穏やかな海面をたたえる大村湾に面し、豊かな長崎の自然に囲まれた長崎製作所は1923年の発足から90年以上、重電技術を生かした大型案件を手掛けてきました。その中でも1980年ドジャースタジアムに初号機が納入された大型映像情報システム「オーロラビジョン」(海外名ダイアモンドビジョン)は、その高い映像品質だけでなく、球場を盛り上げる運用ソフトも高く評価され、国内外でこれまで2,100面以上が導入されてきました。数々の歴史を持つオーロラビジョンですが、女性技術者として古里さんがどのような想いでオーロラビジョンの開発・設計に携わっているのか、また古里さんのお仕事を通じてオーロラビジョンの今をお話いただきました。
エンターテイメント性と環境が
両立する
オーロラビジョンを開発・設計したい
2019.11.08
歴史ある長崎製作所でオーロラビジョンの
スクリーンと制御の回路を設計
長崎製作所は三菱造船の電機製作所が独立して96年前に創業されたとお聞きしました。歴史のある長崎製作所ですが、現在はどのような製品を開発、販売しているのでしょうか。全体の概要を教えてください。
古里さん:長崎製作所では「車両空調システム」「ホームドア」「非常用発電設備」「映像情報システム」の4つの事業を手掛けており、現代社会に不可欠なインフラを支える製品で貢献しています。「車両空調システム」はその名の通り電車の空調装置です。1950年以降、国内外で16万台以上の納入実績があります。「ホームドア」は線路への転落事故を防ぐ製品で、全国の駅に6,000台以上納入しております。「非常用発電設備」は停電した際に自動的に起動する大型のバックアップ電源です。銀行、公共設備など4万台を超える納入実績があります。そして私が所属する「オーロラビジョン」を開発・設計する「映像情報システム」があります。
「オーロラビジョン」について、どのような製品なのか、わかりやすく教えてください。
古里さん:オーロラビジョンは野球場、サッカー場、アリーナといったスポーツ施設のほか、街ナカのビルの壁面や、競馬などの公営競技やショールームで使われている大型の映像装置のことを言います。最近では道路・交通分野など各種情報の表示装置としても活躍しています。
現在のお仕事での担当業務はどのようなものですか?
古里さん:オーロラビジョンのスクリーンと制御部分の回路の設計をしています。実際に表示ユニットを持ってきましたのでそれで説明いたします。(表示ユニットを見せながら)これは「面実装3in1タイプ」と言って、1つのユニットに3色(赤R・緑G・青B)の素子が入ったLEDです。このLEDが載っている部分を開けると中に基板が入っていてLEDの発光を制御するシステムが入っています。この中でどのLEDを使うか、LEDにどれだけ電流を流すか、そういった設計をしています。
その制御によって映像が作り出されるのですね。
古里さん:はい、ビデオ機器とコントローラーをつないで画像や動画を出すことができるのですが、これらのユニットを大型のオーロラビジョンでは何万個と並べ、それぞれのユニットに対して信号を分配するなどして制御し、映像を作り出します。
4Kなど高解像度の映像や、省エネと高輝度の両立に苦労
オーロラビジョンの開発・設計で一番難しい部分はどのようなことでしょうか。
古里さん:映像業界はHDR※1や4K※2など、常に新しいものが出てくるので、いかに新しいものに対応していくかは大変です。また、以前より増して省エネが求められるようになったのですが、同時に画像の明るさも求められます。この省エネと高輝度という、相反するものをどうやって実現するかというところが課題です。
- ※1 HDR:HDRとは、High Dynamic Range(ハイダイナミックレンジ)の略称で、従来に比べてより広い明るさの幅を表現できる表示技術。
- ※2 4K:3,840×2,160=約800万画素の解像度に対応した映像のこと。一般的なフルHD(2K)の4倍の画素数を持つ。
オーロラビジョンにも4Kに対応したものがあるのでしょうか。
