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シビアな学生に日本を選んでもらう努力が必要 適切なアピール、適切な仕組みで優秀な人材を迎えるシビアな学生に日本を選んでもらう努力が必要 適切なアピール、適切な仕組みで優秀な人材を迎える

 日本の労働人口が減少する中、高度外国人材をいかに確保するかが国として大きな課題になっている。高度外国人材を獲得する有効な手段の1つとして考えられるのが、留学生として日本の大学に学びに来た学生にそのまま残って働いてもらうことだ。留学生は、日本語が上達しているとともに、日本での暮らしによって日本の慣習にも慣れている。そもそも、わざわざ異国の地に学びに来ようという意欲を持っているだけに、優秀である可能性が極めて高い。留学生は、今後ますます多くの企業から喉から手が出るほど獲得したい人材となるだろう。
 その一方で、日本の競争力が相対的に下がる中、留学生にとって日本での就職は単に選択肢の一つに過ぎない。数ある選択肢の中から、どうすれば働く場所として日本を選んでもらうことができるのか。学生の約半分が海外国籍である立命館アジア太平洋大学(APU)でアジア太平洋学部長を務める佐藤洋一郎氏に、留学生にとって魅力ある国、企業になるために必要となることなどについて聞いた。

佐藤洋一郎さんの写真

立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部長

佐藤 洋一郎(さとう よういちろう)

慶應義塾大学法学部(学士)卒、米サウスカロライナ大学国際研究科(修士)、米ハワイ大学にて政治学博士号を取得後、ニュージーランドのオークランド大学で講師、米国国防総省・アジア太平洋安全保障研究所などを経て、2009年10月より立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部教授に。コロラド鉱山大学客員研究員、東南アジア研究所上級客員研究員(シンガポール)なども歴任し、2021年4月よりアジア太平洋学部長。専門分野は、政治学、国際関係論。

留学生の国内就職は
4割にも満たない

――立命館アジア太平洋大学(APU)は、学生と教員の約半数が外国籍という、日本においても大変珍しい大学です。卒業後、日本に残る留学生は多いのでしょうか。

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

 APUでは留学生を国際学生と呼んでいますが、2000年の開学当初から国際学生を積極的に受け入れてきました。現在もそれは変わっていません。2023年5月時点のデータを紹介すると、在籍する学生の数は合計で5976人。その内訳は国内学生が3199人、国際学生が2777人ですから、比率にして46.5%が国際学生ということになります。国際学生の出身国・地域の数は106に上ります。

 このように、国際色豊かな学生を指導するため、大学として外国籍の教員の方を積極的に採用しています。2023年5月時点で195人の教員に活躍してもらっていますが、そのうちの91人が外国籍。割合にして46.7%の教員が外国籍ということになります。米国20人、韓国13人、オーストラリア6人、英国5人などをはじめ、南米やアフリカの国籍の方もいて、26の国・地域からの教員が在籍しています。

――国際学生の進路に関して教えてください。

 2022年度でいえば、卒業者・修了者の数は1203人で、そのうち622人が国際学生でした。622人の内訳ですが、就職先が決定したと報告した人数が343人。そのうち日本で就職した人が219人、母国を含めて海外で就職した人が124人です。割合でいえば、おおよそ35%の国際学生がそのまま日本に留まって就職したということになります。

 大学院や他の大学に進学した人は62人です。内部進学よりも外部、それも日本以外の国に進学する人が多く、さらに出身国に戻るのではなく欧米やシンガポール、オーストラリアなどの国が主な進学先として挙げられます。海外への大学院進学率という意味では、APUは日本で圧倒的に一番ではないでしょうか。欧米をはじめとする海外の大学院においての勉学にも耐えうるだけの、いい意味でのシゴキをAPUでは受けることができるという点が、海外への進学の多さにつながっているのだと思います。

 就職、進学には含まれない方が217人います。まずは帰国して次の進路を考えている人、進学や資格試験の準備をしている人、就職活動を継続する人などがここには該当します。かなり数が多いように感じるかもしれませんが、遠い日本にまで来て勉強をしようという志の高い学生が多いので、進路に関してもいろいろ熟考を重ねているということが、この数値にも表れているのかもしれません。

日本留学は
“ステッピングストーン”

