私が2016年から5年間に渡って関わったのが、「AXIEZ-LINKs(アクシーズ リンクス)」です。エレベーターの開発から生産までを手掛ける製造工場からの依頼研究で、国内・海外同時開発によるグローバル標準型のエレベーターを作るというもので、私は主にかご内のインテリアデザインを担当しました。
私たちデザインチームが最初に取り組んだのは、国内・海外の市場調査です。アメリカ・イギリス・インドネシアやメキシコなど約10ヵ国を訪問。建築物やそのエレベーターを視察しただけでなく、現地の建築家にもインタビューしました。私が訪れた中国では、地域によって全くデザインのテイストが異なっていました。例えば上海は、最新技術を取り入れるのがいち早く、北京はスケールの大きさに特徴がありました。一方、タイでは自然素材を活かしたインテリアが多く見られました。これら地域性の違いは、単なるデザイントレンドという言葉では片づけられない、その国の歴史や文化、思想から来ているもので、現地を視察し、見聞きしたからこそ得られた感覚でした。このような世界の動向に直接触れられたことは、大きな収穫です。様式や美意識の違いを肌で感じ取ることができ、デザインをするうえでも大いに役立ちました。
次に行ったのが、コンセプトの構築です。これからのエレベーターに求められるのは何なのかを探るために、デザインの分析をしました。エレベーターは小さいながらも独立した空間として成り立つため、これまでは1つの空間として完成度高くまとめられてきました。しかし、利用者目線ではエレベーターは建物の一部であり、連続した空間としてとらえます。
単体としての美しさだけでなく、もっと「建物と一体感のあるデザインにできないか」と思い、「建物と人の想いをつなぐエレベーター」というコンセプトを掲げました。結果的に「つなぐ」という発想が評価され、現在のカタログにもコンセプトとして掲載されています。
デザインで最も気を配ったのは、短いサイクルで終わる一過性のデザインにならないことです。エレベーターは四半世紀に渡って使われる息の長い製品なので、時がたっても廃れない、普遍的なデザインが求められます。そのため、海外調査をはじめ、国内外の展示会視察やインテリアのトレンド調査などを参考にしながら何度も打ち合わせを重ね、一時的な流行に終わらないデザインを見出していきました。
さらに、デザインチームで発案したのが「スタイル」と呼ばれる4つのカテゴリーです。これまでのエレベーターは意匠要素として大きい「天井照明」をまず選び、その後壁材や床材を選ぶという構成でした。この方法だと、自由な組み合わせは実現できるものの、インテリアのイメージが明確にないと選定に迷いますし、うまく組み合わせるにはスキルも要求されます。しかし、デザインテイストごとに、あらかじめコーディネートされたエレベーターが提案されていて、部屋に合わせて家具を選ぶのと同じように、建物のデザインに合わせてエレベーターを選べたらどうでしょうか。エレベーターはもっと特別な空間になりますし、デザインを選ぶ楽しさも生まれます。
こうして完成したのが、4つのスタイルです。各スタイルにふさわしい建物やイメージを想定して、トレンドに合うおすすめのコーディネートを提案しています。「ラグジュアリー」はホテルなどの上質な空間での使用を想定した、高級感を感じられるデザインが特徴です。「ナチュラル」は木の質感を生かした、柔らかでぬくもり感のあるデザイン。「コンフォート」は自然素材を織り交ぜつつもすっきりとしたデザインで、明るく開放感のある空間にしています。「モダン」はオフィスなどにも合う、シンプルで洗練されたデザインです。
こうして2020年10月、国内で「AXIEZ-LINKs(アクシーズ リンクス)」がリリースされるに至ります。営業の方からは「デザインが良くなった」「スタイルというカテゴリーのおかげで、お客様に説明しやすくなった」という声が寄せられました。
ほかにも、デザイナーとして忘れられない体験のひとつとして挙げられるのが、2016年に参加した所内の公募型プロジェクト「Design X」です。私たちのチームは横浜の盲学校に通う生徒さんと新たなものづくりに取り組むため、学校での生活や授業の様子を観察させていただいたり、授業を一緒に体験したりしました。また、既存の家電製品を操作する様子を確認するために、調理家電や空調家電のリモコンを触ってもらいました。このとき、操作部に十字キーがあったので、私が「上下ボタンを押して」とお願いした際、生徒さんたちの手が止まってしまいました。このような、操作できない生徒さんがほとんどで、なかには「怖いから触りたくない」と拒絶する生徒さんもいました。正しく操作できなかったという過去のネガティブな経験や、勝手に触ったら怒られるのではないかという心配から、操作に消極的になっていたのです。そこで生徒さんの気持ちを後押しするような、思わず触ってみたくなるリモコンを作ることにしました。
最初に作成した単一の機能に対してロータリーやスライダーなど単一の操作を紐づけたプロトタイプでは好評をいただいたものの、2回目は大失敗。温度計をモチーフにして、設定したい温度に合わせてつまみを1℃ずつスライドさせるリモコンを作ったのですが、そもそも視覚障がい者の方は温度計を見たことがありません。そのうえ、目盛りの幅を市販の温度計に近い3ミリ程度にしたため、指先で読み取ることができませんでした。徐々にリモコンから離れていく生徒さんの姿を見てショックを受けました。同時に、知らぬうちに晴眼者(視覚に障害のない人)の基準で判断していることに気付かされたのです。
最後のプロトタイプでは、ユーザー中心設計という、デザインの基本に立ち返り、生徒さんならどう触るかを常に考えながら作りました。デザインをするうえで参考としたのが「概念教育」です。これは盲学校ならではの授業で、先生たちが自作した円柱などの教材を手で触れながら「高さ、長さ、太さ」といった概念を学んでいきます。たとえば、長さの違う筒を持たせて、「長い」「短い」を体感・理解した後、持つ方向を変えて垂直方向に立てると、その2つの筒は「高い」「低い」と呼ぶ、といった具合に、私たち晴眼者が目で見て自然に理解していく概念を、じっくり手の中で学んでいくのです。 生徒さんたちが家電製品をうまく操作できなかった原因も、この概念教育から解き明かすことができました。水平面に配置されたその十字キーは、生徒さんたちの概念では、「上・下」ボタンではなく、「奥・手前」ボタンだったのです。 この概念教育で得られた知見を活かしてできあがったのが、形の異なる6つの操作部(電源、運転モード、設定温度、風量、風向、タイマー)を配したエアコンのリモコンです。再び試してもらったところ、最初は先生の手を借りながら恐る恐る触っていた生徒さんも、次第に自ら触れるようになり、最終プロトタイプは大成功に終わりました。
「AXIEZ-LINKs(アクシーズ リンクス)」もそうですが、このプロジェクトでも現場に行かないと得られない気づきがたくさんありました。足を運び、ユーザーの反応を目の当たりにすることは本当に重要です。これからも積極的に現場の声を吸収して、それらを活かした思いやりのあるデザインを実践したい。それによってたくさんの人を幸せにしたいと思っています。
「Design X」は三菱電機株式会社の登録商標です。
三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
プロダクトデザイナー
藤川 裕子
2015年入社
産業システムデザイン部にて、エレベーターの面材や塗装色などのインテリアデザインを担当。「触りたくなるインターフェース」など、視覚障がい者向けプロジェクトの研究も手掛ける。