神奈川県鎌倉市にある情報技術総合研究所(以下:情報総研)に完成した「ZEB関連技術実証棟(SUSTIE)」は、基準一次エネルギー消費量に対してエネルギー削減率約106%を実現し、ZEBの中でも最高ランクのエネルギー削減率となる『ZEB』認証を取得しました。金子さんはZEBの省エネの技術や制御について、グループマネージャーとしてチームをまとめて結果を出すという大きなお仕事を終えたばかり。『ZEB』認証を獲得するためにどんな技術や連携があったのでしょうか。省エネ性能だけでなく快適性も大きく進歩しつつあるZEBの今、そしてこれからについてお話をお聞きしました。
ゼロエネルギーとウェルネスの
両立を実現したZEBを開発
2020.11.25
ビル設備と建築の技術を連携させてゼロエネルギーを実現
完成したZEB関連技術実証棟(SUSTIE)は6000㎡を超えて、BELS※1の最高評価である5スターを取得して『ZEB』を達成していますが、どのような仕組みで『ZEB』を達成したのかわかりやすく教えてください。
金子さん:『ZEB』を達成するにはまず、空調・換気・照明・給湯・昇降機の5つの設備に関してエネルギー効率の高いものを入れていくことが必要です。この5つがビルの中で多くの電気を使っていますので。次に制御ですね。たとえば昼間はなるべく外光を取り入れて照明の電気を削減するとか、人感センサと照明を連携させるなどの方法があります。そして最後に、使用する電気をカバーできる太陽光パネルを設置することで『ZEB』を達成します。
※1 BELS:Building-Housing Energy-efficiency Labeling System(建築物省エネルギー性能表示制度)。建築物のエネルギー消費の状態を国が定めた方法で第三者が評価し、省エネルギー性能を表示する制度
設計の段階で『ZEB』の認証が決まるのでしょうか。
金子さん:はい、そのとおりです。ZEBの達成度を測るエネルギー削減率の計算方法は国が定めたもので、誰が実施しても同じ結果になります。計算方法を簡単に説明しますと、まず、①どこの地域に②どのような用途の③どんな大きさの建物を建てるか、で“基準一次エネルギー消費量”が決まります。そして、建物に導入する、④ビル設備の省エネ性能や制御、⑤空間の熱負荷や照明負荷、などによって“設計一次エネルギー消費量”が決まります。この基準と設計の値からエネルギー削減率を求めます。
今回のZEB関連技術実証棟SUSTIE(サスティエ)(以下:SUSTIE)は省エネ性能の高い設備や制御でどれくらいのエネルギーを削減しているのでしょうか。
金子さん:高効率の設備を入れることで基準の値に対し、約63%を削減しています。エネルギーと快適のバランスを見ながら建物に合った設備を選んでいくのはとても重要なポイントです。
今回、設備以外でZEBを成功させるために取り組んだことはありますか。
金子さん:ZEBにはビル設備の技術に加えて建築設計の技術も要求されます。そのため今回は、早稲田大学の田辺新一教授と株式会社 三菱地所設計と一緒に取り組みました。建物側の熱負荷をどうやって小さくするか、それを建築側から考えていきました。断熱性能を高めることはもちろん、ゾーンを区切って、9つあるオフィスゾーンは空調環境をしっかり整え、共有ゾーンはそこまで厳しくしないなど、用途に合わせて空調もメリハリをつけた設計としました。田辺教授は建築と設備に詳しく、快適性や生産性についても研究しているZEBの専門家です。
完成したSUSTIEは国内外から注目されているとお聞きしました。
金子さん:そうですね、6000㎡という広さで実現したからだと思います。これまでは1000㎡前後での比較的小型のビルの『ZEB』がほとんどでしたから。6000㎡というのは普及しそうな現実的な広さです。また、ZEBの定義では敷地内のどこでも太陽光パネルを置いていいとなっているのですが、ここには屋上と庇にしか設置していません。限られた設置面積だけで賄うには、設計の値を小さくしなければならないので、より一層の省エネ技術が求められることになります。制約のある中で『ZEB』を実現したことが、注目される理由のひとつかと思います。
