前回に引き続き、和歌山市に位置する三菱電機冷熱応用システム株式会社で冷凍・冷蔵ショーケースの開発・設計に携わる保坂恵子さんに、製品や技術についてのお話をお聞きします。電力使用量を抑え、小型・軽量化しながら高い性能を作り出すにはさまざまな技術が必要とされています。それらの課題をクリアした「平形両面2温度ショーケース」は年間の消費電力量を従来機と比較して6割以上も削減し、省エネ大賞の「省エネルギーセンター会長賞」を受賞しました。そこに至る過程や製品に求められる機能や性能、またそれらを設計する上での配慮や苦心など、開発の前線でのリアルな今をお聞きしました。
エネルギー効率を極め、
設計したショーケースが
省エネ大賞を受賞
2019.09.20
展示会、産直市場で人気の軽量・設置性に
優れた内蔵形ショーケース
内蔵形ショーケースの開発・設計というのは御社の中でどのように進行するのでしょうか。ひとつの製品が生まれるまでの過程を教えてください。営業のニーズやお客様の声を聞いて開発するのでしょうか、また省エネ性能などは何か目標設定があって進めているのでしょうか。
保坂さん: まず営業からお客様の要望をお聞きしながら、開発機のコンセプトを決めます。次にコンセプトに合わせて詳細仕様や採算性を協議します。ショーケースは省エネ性能の基準もあるので、その目標値をクリアするために性能面をどうするか、コストや仕様も詰めていきます。その後、関係部門を含めて開発が承認された後に、性能や構造、工作性の評価を行い、量産に向けて、開発を進めていきます。
内蔵形ショーケースを具体的に納入した事例はどのようなものがありますか。
保坂さん: 納入事例はいろいろありますが、たとえば岩手県の物産品を販売する「もりおかん様」は当社の内蔵形ショーケース24台で売り場を構成しています。季節や催事によって売りたい商品が変わるので、お客様からは内蔵形のメリットである簡単に動かせてレイアウトを変えられることを評価いただいております。
展示会などでも使われることが多いと聞きました。
保坂さん: そうですね。2月に毎年行われる「スーパーマーケット・トレードショー」という展示会では当社の製品が7~8割は使われていました。内蔵形ショーケースのレンタル会社さんも大きな取引先のひとつですが、ここを通じて物産展、展示会などで使われることが多いです。
店舗の形態によってニーズが異なることはありますか。またリニューアルというのは平均的にどれくらいの期間で行われるのでしょうか。
保坂さん: 店舗の形態によって、ニーズは異なります。たとえば、大型スーパーマーケットやチェーン店では環境や省エネに対するニーズが大きいです。使う電力も大きいですから。 産直市場や個人商店などの中小規模の店舗では、冷蔵・冷凍の2温度切替えや100V電源利用、コンパクトサイズなどのレイアウト性に対するニーズが強いですね。また、レンタル会社さんでは100V 電源化や製品の軽量化など設置性に対するニーズが高いです。一方で飲料メーカーさんでは早く冷やす、温めるという性能が求められます。
店舗の規模や種類によっても求められる機能が異なるのですね。ショーケースは一般的にはどれくらいの期間、使われるものなのでしょうか。
保坂さん:これも店舗形態によって異なりますが、大型スーパーマーケットでは約10年、 個人商店などは20年近く使用する場合もあるとお聞きしています。
制約の中でどれだけ性能を出すかがポイント
御社が開発している内蔵形ショーケースの中で特に好評なものはありますか。
保坂さん:平形片面ショーケースはよくレンタル会社さんに出ます。百貨店の物産展などに使われていますね。当社のショーケースで評価されている点に軽いという特徴があります。大型のキャスターも搭載して取り回しがしやすい特徴がありますが、そういった使いやすさが受け入れられたのだと思います。
これまで開発にかかわった製品や技術で特に苦心をしたところはどのようなところでしょうか。
保坂さん:一番苦労するのは電力使用などの制約の中でどれだけ性能を出すか、要求された仕様を満足させるかという点です。特に最近では三相の200Vタイプではなく、一般の家庭にもある単相100V電源で使えるタイプへの開発ニーズが高まっていますので、100Vの一般的な許容電流値である15A以下でいかに効率よく冷やすかに苦心します。また、冷却性能はもちろん、いかに商品の品質を保つように冷気の流れ方を構成するかも重要な点です。
最近ではどのようなご苦労がありましたか。
保坂さん:今ちょうどリーチインショーケース(ガラス扉付きの什器)の開発を終えたところなのですが、100V機種で冷凍商品を保存するのは大きな課題でした。冷凍ケースでは、結露防止用の防露ヒーターを多く搭載しているので、どうやって冷却に使用するための電流値を確保するかに苦心しました。限られた開発期間でしたし、リーチインショーケースの開発経験も少なかったので。
その課題は解決しましたか?
