2021~22年にかけて三菱電機として約20年ぶりとなるビジネスアイデアコンテスト「GEMstones(ジェムストーンズ)」が開催された。延べ630名の社員が参加し、283もの多彩なビジネスアイデアが集まった本コンテストは想定以上に盛り上がり、新事業創出のきっかけになるだけでなく、企業風土に新風を吹き込むかもしれない。そんな期待を持たせた本コンテストについて、企画のきっかけから選考のプロセスまでを実行役の2人が紹介する。
挑戦したい社員が活き活きと挑戦できる環境を整えたい
三菱電機が開催したビジネスアイデアコンテストの名称はGEMstones。この名称には、「GEM=Global Entrepreneurial Mindset」という意味や、磨けば光るダイヤの原石(Gemstone)のように、新事業の原石となるビジネスアイデアや人材を全社規模で発掘するという狙いがあることを表している。このコンテストをきっかけに、グローバル規模での社会課題の解決に取り組みたいという意欲が感じられる名称だ。
この企画が動き出したのは2020年8月頃。ビジネスイノベーション本部に所属する信江一輝さんたち数名の何気ない会話から始まった。
信江:他社のビジネスアイデアコンテストの話はよく聞くけれど、うちにはないね、というふとした会話がきっかけでした。個人レベルで話していると熱い思いやアイデアを持っている人は多いのに、それを発表したり深めたりする場がない。それに、自社に対して硬いイメージをもつ人、新しいことはできないと思い込んでいる人もたくさんいます。そんな状況を覆したくて、有志数名で動き出したんです。
信江さんたちは、他社の関係者に話を聞くなどして既存のビジネスアイデアコンテストについて情報を集めた。その結果、コンテストは有用な施策ではあるが、アイデアを出して終わりの一時的なものではなく、アイデアを事業化する仕組みをつくり、持続性を持たせることが肝だと思い至る。信江さんたちはアイデアを計画書にまとめ、ビジネスイノベーション本部に提出した。
紆余曲折を経て、Goサインが出たのが2021年5月頃。GEMstones事務局が発足した。8月には事務局とビジネスイノベーション本部の橋渡し役として、ビジネスイノベーション・DX室長の市川智基さんが加わった。市川さんはこれまで複数の会社に在籍し、新規事業立ち上げに携わった経験がある。
市川:どの会社にも、新しいことに取り組みたいという熱意を持つ人はかならずいます。そんな人たちに光を当てる手伝いができればという思いで参加しました。加わってすぐに、これだけの大企画を一から作り上げている事務局メンバーのパワーにも感銘を受けました。

