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形なき大量データの可能性を拓く

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
伊藤 槙紀・深川 浩史・山尾 美沙季

アートから、新しいデザインを生み出す試み

伊藤
さまざまな分野の製品を取り扱ってきた三菱電機には、多種多様なデータが蓄積されています。たとえば工場の稼働状況や、ユーザーの利用傾向といったデータです。収集したデータは大量に保管されていますが、なかには十分に活用できていないものもありました。そこで2020年度よりスタートしたのが「大量データのビジュアライゼーション」をテーマにした、大学との共同研究です。
深川
この共同研究では、私たちもデータビジュアライゼーションの技術を身につけることを目標の一つとしています。研究室のみなさんにビジュアライズをしてもらうかたわらで、同じデータを用いて伊藤さんや私もビジュアライズを試み、研究室からアドバイスをいただいてきました。
伊藤
普段の業務でデータの可視化をする場合、ユーザーの目的に合わせて分かりやすく表現するのが基本。いうなれば普通のデザイン業務です。一方、この共同研究においては、データがどんな発見をもたらすかわからないところから始まります。可視化の過程で新たな気付きを探るアプローチは、デザインというよりも実験的なアートのような試みでした。大学との共同研究を通じて、データを魅力的に見せるテクニックや、たくさんの有益な事例を教われたのはありがたかったですね。
深川
共同研究のなかで取り組んだもののひとつが、エレベーター利用者の乗降データのビジュアライゼーションです。「ELE-NAVI®(エレベーター行先予報システム)」のデータの新たな利用方法を探ることを目的に、このデータを使用しました。エレベーターでの移動効率を高めるELE-NAVIは、複数のエレベーターが稼働する高層ビルに導入されているシステムです。
伊藤
ELE-NAVIからは「何階で乗った人が、何階で降りた」といった粒度の細かなデータも取得できます。初期段階では、8基あるエレベーターを利用する人たちの上昇・下降の動きや待ち時間を色分けした線で表現していました。2021年の10月に研究室へお見せしたところ、映像表現のアワードである「MADD.Award」への応募を提案されるに至ります。
構図検討に使用した絵コンテ

作品コンセプトは、ビル全体の活動リズムを24時間に刻むこと

伊藤
この段階で、統合デザイン研究所の4人でチームを組むことに。深川さんが映像表現の演出を、私がアートディレクションを担当、一方で音楽制作は山尾さん、3D表現の技術的なサポートを担ったのがグループマネージャーです。
山尾
MADD.Awardの募集テーマは「内なる宇宙」。これを表現することを念頭に、本作品ではビルをひとつの生命体に見立て、人はビルに活力を与える「血液」、エレベーターは人を運ぶ「心臓」と捉えました。人々が足早に職場へ向かう朝の雑踏。お昼休憩に連れ立ち歩く人々の風景。徐々に人々が帰っていく夜の寂しさ。こういったエレベーターと人の物語を集めて、ビル全体の活動リズムを24時間に刻むことが作品コンセプトになったのです。
伊藤
試作段階では、1日のエレベーターの稼働状況を6本の直線上で表わしていました。しかし絶え間ない生命活動を想起させたいという思いから、分割せず円環で表現することに。8基のエレベーターに対応する8つの円環は24時間で1周し、1本1本の線は、ひとりひとりの乗客の軌跡を表現しています。ちなみに白い線がエレベーターの待ち時間、黄色い線が上昇、青い線が下降、内側が地下1階、外側が地上10階を表しています。
深川
可視化したデータを、どんなカメラワークで切り取るかで映像作品としての魅力は様変わりします。ここでは見栄えも大事ですが、やはりデータビジュアライゼーションですので「何のデータを、どう見せたいか」を睨みながら演出にあたりました。あるカットではデータの一点をクローズアップすることもあれば、逆にデータの全体像を見せるように俯瞰することも。すべてのカットには明確な演出意図があります。
山尾
私が担当した音楽の役割は、作品が持つ抽象的なメッセージを分かりやすく伝えることと、オーディエンスに作品を強く印象付けること。エレベーターが上下に移動するのに合わせて音程を変化させたほか、人の息づかいを模したサウンドも取り入れました。またエレベーターの利用が増える朝、昼、夜の時間帯は映像でもスロー再生で動きをしっかり見せる反面、それ以外の時間帯はテンポ良く早送りするのですが、その緩急に音楽も足並みを揃えています。
乗客の動きを色分けした線で表現した試作
時間軸を円環で表現した試作
東京都現代美術館で上映された様子

どう扱うかによって、データの価値は様変わりする

深川
本作品は、MADD.Awardによって2021年の12月に東京都現代美術館で上映されました。8Kの精細なプロジェクションで投影された1本1本の線をたどれば、ひとりひとりの乗客の動きが確認できます。同時に、線の群れが織りなすビル全体の動きもわかる。ミクロとマクロが同時刻に併存する世界感です。このあたりは制作時から強く意識していました。
伊藤
8Kのダイナミックなスクリーンで見る映像の迫力は想像以上でしたが、反省点もありました。私が普段の業務でビジュアライゼーションするものは、ユーザーが操作できるインタラクティブなコンテンツがほとんど。一方、映像はインタラクティブではなく、受け身で視聴するものです。映像での伝え方にもう少し長けていれば、伝えるべきことをもっと効率的に伝えられたような気がします。
山尾
時間軸がある音楽は、ある事象が変化する様子を表現することに適している。そんな気付きがありました。業務で制作するサウンドは報知音がほとんどなのですが、今後は音に伝えられることの可能性をもっと探っていきたいですね。
深川
アート寄りの応募作品が多かった本アワードにおいても、私たちはデータビジュアライゼーションという手法をもって「データをどう見せるか」に主軸を置いてきました。そこにデザイナーである自らのアイデンティティを再確認できた気がします。

加えて、大量のデータを巧みに可視化するスキルをもっと磨く必要性も感じました。たとえば、ビッグデータの一点一点を微細に描く表現の幅を身に付ければ、数字に埋もれてしまいがちな一人一人の営みをも伝えることができます。ここには、マイノリティなデータにも目を向けるという社会的な意義もあります。
伊藤
そもそも今回のELE-NAVIに使用したデータは、6万点の数値が並ぶ無味乾燥なものです。これに魅力的な姿を与えたことで、無機質なビルの内に秘められた複雑なデータの相関関係を目にすることができるようになりました。今回のプロジェクトが「形なきものに形を与えることで、新しい発見が生まれる」という気づきになれば嬉しいですね。これまで取得して保管するにとどまっていたデータを掘り起こし、新たな価値の創出につなげていけたらと思っています。

「ELE-NAVI\エレ・ナビ」は三菱電機株式会社の登録商標です。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

伊藤 槙紀

2018年入社
水面状況監視サービスやエネルギーシステムなど、BtoB(Business-to-Business)向け製品のUIデザインを担当。新しいUIの研究開発や、データビジュアライゼーションも手掛ける。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

深川 浩史

2011年入社
エネルギーシステムやセキュリティシステム、ビルシステムなど、BtoB向け製品のUIデザインを担当。新しいUIの研究開発や、未来社会を描く活動も手掛ける。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

山尾 美沙季

2018年入社
鉄道事業関連のUIデザインや、エネルギーシステム事業のサービスサイトデザインを担当。システムの報知音や、広報用動画のBGMなど、サウンド制作も手掛ける。