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新たなソリューションは飽くなき好奇心から生まれる

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
伊藤 槙紀

取材を通じて社会問題を「見える化」する

近年、大雨などの自然災害によって、ため池の決壊が増えていることをご存じですか?ため池は農業用水を確保するために作られた人工的な池で、主に農家の方たちが管理してきました。ところが農業従事者の高齢化や減少が進み、管理の行き届かないため池が増加しています。

この問題を解決するために、三菱電機では水面状況監視サービス「みなモニター」の開発をスタートしました。これはセンサーがついたブイ(浮漂)をため池に浮かべ、衛星で水位を計測し、スマートフォンに知らせるサービスです。離れた場所からでも常にため池の状況が把握できますし、悪天候での見回り中に起こり得る転落といった二次災害を防ぐこともできます。

当研究所でスマートフォン用の画面デザインを担当することになったのは、2019年2月。どんな人が、どのようにため池を管理しているのか。それを知るために、同6月に名古屋、大阪、岡山でため池の管理経験者を取材しました。

ここでチャレンジしたのが「グラフィックレコーディング」です。これは取材の内容をリアルタイムで絵に起こしていく手法で、ブイの開発担当にも取材内容をわかりやすく共有するために採り入れました。個人的に講演会などを公聴する際に試してはいましたが、仕事の資料作成で活用するのはこれが初めて。最初は緊張して思うように記録できませんでしたが、回数を重ねるにつれ、要点を絵でまとめられるようになりました。

取材の結果、現在ため池の多くが水利組合や地域の受益者を中心とした団体によって管理されていることがわかりました。これらの団体は農家の子孫や親戚といった有志からなる団体で、仕事を退職した60代後半から70代の高齢者が構成の大半を占めています。取材で得られた新たな知見として、ため池の水位の管理方法があります。ため池の水位は数値で測るのではなく、昔からため池に設置している「水位標」と呼ばれる棒の色で大まかに測っていることがわかりました。たとえば「水位が黄色の範囲内なら、まだ大丈夫」「水位が赤を越えたら、急いで水門を開いて放流する」といった具合です。こうした管理方法に詳細なマニュアルはなく、管理者が交代する際に口伝で引き継いでいることも明らかになりました。

コンセプトムービー

ユーザーが見慣れた水位標を、画面デザインに

取材を終えた7月からは、画面デザインに着手しました。気を配ったのは、屋外でも高齢の管理者でも使いやすい視認性です。全体的に文字を大きく表示し、色のコントラストもはっきりさせています。

メイン画面は、ため池の水面状況がひと目でわかるようにデザインしました。水位の変化は折れ線グラフで確認できます。水位の高さを示す縦軸の目盛りは、水位標をモチーフに。水位標の色は、管理しているため池の水位標と合わせられます。つまり水位が上がり、折れ線が右肩上がりになったら、見慣れた色でいち早く危険を察知できるという仕掛けです。ちなみに、水位のデータは30分間隔に更新され、雨が降ると自動的に2分間隔に変わります。豪雨時には、水位の急変が分かりやすい30分、1時間のグラフ表示で確認し、農家の方が稲作の灌漑で普段使いする際には、1日、1週間のグラフ表示で確認が可能です。

このほかにも複数のため池を管理する人向けに、6~7ヵ所のため池を一覧できる画面も作成しました。水位が上がった際には、ため池名と併せて水位と警告を示すアイコンが表示され、すぐに危険がわかります。

こうして作成した画面デザインは、2020年にIAUD国際デザイン賞で銀賞を頂きました。ため池管理の慣習を抽出し、分析結果を画面デザインに反映していることや、屋外で高齢者が使用するという条件でも見やすい画面であることが評価されています。

「みなモニター」は現在も開発が進められており、2021年夏以降のリリース予定です。デザインチームではスマートフォン版の画面作成を終え、現在はパソコン版の画面デザインに取り掛かっています。広域のため池をまとめて監視する市町村の職員向けにどう使ってもらうかも含めて思案中です。

「画面をデザインする」という依頼をきっかけに始まった、サービスのあるべき姿を模索するための当事者への取材。実際にため池の管理を経験していた方々のお話を聞くことで、どうデザインすべきかが明確になりました。特に、水位標の色を活用するアイデアは、取材をしなければ思い付かなかったでしょう。私にとって「どんな仕事もユーザーの声を聞くことが重要なのだ」と実感したプロジェクトになりました。

もうひとつ、入社してすぐにチャレンジした忘れられないプロジェクトがあります。画面に触れずに操作できる「ふれないUI」の開発です。手の位置をセンシングし、画面の前で手を滑らせるように動かすことで操作します。当研究所では2015年にウェアラブル用のユーザーインターフェースを開発していました。その技術を応用し、様々な画面に対する触らない操作を可能にしたのが「ふれないUI」です。

当時はまだプログラミングの経験はほとんど無かったのですが、「やります!」と自ら手を挙げたところ、その意欲を買われて担当することに。「Unity Pro」というインタラクティブなコンテンツ向けの開発環境で試作を始めました。はじめにチュートリアルで基本操作を覚えた後は、ひたすら試行錯誤を繰り返していきます。改良を重ね、手の動きに合わせた滑らかな操作感や、大まかな動きでも意図した入力ができるようなプログラムが組み上がりました。画面のレイアウトに関しても、バージョンを重ねる毎により直感的に、より使いやすくなるようにデサインしていきました。

取り掛かってから半年後にはいったん完成。その後、関西国際空港でデモを用いた実証実験を行いました。内容は、空港内の施設の場所を示す案内板を「ふれないUI」で操作するというものです。空港をご利用されるお客様に使っていただき、実環境での操作方法を確かめることができる貴重な機会でした。
もともとこの技術は、油などで手が汚れやすく、スパナなどの工具が手放せない工場への導入を想定したものでしたが、コロナ禍で非接触が推奨されるようになった今では、様々な画面操作への応用も期待されています。

プログラミングやグラフィックレコーディングなど、好奇心で始めたことが思わぬところで活かされる機会に恵まれています。それが結果として「ふれないUI」や「みなモニター」といった今まで世の中になかったものを生み出すきっかけになりました。これからも興味が湧いたら、とにかく何でもやってみたい。アウトプットの方法をどんどん増やして、ひとつでも多くのデザインを世に送り出していきたいと思います。

「Unity Pro」はUnity Technologiesが提供する開発ツールであり、「Unity」は Unity IPR ApS の登録商標です。
「みなモニター」は三菱電機株式会社の登録商標です。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

伊藤 槙紀

2018年入社
産業システムデザイン部にて、水面状況監視サービスや電力事業向けの料金調停システムなど、BtoB (Business-to-Business)向けシステムのUIデザインを担当。新規UI開発のための基礎研究も手掛ける。