保坂さん:はい、最終的には。日ごろずっと考えていると、はっと気づくことがあるんです。特に月曜の朝に夢を見て、それで解決方法が見つかったことが何度かあります。なぜか月曜の朝なんですよね。
絶えず、製品開発のことを考えているのですね。電力消費や環境への配慮や制約がたくさんある中で高い性能を出すのは大変だと思いますが、達成感を感じるのはどんな時ですか。
保坂さん:課題を解決して量産化された製品が出荷していくところを見る時でしょうか。台数がまとまって生産に入っているのを見るとやはりうれしいです。
消費電力を大幅削減した内蔵形ショーケースで「省エネ大賞」を受賞
昨年、保坂さんが設計した「平形両面2温度ショーケース」(SR-FF Fシリーズ)が省エネ大賞の「省エネルギーセンター会長賞」を受賞したとお聞きしました。周りの反響はありましたか。
保坂さん:当社がショーケースで受賞するのは初めてだったのでかなりの反響がありびっくりしました。お客様の反応もいいですし、評価されて良かったです。こういった賞は励みになりますし、日ごろの苦労が報われるところだなと思います。
受賞した理由としてはどのようなことなのでしょうか。
保坂さん:省エネ性能や、質量を削減したことが評価されたと聞いています。省エネ性能では年間の消費電力量を従来機種と比べて6尺タイプで64%、5尺タイプで61%削減しています。年間の電気代で言うと、約9万円以上削減します。
その差は大きいですね。10年間使ったらランニングコストが約100万円も減らせるわけですから。これだけ電力使用量を抑えることができたのは何故でしょうか。どんな技術が大きな省エネに貢献しているのでしょうか。
保坂さん:6尺タイプの開発機種で見ますと、まずは冷却器の高効率化によって36%、圧縮機のインバータ化で13%、冷媒を高効率で環境にも配慮した「R410A」に変更したことで7%、結露防止の防露ヒーターの効率化で4%、その他細かな改善で4%、合わせて64%という大きな省エネ効果を出しています。
冷却器の高効率化には御社独自の技術が使われているとお聞きしましたが、どのようなものなのでしょうか。
保坂さん:まずひとつは、冷却器内の冷媒を今までよりたくさん熱交換させることにより冷却効率を高めました。
それは具体的にはどのような技術ですか。
保坂さん:「吐出温度コントロール」という当社独自の技術によって、冷却器の性能を最大限に引出し、高効率化を実現しました。たとえば、夏に打ち水をすると涼しく感じますよね、これはまかれた水が蒸発しながら、温まっている道路などから熱を奪っているためです。内蔵形ショーケースで冷たい空気を作る仕組みも同じで、冷却器のパイプ内を通っている冷媒が空気から熱を奪い液体から気体へ蒸発します、逆に空気は熱を奪われて冷たい空気になります。 このときの冷媒の変化を潜熱変化といいます。冷却器内すべて潜熱変化の状態で使用できることが高効率化につながりますが、従来の制御方法では冷却器内をすべて潜熱変化とすることはできませんでした。今回、圧縮機から吐出する冷媒ガスの温度を用いて冷媒制御し、冷却器内の潜熱変化できる範囲を広げた「吐出温度コントロール」を採用することで、冷却器の高効率化を実現しました。
それ以外にも冷却器の高効率化を実現した技術はありますか。
保坂さん:「アクティブフロスト」と呼ばれる技術も効率アップに役立っています。これは冷却器の風上に配置したフロスト管※1に着霜させて除湿するため、冷却器やファンに霜がつくのを防ぐ仕組みです。
- ※1フロスト管:低温の冷媒液が流れる冷媒配管
コンプレッサーの軽量、小型化を図り資源を削減
内蔵形ショーケース「SR-FF Fシリーズ」では、資源の削減も評価の対象になったとお聞きしました。
保坂さん:はい、質量削減に最も貢献しているのがコンプレッサーなのですが、従来機種は25kgありましたが今は6kgとなり、19kgも削減しています。冷媒を高エネルギー密度系の冷媒「R410A」に変えたことで冷媒そのものの使用量もこれまでの半分くらいで済むようになりましたし、冷媒が流れる銅管も細くすることができました。また、コンプレッサーを小さく縦に納めることによって、機械室の鋼材も減り、全体の重量でも6尺タイプで182kgを156kgまで落として約16%の軽量化を実現しました。
三菱電機グループは「エコチェンジ」を環境ステートメントとして掲げていますが、保坂さんのお話を聞いてショーケースの開発ではエネルギー効率の改善、資源の削減、冷媒フロンの変更、取り扱い説明書の改善
(
人物編
を参照)など、たくさんの「エコチェンジ」に取り組み、それが評価されていることがわかりました。それ以外に何かこれから取り組んでいきたいということはありますか。
保坂さん:リサイクルについてでしょうか。ショーケースは家電と違ってリサイクル法が確立していないですが、なるべく廃棄せず、リサイクルできる分別をして有価物化を進めたいと考えています。また、木枠で作っている梱包材を減らすことも課題のひとつです。ショーケースはかなりの重量のあるものなので、段ボールでは荷重の面で難しいですが何か解決案があるはずです。冷熱システム製作所と足並みを揃えて、産業廃棄物の削減について取組んでいきたいと思っています。
製品を使い終わった後、どう資源を循環させていくかはこれからますます重要になりますね。本日はたくさんの示唆を含むお話をありがとうございました。
保坂さんのお話を聞いて一番印象に残ったのは、数多い制約の中でどう効率をあげるか日夜考えていて、月曜の朝に夢の中で解決策が見つかるというお話です。どれだけ誠実にお仕事をされているかがわかるエピソードでした。環境問題にも幅広い関心をお持ちで、そういった意識が製品開発にもしっかり活かされているように感じました。以前はスノボーなどアクティブなスポーツも楽しんだという保坂さんですが、最近はリラックス系の時間がうれしいと。責任の重いお仕事ですからリフレッシュするのも大切な時間なのではないかと思いました。