古里さん:はい、すでに数年前からあります。たとえば、ニューヨークのタイムズスクエアに設置したオーロラビジョンは4Kに対応しています。これは劇場がたくさん集まる目抜き通りブロードウェイに面した高級ホテル「マリオット マーキーズホテル」の外壁を囲むように設置された巨大なものです。総幅100mを超えて約2,380万個のLEDを使い、2014年納入当時の4Kの映像装置としては世界最大です。
明るさと省エネの両立という課題にはどのように対応しているのでしょうか。
古里さん:解決方法は2つあります。1つは明るさを強くするということですが、その際になるべく制御の部分で使う電力を抑えるようにします。表示自体が使っている電力にはLEDを光らせるために使うものと、制御のために使うものがあるのですが、制御に使っている電力やIC(集積回路)に使っている電力をなるべく減らすようにしています。
もうひとつの方法とはどんなことでしょう。
古里さん:2つめはコントラストを上げるという方法です。屋外でオーロラビジョンを使う場合には、太陽光が当たると見えにくくなるという問題があります。そのため映像を明るく見やすくするために、それぞれのLED素子の上に小さな庇をつけて太陽を遮り暗くする工夫をしています。また、庇だけでなく素子の周辺の小さなぼこぼこも光を遮る働きをして、コントラストをあげています。この庇は設置場所によって長さを変えます。たとえば、ビルに設置する場合はいろいろな角度から見るので庇は短め、野球場などで使われるものは、あまり斜めからは見ないので庇が長めです。
LEDをメンテナンスして、きれいな画像で長く使ってもらいたい
古里さんはオーロラビジョンの経年劣化を防ぐシステムを開発なさっているとお聞きしましたが、オーロラビジョンは使用していく上でどのようなメンテナンスが必要になってくるのでしょうか。
古里さん:オーロラビジョンのスクリーンはたくさんのLEDが集まってできています。LEDは経年劣化により輝度が低下しますが、その輝度低下の程度はLEDによって違うため全体では色ムラやざらつき感が出てしまいます。その経年劣化したLED1つ1つに対し補正制御を行うことで均一の明るさにします。これにより長くきれいな状態で製品を使っていただくことができて、製品の長寿命化にもつながります。
具体的にはどのようにしてメンテナンスをするのでしょうか。
古里さん:スクリーンから数十メートル離れてカメラで撮って、画像処理をして劣化したLEDを自動で補正、調整します。破損している部分はユニットごと交換します。
メンテナンスでの今後の課題はどんなことでしょうか。
古里さん:長く使っていたスクリーンをきれいにするメンテナンスは最近始まった事業で、実績としてはまだ数件しかありません。でも製品の寿命を延ばすためにも重要なことですし、需要もあるので、もっと短時間に低コストでできるような仕組みを開発していきたいと思っています。
スタジアムから交通表示まで広がるオーロラビジョンの活用
最近では、オーロラビジョンのような大型映像表示装置にはどのような提案が求められているのでしょうか。
古里さん:先ほどお話したように4Kのような高解像の映像への対応があります。また、最近のスタジアムは1画面だけではなく、メイン、サブなど多画面化が進んでいますので、運営ソフトでもより一体感のある演出が求められています。そこで「多画面連動表示」という多画面を同期させる機能を提案しています。
それはどのようなものですか。
古里さん:たとえば球場にはメインのスクリーンだけでなく、サブのスクリーンがあったりリボン状の表示があったりしますが、それを一括で制御する機能です。球場自体が一体となるサービスですね。たとえば、千葉ロッテマリーンズの本拠地「ZOZOマリンスタジアム」には全部で5面のスクリーンがありますが、5画面を連動させることで、ボールの映像が各スクリーンを通ってメインスクリーンに激突するようなユニークな演出を可能にしています。
ドジャースタジアムの初号機の時から球場とチームが一体化する運用ソフトを導入していたとお聞きしましたが、それがさらに進化しているのですね。
古里さん:はい、オペレーターの数が多いほど画面の連動が難しくなるので、ワンオペレーションで一括して演出できるような統合制御ソフトを開発しています。少ない人数で制御できるようになったので球場側の人件費削減にもつながります。スマートフォンやiPadを使って簡単に表示の切り替えができるようにしているところもありますよ。
