上がったのが、山古志住民会議という住民組織です。2007年7月、被災した住民の方々が仮設住宅で避難生活を送っている最中のことでした。

 住民会議には、14ある集落の区長さんをはじめ、子育て世代のサークルや社会教育の団体など、集落の中で地域作りに関わる団体の方々にも入っていただきました。市町村としての山古志村は消滅したわけですが、皆で同じテーブルに着き、住民団体として自分たちの「村」をどうしたいのか、そのグランドプランを策定するところから活動を始めました。

 そうして出来上がったのが「やまこし夢プラン」です。これをもとに、いったん離れた山古志に帰ったらどういう活動をして村をつないでいくかといった目標を作り、チームごと、集落ごとに別れて活動をしてきました。山古志住民会議の代表は初代、2代目と地域を代表する男性が務めていらっしゃいましたが、2021年4月から3代目として山古志出身ではないのですが私が務めています。

――「やまこし夢プラン」は順調に進行したのでしょうか?

 やまこし夢プランでは、どうすれば私たちの山古志地域を残すことができるのかをコンセプトに、様々な施策を考えました。移住・定住促進やツーリズム、インバウンド対策、ブロードバンドネットワークの整備など、やれることは全部やろうという勢いで事業計画を立て、そしてそれらを実行してということを、十数年繰り返してやってきました。

 その結果、住民は増えたのかといえば、残念ながらそんなことはなかったのです。仮設住宅の避難生活を経て、地震前に約2,000人いた住民の約8割に当たる1,600人弱が山古志に帰ってきました。ところが5年前には人口が1,000人を割り込んでしまったのです。「これだけやっても1,000人になってしまうなら、あとは何をやればいいのか」と考えました。これまでと同じようなことをしていても住民は増えないだろう、そのためには発想を変えなければという話になったのです。

――発想の転換で得た気付きとは何でしょうか?

 改めて、それまでしてきたことを振り返ってみると、住民のみなさんが先頭にたって挑戦してきたことはもちろんですが、この挑戦に共感する方々がいたからこそ、今日まで山古志地域が繋がってこれたと感じたのです。学生ボランティアや民間企業、行政、山古志のファンなど、山古志の住民以外の方々が大勢、山古志を盛り上げるために関わってくださったことに気付きました。住民と同じようにアクションを起こして、議論をして、実際に体を動かして山古志を作ってきてくださった方々を、住民と対等な仲間として認めてあげたい。「山古志住民だけで地域をつくり・守るのではなく、より地域を開こう」となったわけです。それを実現するためのシステムやツールとして何がいいのかを、企業さんを当たったり、国や自治体に相談したりしながら約2年かけて模索しました。

世界中から仲間を募るためのシステムを模索

――外部の人たちを住民と対等な仲間として認めたいという思いが、後に話題となる「Nishikigoi NFT」そして「山古志DAO」として結実するわけですね。発想を転換した5年前の時点で既に、NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)やDAOを活用するという考えはあったのですか?

竹内春華さんインタビュー中の写真

 いえ、そういった方面の知識が無いのはもちろん、ブロックチェーンやNFTという言葉すら話題に上りませんでした。単純に山古志村ファンクラブのようなものを作って、紙の会員証を渡して仲間の証にしようというのが最初のアイデアでした。

 ただ当時から、ファンを募るのは日本だけでなく世界中からにしたいということは話していました。山古志が発祥の地と言われる錦鯉の愛好家はイギリスやフランス、東南アジア、台湾など、世界中にいらっしゃったからです。中越地震では錦鯉が何十万匹も死んでしまうという被害が出たのですが、この時も海外の愛好家の方々が親身になって山古志を助けてくださった。山間部で水の確保に苦労してきた山古志では、雨水を確保するため棚池を活用してきたのですが、錦鯉は、その雨水由来の湧き水に育まれた、山古志の暮らしの中で生まれたものだということを理解してくださる方が、海外には本当に多いのです。

 とはいえ、海外からだと頻繁に山古志に来ていただくわけにもいかない。そこで、仮想3次元空間のメタバースに、山古志のワールドを作って、そこで山古志の住民と交流できるようにしようというアイデアが出ました。実際にメタバース空間を作っている企業に相談し、見積もりも出していただいた。でも当時はまだ、ワールドを作るだけで2,000万円、ワールドの中でイベントを開くとなると500万円というコストがかかる時代でした。

