R&D NOTE
開発NOTE
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宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した小型月着陸実証機「SLIM」。三菱電機は従来よりも高い精度で月面に着陸させる技術の実証を目的とした、このSLIMのシステム設計を担いました。
地球を周回する人工衛星で実績を積み重ねてきた三菱電機にとっても、深宇宙※2に飛び出す小型軽量の探査機開発には未知の部分が多かったのが事実。その開発に挑戦した先端技術総合研究所の2人のメンバーにフォーカスしました。
- ※12024年1月20日時点。
- ※2深宇宙:ここでは、月高度(約38万km)よりも遠い宇宙空間を指している。ちなみに通常の静止衛星の軌道は高度3万~4万キロメートル程度。
SLIMはエンジン類がすべて機体の同じ側に取り付けられているため、方向を変えるには機体をいったん回転してからエンジンを噴射します。その姿勢変更の際にも推薬を用いるので、SLIMの軌道に微小な影響が生じます。最初は微小でも、時間がたつとその誤差は大きく拡大してしまいますから、そのまま放ってはおけません。そこで2本のメインエンジンと12本の補助スラスターとのさまざまな噴射パターンをシミュレーションで評価し、誤差が発生しても目標とする軌道に必ず復帰できるように軌道計画ソフトウエアの設計に反映してゆきました。

先端技術総合研究所
メカトロニクス技術部
グループマネージャー
清水 誠一

先端技術総合研究所
メカトロニクス技術部
グループマネージャー
清水 誠一
私がプロジェクトに参加したのは2020年のことです。担当はSLIMに搭載する航法誘導制御系のシステム設計と検証で、このシステムはSLIMが100m以内の誤差で着陸するために重要な仕組みとなります。着陸をシミュレーションすると条件によって100mに収まらないケースがあり、着任して最初の依頼はその改善に関する検討でした。
本来、着陸時に高度を測定するセンサーなどの機器を複数台搭載すれば精度を上げられます。しかしSLIMにはピンポイント着陸に加えて小型・軽量化のミッションがあったため、着陸というワンチャンスのイベントに向けて1台の機器でどこまで信頼性の高い設計ができるか、またその機器が故障した際に補完する仕掛けをいかにして組み込めるか、この2点が開発における難題でした。GPSが使えない深宇宙で、カメラを用いて正確な位置特定と着陸を自律的に行う画像照合航法※3を含めた航法誘導制御系全体の改良を、鎌倉製作所やJAXA側の開発担当者、研究者と協力しながら、100%の着陸成功を目指し進めていきました。
- ※3画像照合航法:地形相対航法(Terrain Relative Navigation:TRN)とも呼ぶ。探査機に搭載されたカメラなどのセンサーで取得した天体表面の地形データと、あらかじめ搭載されているマップとを照らし合わせて位置を推定する航法。

失敗できない
ワンチャンスイベント
胃がキリキリする瞬間を味わいました
北村私が担当した部分にも、失敗できないイベントがいくつかありました。月のすぐ近くを通過し、月の重力を用いて加速と軌道変更を行う「月 スイング バイ(Moon Swing by)」がその一つです。燃料を節約し、機体を軽量化するためにも重要なイベントなのですが、これに失敗するとSLIMはあらぬ方向へ飛んでしまい、月にたどり着けません。

SLIM打ち上げ後も相模原のJAXA宇宙科学研究所に詰めて、エンジン噴射の結果を受けた軌道計算や、万が一失敗した場合の次善の策の検討に取り組んでいました。ですから実際のワンチャンスイベントの場面は、本当に胃がキリキリする瞬間でした。

清水月に到達するまでの軌道については北村さんに任せ、安心して見ていました。私の胃がキリキリするのはそれからで、月への着陸時です。その瞬間に向け、目標地点に安定して着陸するため大きな岩石の位置など月の細かな地理を確認し、最新の軌道や質量の情報を加え、さまざまな誤差も加味した1000ケースのシミュレーションと検証を繰り返しました。
例えば、着陸直前の逆噴射で月の砂が舞い上がり、正確な高度が測れなくなる可能性を想定して、最後の最後まで検証を続けていました。いい意味でも…諦めが悪かったですね。