SUSTIEを拝見させていただきましたが、ビル内は吹き抜けもあって緑も多いですね。
金子さん:ZEBは省エネ性ばかりがクローズアップさますが、SUSTIEは快適性・健康性を追求した「ウェルネスオフィス」という考え方を取り入れています。吹き抜けはエネルギーのことを考えると効率が悪いですが開放感のある空間を提供します。また2階から4階にそれぞれ3つあるオフィスブースはそれぞれ性格が違うので、働く場所を選べます。個人によって能力を発揮できるパターンが異なりますから。緑はストレスの低減など、健康増進に効果があると言われています。
運用段階で『ZEB』を実現できるか、勝負はこれから
金子さんのグループは監視システムやオフィス空間の監視制御に関わる研究を行っているとお聞きしましたが、SUSTIEの中で金子さんのグループが関わった技術がどこに活かされているか教えてください。
金子さん:我々のグループでは、ビル設備のシミュレーションと制御、オフィス空間や個人の快適性の計測と可視化など、ビル設備と居住者に関する様々な技術開発に取組んでいます。その中でも特にSUSTIEでは、ビル設備のシミュレーションと制御に関する技術が重要となります。
ビル設備のシミュレーションに関する技術というのは具体的にどのようなものですか。
金子さん:まず、ビルの使われ方や気象、運転パターンによって各設備がどれくらいのエネルギーを使うかを予測します。SUSTIEの場合、自社製の設備が多いため、かなり正確な数値を算出できます。この際、この運転パターンだと暑くて耐えられないなとか、この運転パターンだと問題ないなという、快適の範囲でエネルギーを削減できる運転パターンを選択していきます。
ZEBというのは運用段階での認証はあるのですか。
金子さん:運用段階の認証制度はありません。一年間のトータルで使ったエネルギーと太陽光で作ったエネルギーが差し引きゼロ以下になれば『ZEB』を達成したことになります。この計算は簡単ですが、実際に運用していくのは大変です。
実際に運用してみないとわからないこともあるのでしょうか。
金子さん:設計段階に想定していなかった建物の使われ方や、猛暑・厳冬などの気候になる可能性がありますので、稼働してみないとわからないことも多く難しいです。今回、我々が開発しているビル設備のシミュレーション技術は、ビル設備の運用を変えた時に、エネルギーと快適性がどのように変化するかを予測します。その技術を使って人がどう動くかを把握して、その特性によって運用を柔軟に変えていくことが必要です。設計段階では『ZEB』として評価されましたが、運用段階で『ZEB』を実現できるか、本当の勝負はこれからだと思います。
シミュレーションや運用にはBEMS※2を使うのでしょうか。
金子さん:はい。BEMSはビルのエネルギーをマネジメントする仕組みで、監視センターでどこの空調や照明が沢山のエネルギーを使っているかを分析します。またこのビルには温度、湿度、CO2濃度などいろいろなセンサーがついているので、それらのデータを使って分析します。まずどこのゾーンの効率が悪いのか見極め、悪いところから調整していく予定です。
※2 BEMS(Building and Energy Management System):「ビル・エネルギー管理システム」と訳され、室内環境とエネルギー性能の最適化を図るためのビル管理システムを指す。日本語では「ベムス」と読まれる。
設備機器を自社で揃えられる「総合力」と「ウェルネス」が強み
ZEB事業は多方面に及びますが、いくつかの事業部が連携して推進しているのでしょうか。
金子さん:はい。事業部門、製造部門、研究部門が連携して動いています。ZEB事業では製造部門もかなり頑張っています。空調は一段階性能をあげたものを作っていますし、照明は明るさ感を担保しながら省エネ性を高められるものを作っています。給湯や昇降機も細かい省エネの機能が入っています。たとえば昇降機は当社の稲沢製作所がつくったものですが、回生電力を使っています。
ZEBに関してはさまざまな企業が参入して提案していますが、御社の強みや特徴はどのあたりにあるのでしょうか。