 2021年6月には、国に申請していた企画が採用され、983万円という交付金の支給も決まりました。かといって、トータルでは数千万円が必要になりそうなメタバースを進めるのは現実的ではなかった。一方で、採択された企画の申請書の中では、「先進技術を活用した地域型ファンクラブ事業を実施する」と記載していました。新たに山古志の仲間になりたいという人を見つけるシステムとして、メタバースがしっくりこないのであれば、それに代わるツールを急いで探す必要があったのです。

 そこで相談したのが、それまで十数年になる地域作りの活動の中で知り合ったNext Commons Labの林篤志さんです。初めて私が知り合った約10年前、林さんは高知県の土佐山地域(旧土佐山村)で、地域をまるごと学校に見立てた地域作りを実施するなど、全国各地で新たなコミュニティ作りを仕掛けていました。その一方で、長年にわたって日本が取り組んできた地域作りはどこもやり方が一緒で、今のままではダメなのではないかと、私と同じような閉塞感や危機感を感じているのも知っていました。しかも林さんは、ファーストキャリアがシステムエンジニア。山古志のプロジェクトの本質を理解してくれて、かつシステムを実装してくれる方はこの人しかいないと思い、林さんにお願いし、協力いただくことになりました。

 必要となるコストなども話し合う中で、林さんから、「最近出てきたNFTという技術が、もしかしたら山古志の地域作りに有効かもしれない」という話が出ました。私は初めて聞く言葉だし、林さんもNFTの専門家ではない。そこで、ブロックチェーンやNFTの分野で活躍しておられたTARTの高瀬俊明さんを紹介いただき、私たちの思いなどに共感していただいた。そこで、NFTを活用してみようと話がまとまったのです。

NFTにDAOの参加資格となる電子住民票の機能を搭載

――いろいろな企業と地域作りについて話を重ねる中で、仲間を認めるシステムとしてNFTが有効だということですね。

 2021年8月には、林さんと高瀬さんに山古志村に来ていただいて、私を含めて住民の皆さんとディスカッションをしました。そこで、やってみようということに本格的になり、急ピッチで準備を進めました。

第1期で発売した錦鯉をシンボルにしたNFT「Colored Carp」。アーティストのOkazz氏がデザインを手がけた(資料提供:山古志住民会議)

 2021年10月23日、記者会見を開き「仮想山古志村プロジェクト」を展開していくことについて発表しました。このプロジェクトは、「デジタルアート×電子住民票」としての意味を持つNishikigoi NFTを発行、それを暗号資産として販売することで、バーチャル上に人・モノ・金・情報が継続的に集まるコミュニティ「山古志」を形成し、現実の山古志地域にある地域課題の解決策や地域活性化を、リアルの山古志住民とともに検討し実践していこうというものです。そして、2カ月後の12月には実際にNishikigoi NFTを発行しました。交付された983万円は、NFTのアート作品を描いてもらうアーティストへの支払いや、実際に販売するサイト構築、暗号資産を取り扱う仕組み作り等に充てています。

――Nishikigoi NFTを購入すると、具体的にはどのようなことができるのでしょうか?

 Nishikigoi NFTには、「デジタルアート×電子住民票」と謳っているように、大きく二つの機能があります。一つは、一般的なNFTと同様に、デジタル資産という位置付け。そしてもう一つ重要なのは、山古志の仲間の証しである「電子住民票」としての役割が担えること。すなわち、山古志DAOに参加できる権利としての電子住民票の機能を、購入いただいたNFTに持たせることで、山古志の仲間として様々な活動に参加できるわけです。

 Nishikigoi NFTの購入者は、リアルの村民と比較して「デジタル村民」と呼ばれます。デジタル村民は山古志DAOのメンバーになることで、山古志住民会議が下す各種の意思決定に関与できる権利が付与されます。またNFTやDAOなどのコミュニティで利用されているチャットツール「Discord(ディスコード)」の中に山古志の地域作りを議論するコミュニティがあるのですが、そこへのアクセス権も付与されます。

 Nishikigoi NFTは、デジタル資産ですから購買する目的として、もちろん投資面を期待する人もいらっしゃる。ただ、そういった方は極端に少ない。Nishikigoi NFTを購入することで、山古志の運営に携わりたい、今後の山古志をより良くしていきたいという気持ちをもっていただいている方が遥かに多いのです。現在のデジタル村民の数は1,500人を超えていて、リアルの山古志地域に居住されている人数の2倍近くになっています。

予算の使い道をDAOの投票で決定

――電子住民票には投票権が付与されているということですが、これまでどのような案件の決議が行われたのでしょうか?