――国際学生の卒業者・修了者のうち約35%が日本で就職しているということになっているわけですね。割合からするとあまり多くないように思います。

 先にもお話ししたようにAPUの開学は2000年ですが、当時はAPUで学ぶことにより日本語が堪能になり、そして日本の文化や風習も理解している優秀な国際学生を日本企業に輩出するという点を、意識していたし、アピールもしていました。ただ最近は、学生の意識が日本企業を飛び越えてしまっている。「なぜ日本にずっとこだわる必要があるのか」と考えるようになっている。このような国際学生は、給料が高く、かつ即戦力で働かせてくれそうな企業を求めて、日本以外の国へ出て行くのです。

 国内就職組を見ていても、文字通り「有名だから」と知名度で就職先を決めているケースが多くみられます。日本人の学生であれば、親や先輩等、周囲からの情報やイメージで、日本企業のカラーや内情に対する理解は一定程度あると思いますが、国際学生の場合はそこまで日本企業に対する理解はありません。そうなると、著名企業の方が安定もしているし、給料も高いということが、就職先を決定するうえで大きな要因となっているようです。

 かつては経済的にも安定していて先進国でいい国だというイメージを持って日本に留学、卒業後もそのまま日本に残って日本企業に就職する国際学生が多かった。ただ、今ではそれが主流ではありません。日本の国際競争力が相対的に下がっているので、米国やヨーロッパへの“ステッピングストーン”として日本を捉えている国際学生が多くなっているのです。最終的な目標は米国の大学院に行き永住権を取り、そこに家族を呼び寄せること。その目標達成のために、米国のできるだけいい大学院に奨学金付きで行けるよう鍛えられることを目的にしてAPUに来る。彼らは、専門の勉強は一生懸命にやりますが、日本語の勉強はほとんどしません。こうした学生も世界水準を目指す日本人学生の刺激になるので、本学では歓迎なのですが、彼らは世界水準では非常に優秀であるにも関わらず、今回のテーマである(日本の求める)「高度外国人材」になり得る可能性は、ほとんどないともいえます。

 また日本の競争力が相対的に下がっているというのは教員の採用に関しても同じことです。海外から優秀な教員に来てもらいたいといっても、彼らに給料を提示すると、「えっ、この額ではさすがに……」とビックリされてしまうというのが現状なのです。

治安の良さは日本の大きな魅力、
だが動機付けは出身国で変わる

――日本の競争力はどんどん落ちているのですね。そうした中、優秀な国際学生の就職先として日本の魅力に成り得るものにはどのようなものがあるでしょうか。

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

キャンパスでは至るところで国際学生と国内学生が交流している(写真提供:立命館アジア太平洋大学)

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

 生活を行ううえで相対的に安全だということは、海外に対して強調できる日本の大きな魅力です。日常生活で犯罪に巻き込まれることをあまり心配しなくていいという点です。このことは学生に対してはもちろん、目の届かない国に送り出す彼らの親にとってもアピールポイントになります。

 ただ一方で、進学先や就職先にどの国を選ぶかの動機付けは、出身国によってかなり違ってきます。もちろん治安が悪い国で生まれたら、安全ということが動機付けになるかもしれません。また極端な話ですが、例えば最近の中国には無気力で何もせずに家に引きこもっている若者が増えていて、彼らを「寝そべり族」と呼ぶのだと日本でも報道されています。そして激烈な中国の受験競争に耐えられない寝そべり族が、相対的に楽に入れる日本の大学や企業に来る、というケースもあると聞きます。そもそも寝そべり族では高度外国人材に求める条件に当てはまらないかもしれませんが、いずれにしろ動機付けとなるような魅力は多く備えるべきでしょう。

――動機付けの一つが給料をはじめとした待遇だと思うのですが、就職先として日本を選ばずに経由して欧米へという選択をする国際学生が増えているのは、日本企業の待遇が相対的に悪いというのが大きいのでしょうか。

 給料も一つの動機付けにはなるはずですが、そればかりではないと思います。優秀な学生に来てもらっても、日本の企業の側が彼らを使い切れていない部分が大きいのではないでしょうか。APU出身の国際学生でも、日本企業に就職したのに「仕事が面白くない」といって転職するケース、そして転職する際に日本を脱出して海外で就職先を見つけるケースが結構見受けられます。