信江一輝

市川智基
コンテストを通じて、挑戦の場・風土を参加者と共に作り上げる
2021年11月15日、第1回GEMstonesの開催告知とともに応募受付が始まった。社内用のGEMstones専用ホームページ立ち上げを含め、人事部の協力を得て全社員への情報の展開に気を配った。
応募締切は12月24日。1ヶ月半弱という短期間だったが、社員の応募意欲を喚起するべく、社外有識者の守屋実さんを講師に迎えてセミナーを開催した。新規事業創出の専門家である守屋さんは、「大企業はかならず新規事業を生み出せる」をテーマに新規事業立ち上げにあたっての心構えや実例などを話し、GEMstonesへのチャレンジを促すメッセージを発信した。
信江:正直なところ、応募は多くて50件程度と予想していました。ところが最初の1週間で10件も応募があったんです。その後もどんどん増え続け、最終的には283件にも上りました。予想だにしていない数に、うれしい反面、これだけの審査ができるのかと内心悲鳴を上げました(笑)。
コンテストを開催してよかった。そんな手応えも感じた。募集期間中に、社内のあちこちから「こういう企画を実行してくれてありがとう」という声が寄せられたのだ。
市川:「新しいことをやりたい」「自分のアイデアを役立ててみたい」という想いが伝わってきました。そのような好奇心やチャレンジ精神の受け皿があれば、仕事に対するマインドは必ず変わります。自分の業務の外にもアンテナを張り、広い視野で物事を見て、考えるようになるのです。今回のコンクールが、そんなマインドを育てるトリガーになったのではと考えています。
600名超が参加し、社会課題解決を目指す283のアイデアが集結
審査項目は「着目した課題の重要性」「その課題にソリューションが合致しているか」などの5つ。その観点に基づいて、市川さんと事務局の3名が審査にあたった。アイデアは、ジャストアイデア的なものからしっかり練り上げられた数十ページにわたる提案までさまざまだった。
信江:個人でのエントリーが大多数でしたが、チームでのエントリーも100件以上ありました。コロナ禍でコミュニケーションレスになりがちな状況ですが、「久しぶりに同期と連絡を取り合ってアイデアを考えた」というチームもありました。すごく意外だったし、うれしかったですね。
市川:モノづくりよりも仕組みづくりやコンサルテーションによって解決しようという傾向が強かったという印象です。また、アイデアの内容を見てみると、まず社会課題ありきで、それをどうしたら解決できるかと知恵をしぼっているものが多かった。既存の技術や事業にとらわれずに考えたからこそ、結果的にユニークなアイデアが生まれたのだと思います。
283件のアイデアはまずトップ45まで絞り込まれ、2022年1月15日に最終選考に進出する7件のアイデアが発表された。最終選考は「ピッチイベント」形式で行われた。ピッチイベントとは、起業家が投資家などに対して、サービスや製品について短時間でプレゼンテーションするものだ。ピッチイベントでは、市川さんを含む社内審査員4名に加え、前出の守屋さん、慶應義塾大学SDM教授の白坂成功さん、MEイノベーションファンドの林昇平さん、新津啓司さんの4名の社外審査員が審査にあたった。
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1,200名が見守る中、最終選考7チームが
熱のこもったプレゼンテーション
最終選考に進んだ7チームは、ピッチイベントまでの約1ヶ月間でプレゼンの準備に取り組んだ。GEMstones事務局は外部コンサルティング会社によるメンタリングの場を提供。また、個人でエントリーした人は通常業務とプレゼン準備を並行しやすいよう、事務局が間に入ってサポートメンバーを募り、チームで参加できるようにした。
2月21日のピッチイベントはオンラインで開催された。

信江:プレゼンテーションの時間は各10分間。それぞれのチームが、課題の深刻度やソリューションの必要性を訴求し、スタートアップ企業さながらの素晴らしいプレゼンテーションを披露しました。
市川:プレゼン後には10分間の質疑応答が行われ、審査員からは鋭い質疑やコメントが寄せられました。その内容は、発表チームだけでなく、約1200名の聴講者にとっても深い学びになったと思います。
全チームの発表の後、最優秀賞2チーム、優秀賞1チームが発表された。
最優秀賞の1つは、三菱電機健康増進センターの看護師による、音声認識・画像認識技術を活用した、救急医療の効率化に関するアイデア。医療現場における課題の解説は実体験に基づいているだけに詳細で実感がこもり、そこに自社技術の中からぴたりと合致するソリューションが提案されていた点が高評価を得た。もう1つは、プラスチックリサイクル技術の新たな展開に関するもの。SDGsが浸透し、環境問題への意識が高まるなか、組織の壁を越えて自社技術を活用するという視点が評価された。優秀賞は、電力事業と空調技術を組み合わせた新事業。総合電機メーカーの強みを活かし、将来性とグローバル性に優れた壮大なアイデアが審査員の関心を引いた。
原石はダイヤへ。仕組みは全社の風土へ。
ピッチイベントを終えて、信江さんたちはすでにビジネスアイデアの事業化に向けて動き出している。また、受賞アイデア以外でも、事業化につながりそうなものは専門部署に紹介したり、複数のアイデアを組み合わせたりして、事業化への道を探っている。
信江:私たちの会社には、他の事業所に関連するビジネスを思いついても提案するルートがありませんでした。一方で、それぞれの事業所ではつねに新しいアイデアを求めています。今回のコンテストで、眠っていたアイデアと結びつけ、事業化を実現したいと考えています。
市川:エントリーしてくださった皆さんへのフィードバックも充実させたいですね。今回メンタリングを受けたのは最終選考に残った7チームだけでしたが、できればより多くの人に経験していただき、ビジネス創造のスキルを身につけ、その楽しさを知ってほしいです。
市川さん、信江さんが所属するビジネスイノベーション本部では今後、GEMstonesを定期開催する予定だ。また、参加対象者を国内外のグループ会社社員まで広げ、より多彩なアイデアが集まることを期待している。数年後には、イノベーター精神にあふれる社内で、GEMstonesから生まれた事業が次々に実施されているかもしれない。