 今まで5件の投票を実施しました。最初は「Nishikigoi NFTを、リアル山古志住民に無償配布するか否か」を問うものです。これは、山古志の未来を議論している場なのに、リアルの住民が参加していなのはおかしい、というDiscord上の投げかけから起きた決議でした。投票の結果は100%賛成でした。

 また、Nishikigoi NFTの売り上げを、どのような用途に利用するかを決めるのにも、DAOの投票による決議で決めました。Nishikigoi NFTを販売することでまとまったお金ができましたが、では有効にこのお金を何に費やせばいいのか。そのアクションプランを募集し、デジタル住民による投票でそのうちのどれを実行するかを決めたのです。

竹内春華さんインタビュー中の写真

メタバースプラットフォーム「cluster」上に構築されている山古志地域のキャプチャ画面(資料提供:山古志住民会議)

 この「山古志デジタル村民総選挙」には、12件のアクションプランの応募がありました。その中から投票により上位の4件を選定。実際に四つのプロジェクトは2022年の上半期から実行に移しています。具体的には、「メタバース空間に疑似体験できる山古志を作る」「世界で一番NFTを保有する村を目指す」「デジタル村民として山古志を訪れて動画日記を作る」「デジタル村民として山古志に滞在し、現地で得たインスピレーションを元に新たにNFTを発行、その収益を山古志プロジェクトの軍資金にする」というものです。

 Nishikigoi NFTは、暗号資産の一つであるEthereum(イーサリアム)上で販売を行っています。したがって、四つのプロジェクトのリーダーにはEthereumで資金を渡しています。プロジェクトによっては、リーダーがEthereumをそのまま保有してメンバーには円を渡すケースもあれば、Ethereumをすぐに円に換えて運用しているケースもあります。いずれにしろ、DAOが仕事を発生させている一つの例といえるかもしれません。

NFTの価値と流通

――Nishikigoi NFT は2023年8月から第3期を販売中ですが、これまではどれぐらいの販売量があったのでしょうか?

 2021年12月に第1期、そして2022年3月に第2期のNishikigoi NFTを発売しました。合わせて約1,500点を販売、当時のEthereumのレートでいえば約1,500万円の売り上げが立ちました。その中から、約100万円分のEthereumを投票で選ばれた4つのプロジェクトに予算として付与しています。

 第3期を販売するまでには少し時間が空きましたが、この間はデジタル住民とのコミュニティの充実に時間を割きました。第2期の発売によりデジタル村民の方々が増えて、その中から山古志に足を運んでくれる方も増えてきました。そこで、デジタル住民とリアル住民との交流イベントを開いたり、先ほどのデジタル村民総選挙で選ばれたプロジェクトを推進したりと、そうしたコミュニティ作りをひたすら行っていました。

――NFTは転売などの二次流通を行うと、その手数料としてロイヤリティ収入が制作元に入ってきます。第2期から第3期の発売までは時間が空きましたが、その間のロイヤリティ収入は大きかったのでしょうか?

 流通による資金調達をあてにしていた面はあります。ただ、実際には皆さん本当に手放さないのです。NFTには、全作品のうち何%が売りに出されているかを表す指標の「リスト率(Listed)」というものがあって、多くの場合は3〜4%以上だといわれています。そんな中で、Nishikigoi NFTのリスト率は1%以下。先ほどもいったように、多くの方が山古志に携わっていきたいと思っていただける証かと、本当にうれしく思っています。その一方で、ロイヤリティ収入が少ないというのは、長期的な資金調達という意味ではシミュレーションが崩れたわけで、資金計画の見直しを平行して行っています。

――流通が少ないということですが、デジタル資産としての価値は上がっていますか?

 NFTやDAOの仕組みを村起こしに利用しているという取り組みが各媒体に取り上げていただき、認知度が上がってきたことで興味を持っていただく方が増え、コミュニティに入りたいという方が増えました。ただ、所有者の方々がとても大切にしてくださっているのでなかなか流通しないこともあり、いっときは6~7倍の価値がつくこともありました。

【以下、後編に続く】

前編
後編
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