2024年08月号

特集 「先進デジタル技術(前編)」

三菱電機技報 2024年08月号

巻頭言
社会課題解決に貢献する先進デジタル技術
特集論文
全7編

特集概要

三菱電機グループは事業を通じて社会課題を解決して持続的な社会に貢献するために、“循環型 デジタル・エンジニアリング企業”として先進デジタル技術の活用による価値の高度化を推進しています。循環型 デジタル・エンジニアリングは、顧客から得られたデータをデジタル空間に集約・分析するとともにグループ内が強くつながり知恵を出し合うことで、新たな価値を生み出し社会課題の解決に貢献するものです。新たな価値の実現にはサービスや製品を実現するための技術と安心して使えるための技術の両方が必要です。
本号では、先進デジタル技術の具体的な取組みとして主に安心・安全な社会を実現する技術を紹介します。

巻頭言
特集論文
(全7編)
2.

触診デジタル化による遠隔検査技術(PDF:854KB)

福井孝太郎/小林翔一/和田敏裕/平井敬秀/西川敬士

機械設備のメンテナンスに関する業界では作業員不足への懸念が高まっており,その対策として,点検・検査業務の遠隔化が検討されている。しかし,点検・検査業務のうち,触覚情報を用いる業務の遠隔化に取り組んだ事例はほぼなかった。そこで三菱電機は,機器の緩みの確認作業をターゲットに,現地の作業者の触覚情報をデジタル化し,それを基に遠隔地から熟練作業者が判定する遠隔化方式を開発した。さらに,現地作業者用のセンサーグローブと,熟練作業者による判定を容易にするための予備判定アルゴリズムを試作し,評価実験を通じて,予備判定として十分な性能を持つことを確認した。この技術は,点検・検査業務の遠隔化だけではなく,触診による遠隔医療など,様々な用途への適用が期待できる。

3.

発電所放流を考慮した低水管理向け河川流量予測技術(PDF:577KB)

赤間 慶

河川管理者は,ダムの放流などによって,河川の正常な機能を維持するために必要な河川流量を確保する“低水管理”を行っている。低水管理では,河川の正常な機能を維持するために必要な正常流量を目標として定めている。また,水資源の効率的な利用という観点では,今後の流量逓減量を予測しダム放流量を適切に決定する必要もある。今回は,低水管理向け流量予測の考え方,具体的には荒川上流での低水管理の特徴,予測システムの予測アルゴリズム,そして,過去実績データを用いた流量予測結果についてまとめた。開発した予測アルゴリズムは,①ダム放流量変化など対処可能な現象は予測する,②データ不足のため正確な予測が難しい発電用水の影響は除去する,という特徴を備える。このアルゴリズムによって,荒川上流の複雑な水収支環境下でも,予測の上振れを抑制しつつ高精度な流量の予測が可能であることが確認できた。

4.

安心・安全を支えるテラヘルツ波センシング技術(PDF:847KB)

梅田周作/早馬道也/西村拓真/石岡和明/杣田一郎

光波と電波の中間の周波数であるテラヘルツ波は,透過性能を確保しながら高分解能のセンシングが実現できるため,安心・安全の実現に必要な様々なアプリケーションへの適用が期待される。一方で,テラヘルツ波センシングは,近傍界での反射係数計算や歩留りの確保など,様々な技術課題が存在する。三菱電機は,300GHz帯テラヘルツ波を用いたセンシングシステムのコア技術となるデジタル信号処理技術とデバイス技術の開発,及びその有効性を明らかにするための実証実験を行った。ミリメーター級のイメージング,マイクロメーター級の変位推定を実現できた。

5.

AIの安心・安全を守るセキュリティー技術とプライバシー技術(PDF:641KB)

小関義博/中井綱人

深層学習の発展によって,AIをビジネスに活用する取組みは,近年ますます活発になってきており,三菱電機でも様々な分野での活用検討が行われている。一方で,AIが組み込まれたシステムの活用が広がるにつれて,悪意を持った攻撃者がAIの持つ脆弱(ぜいじゃく)性を突いて攻撃してくる機会も増加していく。当社では,AIの性能向上や活用検討といった取組みだけではなく,たとえAIが悪意のある攻撃にさらされる環境にあったとしても,安心・安全に活用するためのセキュリティー技術・プライバシー技術の研究開発を行っている。その取組みの中で,物体検知のAIが入力に細工をされても正しい結果を出力する技術と,AIのモデルから学習データに関する情報の漏洩(ろうえい)を防ぐ技術を開発した。

6.

OSSデータベースPostgreSQLへの取組みとOSSコミュニティーへの貢献(PDF:618KB)

立床雅司/藤井雄規/柿村直拓/追立真吾

近年,OSS(Open-Source Software)の重要性がますます高まってきている。三菱電機はOSSの利活用に加えて,その価値向上と持続性のためOSSコミュニティーへの貢献を重視しており,活動を拡大させる計画である。当社は,OSSのRDBMS(Relational DataBase Management System)であるPostgreSQL(注1)の外部データ連携への取組みを通じて,PostgreSQL内部動作への理解を深めることで分散構成での集約処理速度を12倍高速化できる余地を見いだし,開発成果の一部をOSSコミュニティーに提案した。さらに,OSSの普及と発展に向けて,様々なOSSコミュニティーに対してパッチ投稿,ドキュメント翻訳,カンファレンス発表等による貢献活動を行った。
(注1) PostgreSQLは,PostgreSQL Community Association of Canadaの登録商標である。

7.

偏波SAR画像の高感度な時系列分析(PDF:1552KB)

有井基文

グローバルな気候変動対策や災害時の復興支援のために地球の日々の変化を把握することは,人類にとって喫緊の課題である。三菱電機が長年開発に携わってきた合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)は,昼夜天候問わず観測可能であり,定期的な観測を通じて地表面の変化を差分として検出することに優れている。さらに,SARの送受信アンテナの偏光性を利用した偏波SAR画像は,観測対象の構造や材質等の推定を可能にする。当社は,時系列に観測された偏波SAR画像群から,対象の状態の変化に対する感度を高めて,わずかな違いも見落とすことなく定量的に測定する技術を開発した。この手法を人工衛星だいち2号で撮影した偏波SAR画像に適用し,北海道の広葉樹林の季節変化を定量的に計測できることを示した。

8.

最先端プロセスの特性を基にしたリアルタイム誤り訂正回路の低電力設計(PDF:759KB)

石井健二/吉田英夫/平野 進/小西良明

デジタル社会の実現で,デジタル信号処理の高速化と低消費電力化は避けて通ることのできない課題である。この相反する特性を同時に実現するには,デジタル信号処理技術の高度化と半導体プロセスの微細化による集積技術の進展だけでなく,システムやアプリケーションの特性を考慮した低電力化デジタル設計技術が重要になる。三菱電機は,大容量光通信向け誤り訂正回路のASIC(Application Specific Integrated Circuit)開発を通して,最先端微細化プロセスを適用した低電力化設計技術を開発した。プロセスの特性を前提とした物理合成結果に基づく符号と回路アーキテクチャーの最適化によって実現性の高い回路設計を実現するとともに,装置運用上の特性を考慮した回路制御によって最大動作時から40%以上の低電力効果が得られた。

技報トップへ