情報技術総合研究所(以下:情報総研)は歴史ある神社仏閣や江の島にも近く、春には構内の約200本の桜が咲き誇る歴史や自然が豊かな神奈川県鎌倉市にあります。家電から人工衛星までを扱う技術者集団の先鋭の中で、田村さんは空間の快適性を数値化する研究をし、空調の省エネ性と快適性を両立する技術を開発しています。ゼロエネルギービル(ZEB)にも欠かせないこれらの技術によって未来のオフィスの快適性はどう変わるのでしょうか。ご自身の生産性を高めるための工夫も合わせてお聞きしました。
ZEB実証棟で未来のオフィスの快適性を研究
2020.12.09空調機や換気設備の省エネ性・快適性を研究開発
情報総研は幅広い情報通信技術を研究開発しているとお聞きしましたが、具体的にはどのような研究を行っているのでしょうか。全体の概要を教えてください。
田村さん:人工衛星やレーダーにのせる技術の研究から、情報セキュリティ技術の研究、人工知能の研究まで、幅広い技術を研究開発しています。
その中で田村さんが所属する部署ではどのような研究開発をなさっていますか。
田村さん:私が所属する部署では、ビルを対象として空調機・換気設備の制御技術、エレベーターの保守向け技術、監視カメラの映像解析技術などの研究をしています。
研究開発する場合、他の製作所と連携して行うのでしょうか。
田村さん:製作所と組むものもあれば、未来に向けての技術開発もあります。私の場合、空調や換気が研究領域ですので、業務用エアコンを製造する静岡製作所や和歌山の冷熱システム製作所などと連携して技術の開発をしています。また、ビルの保守、運用をしている関係会社さんもメインの相手先ですね。
現場の生の声を聴いてお仕事をしているということでしょうか。
田村さん:はい、そこは大事にしています。私の部署は比較的製品やサービスに近い研究領域ですので、何に困っているのかを直接聞いて、それを技術で解決することを大事にしています。
現在、田村さんが研究開発しているテーマはどのようなものですか?
田村さん:空調機や換気設備に関わる技術の開発です。空調、換気をどうやって動かせば省エネになるか、快適な空間になるかを研究しています。特に、快適性を数値化し、快適性の高い空間を作るための制御方法を検討することを専門としています。
具体的に空調や換気をどのように動かせば省エネになるのでしょうか。
田村さん:空調だけでなく換気と連動させると効率がよくなります。たとえば、外気が涼しい時は空調を使わずに外気を入れたほうが省エネですよね。それを、自動で行う技術も開発中です。
温冷感に個人の体質や好みも加えて空調をカスタマイズ
田村さんが研究している快適性を数値化するというのはどういうことなのでしょう。
田村さん:そもそも「快適」な状態をどう評価したらいいのかというのがありますよね。すごく主観的なものなので。それをどう数値化するかということを研究しています。これまでも温度、湿度、風速などの数値をモデルに入れて数値化することはやってきましたが、暑がり・寒がりといった嗜好、冷え性などの体質、そういった個人の好みや感じ方にもフォーカスして、ひとりひとりが快適な環境をつくるための指標を開発しています。
職場のエアコンの設定温度でも女性は寒く感じ、男性は暑く感じて、その調整に悩むというケースがよくありますよね。
田村さん:そうですね。そのため暑がりの人だけに風が当たる制御や、部屋にいる人が暑がり・寒がりのどちらが多いのかで部屋全体の制御を変える技術を考えています。人の位置や手先・足先などの部位の体の温度変化をとらえて制御する技術は家庭用の自社のエアコン「霧ヶ峰」などにも入っているムーブアイというセンサーで可能になっています。
なるほど、個人の快適性の好みまでも反映できる空調が実現できるのですね。
田村さん:はい、個人の好き嫌いを自動的に空調に反映させる制御技術も研究しています。情報総研にできた新しいZEB関連技術実証棟「SUSTIE(サスティエ)」(以下:SUSTIE)で空調を制御する仕組みを実証していく予定です。
空気質を測るセンサーで密をチェック
新しいZEB実証棟ではそういった実証実験もやっていくのですね。
田村さん:はい、実証実験のためSUSTIEには普通の建物にはないセンサーがたくさんついています。たとえば花粉やCO2のセンサーなどもついています。
花粉やCO2のセンサーはどのように使われるのでしょうか。
田村さん:快適性はこれまで暑い、寒いという温冷感が中心だったのですが、最近は空気質にも注目が集まっています。そういった空気質をこれらのセンサーで計測します。CO2が多いとその空間が換気されていないということを示しますし、新型コロナウィルスの感染を防ぐための密の指標にもなります。
確かにオフィスビルの中の換気はコロナ禍もあり重要度が増していますね。