金子さん:ZEBの実現に不可欠な空調・換気・照明・給湯・昇降機の設備を全てすべて自社で提供できるという総合力は大きな強みです。ZEBはひとつの機器で実現するものではないので、組み合わせや総合力がモノを言います。また、シミュレーションや制御など、IoT※3を活用した運用技術にも強みがあります。それができるのも営業・設計・製造・研究の各部門の風通しが良く、気軽にアイデアを出し合い連携して取組めていることが大きいですね。
※3 IoT:Internet of Things(モノのインターネット)。様々な「モノ」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み。
今回のSUSTIEでZEBを実現する上で最も苦心したところ、ハードルが高かったところはどこでしょうか。
金子さん:ZEBに加えて、「ウェルネスオフィス」を同時に実現したところです。建物で働く人の健康や快適性の維持・増進を支援するウェルネスオフィスを実現するには、空気質を維持するために換気量を増やしたり、温度や光の環境を快適な範囲に維持し続けたりと、エネルギー増につながる運用を行う必要もあります。この相反する要求を高いレベルで同時に達成する※4ことに難しさがありました。
※4 SUSTIEは2020年1月に、国内のウェルネスオフィスに関する認証であるCASBEE-ウェルネスオフィスのSランク(最高ランク)を取得し、運用後は海外の認証であるWELL認証(WELL Building Standard)の取得も目指している。
金子さんのグループが研究されている「オフィス内の人位置検知」や「ビル内の可視化」といった技術は、省エネやウェルネスにどのような効果を生みますか。
金子さん:オフィスで働く人の位置を正確に把握することで、人の動きに合わせてビル設備を制御するといった、省エネ制御につなげられます。たとえば人がいるところには空調、照明をつけるけれど、いないところはつけないなどです。
ウェルネスへの効果についてはどうでしょう。
金子さん:温熱や光などに対する嗜好は個人差がありますので、人の位置を正確に把握することで、それぞれ個人に合った空間を作り出すことも可能になります。最近では、コロナウィルスへの対応にも活用できます。人の位置を把握することで、密集や接触を判断することができるからです。ビル内の可視化は、主に問題把握に使います。いくつかのセンサーを使って熱が溜まっている場所や明るさのむらなどを可視化します。室内環境で好ましくない状況が起きた時に、管理者が素早く発見し、対処することが可能となります。
「ウェルネスオフィス」についてはどのようなニーズがあるのでしょうか。
金子さん:働きながら健康になる、快適になるというニーズがあり、その先には生産性の向上があります。労働人口が少なくなる中で生産性を上げないと企業が成り立たなくなっていくからです。省エネも大事ですが、快適に働いて生産性を高める方にシフトするという考え方もあるのだと思います。そういう意味でも、究極のZEBを達成したら、次はそこをしっかりやっていかないといけないと考えています。
それに対して現在金子さんのチームではどのような研究を行っているのでしょうか。
金子さん:快適性の数値化やどれだけ環境に満足しているかという満足度の指標化などの研究をしています。
最近はコロナ禍の影響で「テレワーク」「ワ―ケーション」などが増え、働き方も大きく変わってきました。こういった社会動向の変化はオフィスの形も変えていくのでしょうか。
金子さん:分散化が進んでいくでしょうね。今まではオフィスだけを考えて開発していればよかったですが、オフィスから離れる時間が増えると、それをどうやって快適にして生産性をあげるか、そちらもケアしていかないといけないと思います。私自身も週に2、3回はテレワークをしていて、働き方の選択肢が広がったと実感しています。オフィスが集合時の発想力を高める空間であったり、自宅よりも集中力や生産性が高められる空間であったりという新たな機能をつくるのも可能性の一つだと思います。より多くの可能性を探索していきたいです。
ZEBはエネルギーや経費削減だけでなく、災害対策やSDGsにも貢献
ZEBは国内外で拡大していますが、その背景について教えてください。
