私たち統合デザイン研究所のメンバーと鎌倉市立大船小学校、地域の商店街が連携し、小学生が創造力を発揮しながら、商店街のゴミ問題に取り組みました。商店街の道端に落ちているゴミについて調査し、得られた気づきから解決策のアイデア検討と具体化、さらに実際の商店街での効果検証まで、子どもたちが主体的に取り組むプログラムを立案し、一緒に進めました。最終的には子どもたちの豊かな創造力を発揮した提案が生み出されました。
今回の取り組みのきっかけは、大船小学校の子どもたちが統合デザイン研究所へ社会科見学に来たことです。その際、先生方から「総合的な学習の時間の中でポスターの描き方について子どもたちに教えてほしい」という依頼を受けました。先生方のお話をよく聞くと、「子どもたちに創造する力を身に付けさせたい」という思いがありました。また、これまでの授業では、実際の現場にある問題の本質が見えないまま取り組むことが多く、一般的な啓蒙ポスターを製作するのみで、子どもたちの創造力が膨らみにくいことが課題でした。ポスターは一度作って終わりではなく、効果をしっかりと振り返ったり、捨てる人の気持ちを想像することが大切なのではないか。それには、私たちが普段の業務で大事にしているデザイン思考を活用できるのではないかと考え、計3回の授業を行いました。
最初の授業は11月末。3年生全員を集めた体育館で実施しました。ポスターを作る上で私たちから伝えたポイントは大きく3つ。「ターゲットを絞る」「メッセージをシンプルにする」「二度見したくなるようにする」です。その中で、子どもたちの思いのままにポスター作りを進めていきました。私たちは「文字は読みやすい大きさか」「色は目に留まりやすいか」といった視点のサポートをしました。
製作したポスターは、商店街に10日間ほど貼り出されました。後日、子どもたちは効果検証のために、商店街のお店の人へのインタビューや現地調査を実施しました。その結果、ポスターを貼る前後でゴミの量にあまり変化がなく、期待通りの効果が上がっていないことを知りました。そこで2回目の授業は、なぜゴミが減らなかったのか、ゴミを捨てている人にメッセージが伝わっているのか、ポスターを貼った場所が正しかったのかなどを、子どもたちと一緒に振り返りました。デザイン思考の重要なポイントの1つとして、「相手の立場になって考えてみよう」に着目し、ゴミを捨てた時の気持ちや、そもそもなぜゴミを捨てるのか、いつゴミを捨てているのか、どこに捨てているのかなど、捨てる人の気持ちを考えながら、2回目のポスターを製作しました。
印象に残っているのは、子どもたちの「ゴミを隠している」という言葉です。捨てる人たちは、目に付きやすい場所ではなく、路地裏や植木鉢の中を選んでいる。ポスターの近くのゴミが減っている代わりに、少し離れた所にゴミが集まっている。とても鋭い気づきだなと思いました。これらの気づきをもとに、改善策を一緒に探っていきました。
3回目の授業では、捨てる人の気持ちを考えながら、これまでに出た課題を整理し、アイデアを自由な発想で広げていきました。2回目の授業を終えた段階で、先生方から聞かされた悩みは「子どもたちのアイデアが、前回と同じようなポスターになってしまっている」ということ。身近な平面的な紙のポスターに発想が縛られていました。そこで、アイデアの幅を広げるために、立体的な看板や標識の写真を子どもたちに紹介しました。すると、平面にとらわれずに、立体的なもの、音が鳴るもの、夜に光るものなど、子どもたちならではの創造力を発揮。さらに読んだ人の気持ちを考え、メッセージの内容や言葉遣いにも配慮しました。
「たばこの吸殻が捨てられた排水溝」を厚紙で再現した作品。「水の汚れに苦しんでいる魚」を表現した作品。他には、立体という枠を越えて「歌でメッセージを発信する」という提案もありました。私たちもハッとさせられる、豊かな発想ばかりです。商店街への2回目の効果検証では「今回はゴミが減った」という声が多く聞かれ、子どもたちも手応えを感じているようでした。この子どもたちが私と同じくらいの年齢になった時、社会は大きく変化していると思います。未来の様々な課題に対して、企業だけではなく地域のあらゆる人たちと一緒になって考えることが重要です。地域と企業が連携する取り組みとして今後も継続したいと思います。
私たちが授業を通して心がけていたのは、「どうすれば子どもたちに主体的に考えてもらえるか」です。また、直接的なアドバイスばかりしてしまうと、自由な発想ができなくなってしまいます。他人の立場から考えてもらうことの難しさも感じました。単に「たばこを捨てる人の気持ちを考えよう」と伝えても、喫煙しない子どもたちにとっては簡単にはイメージできませんよね。興味をもってもらえるように目線を合わせて話す。アイデアを引き出すために、わかりやすく説明する。私たちも常に試行錯誤の連続でした。後日、子供たちからのお手紙の中で「私の成長は、人のことをもっと考えることができるようになったことです」という感想を頂きました。子どもたちに私たちが伝えたかったことが、しっかり届いたんだなと実感しました。
どうすれば本当にゴミを減らせるのか。子どもたちが取り組んできた問題に、明確な答えはありません。しかし、誰かの立場に立って考えることで、気づきやヒントを得ることはできます。小学生からこれにしっかり向き合うことで、未来の生活や社会を変えることができる。それがデザインの持つ力だと思っています。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザインエンジニア
安田 倫子
2007年入社
冷熱機器の振動設計やロバスト設計のエンジニア経験を経て、現在は調理機器のデザインを担当。社会変化の兆しから未来価値を洞察し、中長期視点の商品コンセプト立案など未来の食生活に向けた研究開発に取り組んでいる。