着陸のときは相模原に出向いて見守りました。実は着陸の瞬間に送られてきたデータでは2段階着陸ができたかどうかが不明だったのです。数時間後にようやく「メインエンジンにはトラブルがあったもののどうやら成功したようだ」ということが分かりました。そのときは感動というよりも安堵の気持ちが大きく、ホッと胸をなでおろしたことを覚えています。やり遂げたという実感が湧いてきたのは、さまざまな事象が判明した後からですね。
ADVANCED TECHNOLOGY
R&D CENTER
働きやすい場でのびのび研究でき、人を伸ばす環境があります
清水宇宙工学を志したのは、小学生のとき地元で開かれた宇宙飛行士・毛利衛さんの講演を聴き、単純に「宇宙ってすごいな、魅力的だな」と感じたことが出発点でした。大学では衛星の姿勢制御を研究していたため、その延長で、宇宙に関する国内トップメーカーであり、他社では経験できないモノづくりに携われるのではないかとの期待を抱いて、就職先に三菱電機を選びました。
先端技術総合研究所は、研究所ならではのフットワークの軽さがあり、スムーズにスピード感を持って研究に臨める場所です。さまざまな専門分野のプロフェッショナルがいるので気軽に相談できますし、多彩な知恵の集合知を自分のものにしていけるところも魅力です。
ADVANCED TECHNOLOGY
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北村子どもの頃、近くの天文台で星を観察し、科学館でブラックホールなどの話を読んで宇宙に興味を持った経験がもとにあり、加えて工作が好きだったこともあって、大学で宇宙工学を選択しました。その研究室の先生が先端技術総合研究所出身だった関係でいろいろと話を聞き、宇宙に関する研究ができるということで三菱電機入社を決めました。先端技術総合研究所はとても働きやすい場で、裁量を持ってのびのびと研究でき、人を伸ばす環境があると感じています。
今回のSLIMと並行して、JAXAの火星衛星探査計画「MMX※4」や米国が主導する月面探査プログラム「アルテミス計画※5」にも関わっており、その両者でもSLIMで得た知見を活かしていきたいと思っています。
- ※4MMX(Martian Moons eXploration):JAXAが進める、火星の衛星フォボスとダイモスの探査計画。衛星の表層物質を回収して地球に戻ってくることを想定している。
- ※5アルテミス計画(Artemis program):アメリカ合衆国連邦政府が主導する有人宇宙飛行(月面着陸)による月面探査計画。主にアメリカ航空宇宙局(NASA)とNASAが契約している米国の民間宇宙飛行会社、そしてJAXAをはじめとする各国の国際的パートナーによって実施される。
────三菱電機の魅力や、三菱電機を目指す皆さんへの思いを教えてください。
情熱を持った人、研究開発を通じ成長したい人と一緒に仕事をしたい。

「とにかく情熱を持った人と一緒に仕事をしたいですね。三菱電機にはその情熱を受け止めるフィールドがいくらでもあります。そして、人。人を育てる風土があり、近づきたいと思える先輩がたくさんいるので、人をめぐる環境も抜群です。まずは情熱を持ってチャレンジしてください」

「三菱電機は大きな企業ですので、複雑で難しく、だからこそおもしろい機器やシステムにも携われるのが魅力です。研究が好きであるのはもちろん、実際の製品やシステム開発を通じて成長したいと思う人にきてほしいと思います。研究開発は大変ではあっても、最後には達成感とともにかけがえのない成長という財産を得られます」
PROFILE

先端技術総合研究所
メカトロニクス技術部
グループマネージャー
清水 誠一
2007年4月入社。大学時代は宇宙工学と制御工学を専門に研究し、入社後は先端技術総合研究所で人工衛星搭載機器のハードウエア設計や制御設計などに従事。2020年からSLIM月面着陸時の航法誘導制御に関するソフトウエアの設計検証に携わる。
2007年4月入社。大学時代は宇宙工学と制御工学を専門に研究し、入社後は先端技術総合研究所で人工衛星搭載機器のハードウエア設計や制御設計などに従事。2020年からSLIM月面着陸時の航法誘導制御に関するソフトウエアの設計検証に携わる。

先端技術総合研究所
メカトロニクス技術部
主席研究員
北村 憲司
2012年4月入社。入社以来、人工衛星や宇宙システムに関する研究に従事し、4年目からSLIMプロジェクトに参画。2020~22年の2年半は鎌倉製作所に勤務した。2019年には米パデュー大学に短期留学し三体問題※6の研究を行った経験も持つ。
2012年4月入社。入社以来、人工衛星や宇宙システムに関する研究に従事し、4年目からSLIMプロジェクトに参画。2020~22年の2年半は鎌倉製作所に勤務した。2019年には米パデュー大学に短期留学し三体問題※6の研究を行った経験も持つ。
- ※6三体問題(three-body problem):古典力学においては互いに重力相互作用を及ぼす三質点系の運動について問う問題であるが、天体力学では万有引力により相互作用する天体の運行をモデル化した問題をいう。
- ※掲載した内容、登場者の部署・肩書は2024年12月2日取材時点のものです。