田村さん:そうですね。換気も今までのような一定風量の換気だけではなくCO2が増えたら換気の風量も増やすなど、空気質を確認しながら換気することが大事になってきています。SUSTIEでは「ロスナイ」という換気設備を導入して様々な制御方法を評価します。また、窓を開ける換気も重要です。SUSTIEでは「今、窓を開けて換気すると効率がいいですよ」とサインが光って教えてくれるシステムが入っていて、換気を促すこともできます。
「ロスナイ」というのはどういうものですか。
田村さん:換気の際に捨てられてしまう室内の暖かさや涼しさを再利用、つまり熱回収しながら換気できる省エネ性能の高い大型換気装置です。中に和紙の特性を生かしたフィルターのようなものがあって、たとえば夏に暑い空気をそのまま入れると効率が悪いですが、フィルターを通すと温度が下がります。
快適性の実験で実感する気候変動
お仕事をする上で一番苦心することはどのようなことでしょうか。
田村さん:快適性の評価を行っているので被験者の協力が必要な実験をよく行います。夏と冬にそれぞれ2回ほど実験を行い、リアルなデータを使ってモデルをつくろうとしています。その際、環境づくりに失敗してしまうと実験がやり直しになり被験者に迷惑がかかるので、実験の準備には細心の注意を払います。
昨今は台風が大型化したり、夏に熱中症が増えるなど日本でも気候変動による影響が目に見えて増えてきましたが、お仕事でもご自身の生活でも環境の変化を感じる時はありますか。
田村さん:あります。空調は外気温度によって動き方が違うので、今お話した夏季実験の際に、外気温度の高い日が増えたと感じます。これまでは外気温度が40度になるとは想定していなかったのですが、環境の変化に合わせて今後は実験条件も変更していかないといけないと思います。
快適性の指標ということでも気候変動は影響が大きいのではないでしょうか。最近は夏に熱中症で亡くなる方も増えています。
田村さん:そうですね、快適性にフォーカスして研究していますが、その前に命の問題があると思います。たとえば現場で作業する人が安全に過ごせるよう、熱中症に関するアラートを出すとか、現場で働く人がどういう状態かを可視化して管理する人がわかるようにすることも必要になってきます。
家庭での空調の省エネや快適性について、研究から示唆できるヒントがあれば教えてください。また、田村さん自身が生活の中で取り組んでいることはありますか。
田村さん:空調では空調の能力と部屋の広さを合わせることが大切です。あまり小さい能力で広い部屋を冷暖房しようとすると機械に負荷がかかりますし、電力も使います。建物の気密性や断熱性を高めることも重要なので、窓に隙間があればマスキングテープを貼ったり、断熱性の高いカーテンを使ったり、断熱シートを窓に貼ることなども試しています。
ZEB関連技術実証棟「SUSTIE(サスティエ)」が働き方を変える
情報総研構内に「SUSTIE」が完成しましたが、田村さんのお仕事はどのような形でZEBに寄与すると考えていらっしゃいますか。
田村さん:これまでお話したように、空調機や換気設備の省エネ性や快適性の研究がZEBに寄与すると思います。
田村さんはSUSTIEの中で働くのですよね。どんな働き方をしたいですか。
田村さん:はいそうです。フリーアドレスですので、作業に合わせて移動すると思います。4階の集中ブースは、もくもくとデータをさわる仕事に向いているかと思います。アイデア出しをする時はワイワイできるスペースで、コーヒーを飲みながらディスカッションもできます。ソファのあるコーナーや掘りごたつ風のスペースもあるので楽しみです。
SUSTIEは緑も多く、大きな吹き抜けもあって解放感もありますね。
田村さん:そうなんです。机にしがみついてアイデアに煮詰まってしまった時でも、SUSTIEはいいですね。いろいろなスペースがあるので気持ちを切り替えられそうです。新鮮な気持ちになると良いアイデアも思い浮かぶので。
SUSTIEではさまざまな実証実験をしていくと思いますが、未来の空調の形はどのようになっていくと考えますか。
田村さん:今は空調機の設定を手動で操作していますが、未来はAIによって使っていくうちにその人の好み、習慣や癖を覚えてくれて、自動で制御してくれるようになると思います。
持続可能な社会のために、私たちができることは何だと考えますか。お仕事でもご自身の生活でも今後取り組みたいことなどがあれば教えてください。
田村さん:会社では省エネ、快適性についていつも考えていますが、生活の中でも考えないといけないと思います。環境問題は他人事になりがちがですが、きちんと自分のことなんだと意識して取り組む必要があると思います。時々ネットなどで自分ができることを調べたりしていますが、SNSで環境に対する取り組みに「イイネ」するなど小さなことでも、周りの意識を変えるきっかけになると思います。