金子さん:背景としては、日本では2014年に第4次エネルギー基本計画を閣議決定し、2020年までに「新築公共建築物等」で、 2030年までに「新築建築物の平均」でZEBを実現することを目指すと決めたことが大きいと思います。
ZEBを導入するメリットはどんなことがありますか。
金子さん:導入するメリットはたくさんあります。分かりやすいのは省エネ、それに伴い光熱費が減るため経済的であること、快適性・生産性の向上があげられます。電力をあまり使わないことや太陽光や蓄電池を備えるケースが多いため災害に強い建物にもなります。BELSなどの建物認証があれば資産価値も評価しやすく、高い賃料を設定できる可能性があります。加えて、SDGsへの貢献という視点は重要です。
ZEBがSDGsに貢献するというのはどういうことでしょうか。
金子さん:SDGsの7のゴール「ゴール7:エネルギーをみんなに そしてクリーンに」の中のターゲット7.3に「2030年までにエネルギー効率を倍に改善する」という目標があります。ZEBにすれば エネルギー効率を倍にということに貢献できます。ZEBの中でエネルギーを削減しながら仕事をする、そしてSDGsにも貢献しているというのは対外的にも高い評価を受けます。大企業だけでなく、最近では中小企業のオーナーも意識の高い方はZEBに関心を持っているように思います。
ZEBにはいくつかのカテゴリーがありますが、既存の建物でZEBを目指す場合はまずどのように取り組むのがいいでしょうか。
金子さん:まずはZEB Readyを目指します。これは基準の値に対し、50%省エネを目指すもので、太陽光パネルは設置せずに省エネだけで達成しなければならないという決まりがあります。基本は設備のリニューアルです。まず一番エネルギーを使う空調を変える、次に照明を高効率のものにする、つまりLEDに変え、人感センサや照度センサを活用した制御を入れることなどをやります。難しいのは断熱です。既存の建物の場合、外皮の改修ができないケースがあります。そうするとNearly ZEBや『ZEB』などの高い省エネ率を目指すことは難しい場合があります。ただ、ZEB Readyであっても、一般の建築物と比べて十分に高い省エネ性と快適性を実現できますので、価値は高いと思います。
延べ1万㎡以上の建物に適用されるZEB Orientedには学校や病院、百貨店、ホテル、テナントビルなど一般の方が利用する場所が多く含まれると思いますが、こういった場所でもZEBの導入は進んでいくのでしょうか。
金子さん:進んでいくと思います。元々、規模の大きな建物は省エネ率を上げにくく、ZEBを実現することが難しいと言われてきました。ZEB Orientedで省エネ率の要件が緩和されましたので、ZEBを目指す建物が増えると思います。
過去にお客様対応の経験もあるとのことですが、ZEBにしたお客様の実際の反応はどうでしょうか。
金子さん:びっくりされるのはエネルギー消費量ですね。一度「メーターの計測が間違っているんじゃないか」と言われて確認しに行ったことがありましたが、ちゃんと動いていました。それに加えて「ものすごく快適だ」「どこにいっても寒暖差が少ない」というご意見も多いです。
御社が目指す「ZEB+(ゼブプラス)」についてどのようなものが教えてください。
金子さん:ZEB に加え、生産性や快適性、利便性、事業継続性などの価値をビルのライフサイクルにわたって維持するサービスも含めてビルを高度化しようというコンセプトです。このところ台風、洪水など自然災害が増えていますが、災害に対応できるビルというのもポイントです。
三菱電機グループは「エコチェンジ」を環境ステートメントとして掲げていますが、ZEBの技術を通じて「エコチェンジ」にどのように貢献することができると思いますか。
金子さん:我々の技術は、世の中のオフィスビルをエコに変えていくことなので、取組んでいる仕事そのものがいわば“エコチェンジ”だと思っています。また、SUSTIEで働く方や来訪者の方は、ZEBが従来の建築物よりもずっと快適であることを実感できると思います。ZEBって快適性と省エネを両立しているんだと。体験した方の気持ちが変わってくると、次はエコの建物を建てようと考える。このような方を増やしていく事で、エコな世の中の実現を加速していく事に貢献できると思います。