 仕事が面白くない、といっている人に話を聞くと、責任を持たせた仕事に就かせてもらえないということとともに、いわゆる「英語屋さん」として便利に使われているだけだというケースが多くあります。私も、海外で働いた経験があるので彼らの気持ちがよく分かるのですが、留学をしてその国の習慣などを身に付けたうえで就職をすると、ちょっとした交渉ごとの通訳や会議資料の翻訳などの仕事を任せられる。「言葉は手段であって、私の能力は他にもある」という自負を持って仕事をし始めても、翻訳や通訳ばかりの業務内容では、やりがいを感じられないのは当たり前です。

 もちろん、企業がそういった仕事を期待して採用をしたのなら致し方ない点もあるかと思います。そうであるなら、採用する際に、はっきりとさせることも必要です。入社してから辞めていかれるようなら、その前でミスマッチングにならないような策は講じるべきです。

日本の良さを伝えることが重要

――競争力が低下する日本が、高度外国人材になり得る優秀な外国人に働く国として選んでもらうためには、何を意識すればいいのでしょうか。

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

 日本が本来持っている良さをもっと伝えることではないでしょうか。お金の面では、繰り返しになりますが日本は本当に魅力が無くなってしまいました。例えば西欧と比較すると、一部の福祉社会の国を除くと、ほとんどの国が日本よりも賃金水準が高い。もしお金の面で魅力を打ち出すのであれば、もっと実力主義の賃金体系にしていく必要はあるでしょう。

 ただ、いうまでもなくお金がすべてではありません。日本人の国民性に共感して、この国に住みたい、この国で働きたいと日本を選ぶ人も大勢います。個人主義が行き過ぎず、社会全体に対する気配りや思いやりがあるという点に共感して、日本のことを好きになったという外国人は沢山いるのです。

 こうした日本の良さをどう伝えていくのか。それを考える際、APUが進めてきた「混ぜる教育」が参考になるかもしれません。

 APUでは「科目の日・英二言語開講90%」や「春・秋入学、クオーター制度の実施」「海外協定校数約500校」などの施策をはじめ、圧倒的な多文化協働キャンパスの構築を進め、現在のように100を超える国・地域の学生が同時期にキャンパスで学ぶまでになりました。こうした多文化環境を構築するため、APUでは授業内・外問わず「混ぜる」ことにこだわってきました。

 APUに入学する国際学生は、日本の生活習慣やルールを学ぶため、入学1年目をキャンパスに隣接する「APハウス」と呼ばれる寮で過ごします。国内学生やその他の国籍の学生たちと同じフロアで共同生活を送るのもその1つ。その他にも学生と教員を混ぜた参加型の授業。新しい研究分野を開拓するため、さまざまな学問を混ぜる。世界中から人々が集まる土地にするために、大学と地方を混ぜて地方創生を図る。様々なものを混ぜる環境の中で、学生たちは一緒に飯を食い勉強しクラブ活動し、そして遊ぶことで、自分の肌で異文化を理解し、たくましさやしたたかさを学ぶ。国際学生にとっては、日本の良さを学び理解する貴重な場にもなっています。

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

APUでは2023年4月に「第2の開学」と銘打ち、新たにサステイナビリティ観光学部を開設したり教学棟と国際学生寮を増設したりするなど、大幅に学習環境を充実させた

 それと並行してアルバイトをすることも日本を理解するいい手段です。日本的なワークカルチャーを実体験して、この先日本で働いていけるのかどうかを肌で感じることができるからです。APUの国際学生でも、アルバイトしている学生の方が、していない学生よりも日本語の上達が早いですし、またアルバイトを通じて様々な人を知ることで、日本を好きになってくれる割合が高いと感じています。日本の良さを知ってもらうためには、異国から来たお客様として扱うのではなく、一緒の目線で理解してもらうことも必要なのではないでしょうか?

外国人労働者が感じる壁とは

 一方で、日本の良さを知って好きになった人でも、しばらく住んでいるうちに、日本人からの差別を感じて嫌いになってしまうというケースも見てきました。日本では外国人に対する包容力のようなものが、社会全体で見るとまだまだ足りないのかなと感じます。

――日本人の外国人に対する包容力のなさはどこに起因するのでしょうか。

 2通りあると思います。1つは、相手が外国人だと分かった瞬間に「英語もできないし関わりたくない」と思考がフリーズしてしまう人が一定数いること。外国人に対して必ずしも悪意はないのですが、外国人にしてみれば、「日本人はなぜやみくもに拒絶するのか」と悪印象を持ってしまいます。