オーロラビジョンは最先端の技術を使い、スポーツやエンターテイメントでも欠かせない機器となっていますが、今後はどのような分野で活用が進むとお考えですか。
古里さん:今後伸ばしていきたいのが道路や交通分野での活用です。オーロラビジョンの技術を利用して交通分野では電車の行先表示装置、道路分野では高速道路などの情報板にも使われています。
交通分野はポテンシャルが大きいですね。オーロラビジョンのどんな技術が利用されているのでしょうか。
古里さん:たとえば鉄道の表示では高階調の表示が可能なので、従来より文字がなめらかに表示できます。また、高速道路の表示では見やすさと同時に厳しい省エネ性能が求められますが、明るさを強めるために、LEDの前にレンズを置いて光を集めてより省エネで明るい表示ができるようにしました。また、視認性が重要なため表示色が数値で厳密に定められており、オーロラビジョンの色変換技術を応用し正確に色を再現しています。
気候変動を肌で感じ、温暖化対策を意識
私たちが知らないオーロラビジョンの技術や仕組みなど、子供たちでも興味をもつようなことがあれば教えてください。
古里さん:オーロラビジョンは赤、青、緑の3種類のLEDでできています。たった3色ですが、光の明るさを変えた3色を混ぜることで10億色以上の色を表示することができます。LED自体はずっと光っているのではなくて、電流を細かくオンオフさせています。この細かくオンオフができることによって、明るさも何段階にも変化させることができます。
長崎製作所は大村湾に面し大変自然豊かな場所にありますが、製作所構内及び周辺の環境保全活動についてご存知のことがあれば教えてください。
古里さん:年に1回野外教室、社員の子供向けに実施していて自然観察などをしています。製作所構内及び周辺の「生き物調査」では工場内の植え込みや水路には約250種類の生き物が確認されています。
このところ気候変動も大きく、地球環境も変わりつつありますが、古里さんご自身が環境のことで興味や関心をもっていることがあれば教えてください。
古里さん:私は熊本生まれなのですが、年々九州の暑さが増しているように感じます。子供の頃こんなに暑かったかなと。ですからこれ以上温暖化を進めないよう、CO2の削減には関心があります。また、プラスチックのゴミが海洋汚染につながっているという問題も気になります。
確かに気象庁のデータを見ても九州は温暖化の影響を強く受けているようです。熊本は1年の4割が夏日となっていますし、気候的にはもう亜熱帯と言えるかもしれません。何か古里さんが環境のために実践していることはありますか。
古里さん:まずは節電でしょうか。夏はエアコンの温度をいつもより1度高く設定したり、会社では離席する時にモニターの電源を落とす、休み時間は消灯するなどはいつもやっています。家ではもちろんLED照明に変えていますし、夏の給湯の温度設定なども低めにしています。戸建てに引っ越ししたら太陽光発電も使えたらいいですね。また、プラスチックゴミの対策に対してはレジ袋を使わずにマイバッグをもっていくことも実践しています。
持続可能な社会のために、私たちができることは何だと考えますか。お仕事でもご自身の生活でも今後取り組みたいことなどがあれば教えてください。
古里さん:大型映像はどうしても電力を消費するというイメージが強いかもしれませんが、エンターテイメントと環境を両立したいと考えています。つまり、省エネを考えた設計や、メンテナンスをして製品を長く使ってもらうなど、環境負荷を減らすことです。製品を製造する際の設備自体の省エネにも取り組みたいと思います。
一見すると初々しさの残る古里さんですが、オーロラビジョンの頭脳部ともいえる回路の設計を担って4年目。新たな課題も多いオーロラビジョンの設計、開発に熱意をもって取り組んでいらっしゃることがお話からも伝わってきました。古里さんがおっしゃる「エンターテイメントと環境の両立」はまさに今の時代に求められていること。女性の感性もプラスして、ぜひ実現していってほしいと思います。