対談篇 後篇若手らしい発想で、
新しい地平を開く
伝統工芸品と工業製品に、意外な共通点があることを認識した2人。
日々の取り組みについて、さらに対談は続きます。
バングルづくりで鏨(たがね)打ちを体験
対談中、牛丸が鏨打ちの体験をさせていただきました。「NOYORI」のワークショップで行っているバングル作りの一工程です。
「力の入れ具合、鏨を押し当てる角度が難しいです」(牛丸)
「そうですよね。特に魚々子(ななこ)蒔きは、均等に打ち続けることが大切です。仏具によっては、同じ仕様のものをたくさん作ることも。だから、なるだけバラツキが目立たないようにします。精神的にもタフさが求められるので、私もまだまだ修業中です」(野依さん)
何列かのラインを打ち付けた後、バングルの形状に加工する仕上げは、野依さんの父・克彦さんにお願いして、無事完成しました。
「なにしろやり直しがききませんから、緊張しましたね。職人芸のすごさがよくわかりました」(牛丸)
先輩の教えに学び、
さらなる成長を遂げる
お二人とも、今の仕事を始められて3~4年目です。研さんを積まれる中、心がけていることを教えてください。
父によく言われるのが、「表より裏をきれいにするぐらいの気持ちで」ということです。尾張仏具は分業で作られるので、次の職人が作業しやすいよう、金具の裏側にも念入りにやすりがけを施します。また、裏側の処理が粗いと、何十年後かに金具を取り換える際、そこに接する木地を傷つけてしまいかねません。「修復」を旨とする仏具職人としての責任を果たすためにも、この教えはしっかり守るようにしています。
複数の先輩から同じアドバイスを受け、常に肝に銘じているのが「現物を見る」ということです。三菱電機に限った話ではありませんが、製造では「三現主義」が重んじられます。現場、現物、現実の3つの「現」をまず理解しなければなりません。新製品の設計開発に取り組む際は、まず現実を把握するために、その時に出回っている製品の現物を構造から客観的に見つめ直すことが大切です。先ほども申し上げましたが、静岡製作所は設計部門の隣に現場=製造部門がありますから、足を運びやすいのがなによりの利点です。
信頼関係をつくるのに大事な事は?
ものづくりにおいて、製造の現場がいかに重要なのかが実感できますね。
私のような設計部門の若造が、口だけ出してくるような態度だったら製造部門の方々も決していい気はしないでしょう。日頃から足繁く通い、直接コミュニケーションをとるようにしているのは、信頼関係の構築につながるからです。新しい設計開発の過程では、市場のニーズを反映しようとすると、現場の生産性が下がってしまうジレンマが生じることもあります。そんな場合でも、改善に向けた調整を図れるのは、信頼関係があってこそ。こういう経験を積み重ねることで、次の仕事の精度も上がります。
野依さん自身は、職人として製造の現場そのものに身を置いていらっしゃるわけですが、そこでどんなことを意識されていますか。
通常、尾張仏具の納期は、短くて半年後、長いと1、2年後です。分業しているため、私たちの工房だけで余計に時間をかけてしまうと、ほかの職人にしわ寄せが及びます。手作りだからこそ、それなりの数をこなすためには、作業の効率性を高めなければなりません。お客様のご要望に応えるのは当然として、チームの一員としてものづくりの現場で迷惑をかけないよう意識しています。
コミュニケーションが
ものづくりの鍵を握る
製造部門の方々は、自分より年上の方々が多いです。設計部門としてときには製造部門に無理をお願いせざるを得ないこともあるので、入社したての頃はどのようにコミュニケーションをとればいいのかよくわからず、手探りでした。幸い、皆さんとても優しい方々ですし、4年目の今でこそ、なんとかうまくやれているかなと思えるようになりました。設計・製造それぞれの意見をぶつけ合い、より良いものに持って行く改善策をお示しできれば、信頼関係が構築できると学んだこと、それが今に繋がっていると思います。
コミュニケーションが大切だということは、私も実感しています。うちの工房では新しいことに取り組んでいるわけですが、業界で抜け駆けするつもりはありません。職人組合の方々とも良好な関係を築くことによって、尾張仏具をもっと盛り上げていきたいと考えています。ものづくりとは関係ないかもしれませんが、組合の飲み会に参加するようにしているのは、もっと親密に交流できそうだからです(笑)。
案外大事なことかもしれませんよね。個々人が専門性を高めたり技を磨いたりするだけでは、ものづくりはままならないと思います。
成長に近道はなく、地道な努力あるのみ
では、今後の目標について、お聞かせいただけますでしょうか。
祖父も父も、国が認定する「伝統工芸士」ですが、私も認定試験に合格して後に続きたいです。そのためにも、技術の習得がなにより優先。私の場合、師匠に当たる人が家族なので、ある程度の自由がありました。自分の好きなアクセサリー作りから始めて、仏具の制作に必要な技術も自然と身に付いていった感じです。若手職人だとおそらく5年ぐらい製品づくりに関われない工房も少なくない中、恵まれていました。私のような存在が広く知られることで、若い人が職人を目指しやすい環境が生まれ、担い手不足の解消につながってほしい。そう願っています。
4年目となり、自分の業務の社会的価値について深く自覚できるようになりました。これまでも意識していたことですが、新しいトレンドとこれまでの「三菱電機らしさ」をいかに両立するかを、引き続き探っていきたいです。最近は担当する部品や業務が次第に増えてきており、身の引き締まる思いです。今後も冷蔵庫設計するにあたり、よく指摘される課題をしっかり解決し、新製品に反映していければと考えております。
本日はどうもありがとうございました。
- 取材・文/渡辺信太郎 撮影/魚本勝之
- 2024.01.15