対談篇 後篇 潜在的ニーズを発掘する、
これからのものづくりについて
1921年創業の三菱電機と、1914年創業の近江手造り和ろうそく「大與」(だいよ)。
それぞれ約100年間継承されてきた歴史のなかで、新しい世代としてバトンを受けた同世代の2人は、
どんなものづくりの未来を思い描いているのでしょうか。
100年の歴史から生まれた、
新たなものづくり
大西さんは2010年に「お米のろうそく」の販売を開始。さらに2014年には、大與創業100周年を契機に新ブランド「hitohito」を立ち上げています。
“火と人”をつなぐ活動なので「ひとひと」と読みます。英語の“fire”から連想するように、人類にとって火は長らく“恐れ”の対象でしたが、同時にそんな恐れの対象である火を生活のなかに上手に取り入れてきた歴史もあります。ろうそくという道具も、火を生活のなかに取り入れる手段の1つです。しかしそれでもなお、人は火を恐れの対象として捉えます。そんなことを背景に考えた結果、私は「火と人の距離間」について興味を持ちました。具体的な活動として、お茶をたてながら“火と人のあいだ”を探る「ひとひと茶会」なども開催しています。「豊かな暮らしとは何か」「社会の成熟とは何か」といった問いについて参加者が和ろうそくを通じて考える、そんな茶会なんです。
なるほど。たしかにそうした意味では、大西さんがつくる和ろうそくは恐れの対象としての“fire”には見えず、まさしく生活をよりよい方向に演出する道具ですね。
ありがとうございます。
私の仕事に置き換えても、自然界にある“空気”はそのままだと実にやっかいな存在です。冬場の空気は冷たいですし、部屋の窓には結露を発生させる。でもだからといって「嫌なもの」では決してありません。「自然界にあるものと人との距離」という視座に立てば、そこから得られるヒントがきっとあるはずですね。「hitohito」のコンセプトは我々三菱電機にとっても、非常に共感できる考え方です。
ただ、和ろうそくにしても、現実的には「ろうそく=生活必需品」と考えられることは少なくなっています。明かりがほしければ照明器具がありますし、「今日はオシャレにろうそくの灯を囲んで食事を楽しもう」という価値観が芽生えてもごくわずかですよね。私が「お米のろうそく」や「hitohito」と通じて実現したいのは、困りごとを解決する手段としてのろうそくではなく、「こうなったらいいのにな」という潜在的なニーズにアプローチし、そんな生活シーンに「和ろうそく」を提案することなんです。
和ろうそくには発掘されていない
価値が必ずある
今日たびたびご紹介させていただいている「お米のろうそく」にしてもそうです。父から代々受け継いできた櫨ろうそくづくりがあるなかで、私はこの米ぬかろうそくをプロデュースしました。櫨ろうそくよりも安価でご購入いただけますが、一般的に流通している洋ろうそくに比べたら少々割高です。それでも洋ろうそくに比べてにおいやススが発生しにくく、溶けたろうも外側に垂れにくい。ふっくらとしていて、実に面白いゆらめきの火を灯してくれます。
食事のときにあると、食卓を少し華やかに演出してくれそうですね。
感覚的な価値を
重視する人たちが
増えている
実際にレストランの市場は広がりつつあるんですよ。例えば高級ホテルのレストランでは、テーブルの中央にキャンドルが灯っていることがありますよね。ただ、石油由来のパラフィンを原料とした洋ろうそくはにおいが出ますし、食事時には抵抗を感じる人もいます。しかし、なんといってもこちらは「お米由来」。お店の方が「こちらはお米でできたろうそくなんですよ」なんて紹介すれば、きっとお客様の食事も楽しくなると思うんです。お店側にすれば10円の洋ろうそくか、はたまた100円の米ぬかろうそくかコストにすれば10倍の違いではあるのですが、プラス90円のコストをかければ、大事なお客様に対して満足感の高い体験を提供できる。販売当初、ラグジュアリーホテルを1軒1軒まわってそんな提案をした頃はなかなかご理解を得られませんでしたが、徐々にそんな価値観に共感いただけるようになってきました。
同じものづくりに携わる人間としてとても感動的なエピソードですね。確かに、感覚的な価値を重視する人たちが増えていると感じます。
とはいえ「お米でつくったろうそくがほしい」とか「あったらいいのにな」なんて声が市場からあがったわけではありません。「そういえば、こんなものがほしかった!」そんな潜在的なニーズを掘り起こしたのが「お米のろうそく」でした。時に同世代の友人からは「ろうそくなんて、よく売っているよな」なんて言われますが(笑)、和ろうそくにはまだまだ発掘されていない価値が必ずある。これからもそれを追求していけたら、と考えています。
一番大切な父親からの教え
——ものづくりに「正直であれ」
ところで大西さんはお父様からはどのような教えを受けてきましたか。
最も大事にしているのは「正直であれ」です。ろうそく1本からどのくらいの利益を生み出すのか、経営的な視点で考えていけば、和ろうそくの場合は原料になります。事実、ろうそくの市場は価格の安いパラフィンを用いた洋ろうそくが一般的ですし、和ろうそくにしても櫨よりも安い原料がたくさんあります。父もかつては、櫨に極めて近い人工的な原料を他企業と試作したことがありました。しかし、それで作ったろうそくの灯火は、不思議と「櫨100%」には叶わなかったそうです。
化学式にすれば天然の櫨とほとんど変わりはないはずなのに、品質は嘘をつかなかったと……。
科学の力をもってしても人間がたどり着けないこと、わからないことはまだまだあるのだと思います。だからこそ父は、櫨100%使用のろうそくづくりにこだわり続けました。別の原料にしたり、あるいは、別の原料をまぜたりすればたしかに利益率は上がりますが、その分だけ品質は下がり、結果としてお客様を悲しませます。「ならば、いいものを作ることはできるのだから、実直につくり続ければいいじゃないか」。それが父の辿り着いた結論で、私もその精神を大事にしています。
お父様の「正直であれ」はすなわち「品質第一」の精神。それは私も先輩方から教えられたものであり、また三菱電機ブランドにも息づいているものだと思います。お客様に喜ばれるものをつくることや、市場を創造していくことは、私たちにとっても命題です。ロスナイにしても、もっと住環境のニーズにマッチしていかなければなりません。その点でいえば、和ろうそくの潜在的なニーズを掘り起こそうとする大西さんの活動には非常に刺激を受けました。
限られた資源のなかで人類がどうやりくりしていくのかというエコロジーの精神は今や当たり前のことですよね。だからこそ、私や青木さん、さらには私たちより若い世代の人たちも含めて「これからの時代をどのように生きるか」について思いを巡らせていくことが大事なのではないかと思います。同じ世代として、これからのものづくりを支えていきたいですね。
本日はありがとうございました。
- 取材・文/安田博勇 撮影/魚本勝之
- 2019.04.25