 ただそれよりも深刻なのは、日本語もきちんと覚えて、文化や習慣もよく学んで理解して、長く住んでみようと一旦決意したような人が、ある時点で「日本の人と社会は結局、最後になると受け入れてくれないんだ」と、壁を感じて失望するケースです。日本にあって従業員の過半数が日本人でという企業にあえて飛び込んだのに、日本人の同期と比較して役職が低いなどの事例が少なくありません。そのような状況に直面したら、一気にやる気を失って転職を考えても無理はない。

 このような不公平さは、当然ながら無くすべきです。例えば外国人社員に日本語を求めるのであれば、日本人社員にも英語をきちんと学ぶことを求める。優秀な外国人に来てもらいたいのであれば、外国人に対してだけハードルを1段高くするようなことを排除する努力が必要です。

――日本で働く高度外国人材が感じる壁やハードルはほかにもありますか。

 非常に重要なファクターになるのは、子供がインターナショナルスクールに通えるかどうかです。東京のような都心はいいのですが、地方都市にはインターナショナルスクールが少ないので、外国人が家族連れで住むのが難しくなる。そのような都市で働くとなると、選択肢としては現地の学校に通って、日本人と同じように日本語で教育を受けるしかない。子供の教育を考えると「日本で働くのは無理だ」となってしまう人が多い。

 先ほどもお話ししたように、APUには外国籍の教員が大勢いますが、大分県にはインターナショナルスクールが2022年まではありませんでした。インターナショナルスクールがある福岡県に家族を住まわすといった2拠点生活を強いられている方もいたのです。大分県だけではないですが、高度外国人材に定住してもらいたい、長く働いてもらいたいと本気で考えるのであれば、インターナショナルスクールがあることが最低条件です。外国人の受け入れに腰が据わってないところが日本中に溢れているのは残念なことです。

 働く人の家族のことまで企業が考えるのは当たり前です。本気で高度外国人材に来てほしいのであれば、企業としても自治体を動かしてインターナショナルスクールを作るぐらいの気概がないとだめだということです。

優秀な学生を逃さない
ユニークなインターンシップ

――インターンシップ制度はどのように思われますか。

 インターンシップは、社会に出る前に仕事を経験してもらうという点では、非常にいい制度だと思います。インターンシップに関しては、ある日本企業と面白い取り組みについて相談したことがあります。APUに留学しているタイ人の学生を、夏休みや冬休みの帰省中に同社のタイ拠点においてインターンシップで参加させられないかと考えたのです。企業側からすれば、優秀な学生に自社のことを知ってもらえるし、またその先の就職も期待できる。学生側からすれば、日本の習慣などを理解したうえで、企業と従業員の間で活躍できる可能性が高い。

 両者にとってメリットの多い話だと思いますが、実際にはまだ実現していません。ただ、海外に事業展開している企業であれば、こういう形でのインターンシップもあり得るかなと思います。

留学生へのアピールの方法

――高度外国人材に働いてもらいたいという企業に対して、国際学生を指導しておられる先生からほかにアドバイスはありますか。

 積極的にアピールすることではないでしょうか。大学の合同就職説明会のようなイベントへの参加はもちろんですが、大学に冠講座を設けるのも1つの手段だと思います。講座の中身についてはもちろん企業側に丸投げではありませんので、大学や学部側と密に協議した上で作っていただく必要はありますが、特にAPUの真面目な国際学生に対しては授業を通してのアピールには効果があると思います。

――最後になりますが、大事な学生を預けるにあたって、ここだけは気をつけてほしいというような企業に対するメッセージはありますか。

 繰り返しになりますが、便利屋として使ってほしくないというのが1番。高度外国人材に活躍してほしいのならば、それに見合う仕事、見合うポジションを与えるのが当然です。

佐藤洋一郎さんインタビュー中の写真

 2番目は、「プライベートについてもしっかりと考えてあげてほしい」ということ。これは、国際学生だけでなく、国内学生でも最近は同じですが、プライベートを犠牲にさせてまで飲み会に誘わない等の配慮は思いのほか大切です。また、国際学生は日本人にとっては何気ないことでも悩んでいることも多々あります。そういった点では、プライベートであれそっと手を差し伸べてやってほしい。

 加えて女性の場合、特に忘れてならないのはハラスメントです。国によっては、日本のように曖昧な態度を取るような文化はありません。セクハラなどは1発でアウトです。

(写真:山本巌)
※本記事内の製品やサービス、所属などの情報は取材時(2023年11月)時点のものです。