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デザイナーとユーザーの間で、「使いやすさ」と「⼼地よさ」を磨く

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UXリサーチャー
山崎 友賀・城戸 恵美子・香林 さやか
ユニバーサルデザインの評価システム
「UD-Checker」の画⾯例

使う⼈を想う。その積み重ねを30年以上

山崎
統合デザイン研究所にはデザイナーだけでなく、様々なスキルを持ったメンバーが働いています。私たち「UX(ユーザーエクスペリエンス)リサーチャー」の仕事は、ユーザー体験に関わる調査を行うこと。その業務の根幹となるのが、製品の使い勝手や操作性を客観的に評価するユーザビリティ評価です。ユーザーが実際に使用する様子を見て問題点を抽出し、人間工学や認知科学の面から要因を分析して、改善策を提案するという一連の流れを担っています。
城戸
三菱電機のユーザビリティ評価は、業界内でも長い歴史があります。さかのぼること30年以上、1992年に専門のグループが立ち上がり、1996年にはバリアフリーデザインの研究をスタート。やがてユニバーサルデザインの世界的な広がりを背景にして、活動が本格化していきました。評価は、コンシューマー向けやプロユースなど、当初からさまざまな製品を対象として行ってきました。現在はスマートフォンアプリや炊飯器といった身近なものから、産業機器、プラントの監視制御室まで、三菱電機の手がけるさまざまな製品のユーザビリティを検証しています。
山崎
2004年には、他社に先駆けてユニバーサルデザインの評価システム「UD-Checker」を作成しました。チェックリスト方式でユニバーサルデザインの達成度を数値化し、改善ポイントを抽出できるというものです。1製品につき、企画、プロトタイプ、完成品の3段階でチェックを行います。
城戸
この評価システムを活用することで、ある項目について他の製品ではどう評価・判断されたのかという知見が蓄積されます。また、新機種を開発する際も、現行機種の評価結果をベースとしたより良いデザインが考案できるのです。

ユーザーの⾏動が、より良いデザインを教えてくれる

城戸
これまでに携わった仕事で特に印象深いのは、エレベーターの操作盤の評価です。1999年当時、国内の競合他社に先駆け、階数ボタンに凸文字を導入することになりました。文字が浮き彫り状に出っ張っており、指先で数字の形を確認できるので、中途失明など点字が苦手な方もおひとりでエレベーターを利用できます。ではその出っ張りがどんな形状ならばわかりやすいのか。プロトタイプを作り、実際に視覚障がいのある方に触っていただいたところ、予想外の声が上がりました。「数字の形が判別しづらい」というのです。これまでエレベーターのボタンに採用していたヘルベチカというフォントでは、1と7が似ていて間違えやすい。3・6・9も判別しづらい。まず配慮すべきは、フォントだったのです。それではどれが最適なのかと調べていたとき、携帯電話向けのUDフォントの資料を見つけました。携帯電話の文字は小さくせざるを得ないので、視認性の高いUDフォントが一足早く検討されていたという背景があります。その中から、1にセリフがなく、1と7の違いがわかりやすいギルサンというフォントを選び、再びプロトタイプを作ってユーザーテストへ。「これなら数字を判別できる」とお墨付きをいただき、採用が決まりました。
凸形状にもこだわりました。視覚障がいのある方からは「表面に向かって細くなっている方が、手触りがはっきりしていてよい」、晴眼者からは「天面のフラット面は広い方が当たりが柔らかくてよい」とそれぞれ異なる意見が。試行錯誤を重ね、視覚障がいのある方が判読可能で、かつ晴眼者が触っても痛くない最適な凸形状を作り上げました。
こうして、世界初のUDフォントを使ったエレベーターのボタンが世に出たのです。
エレベーターで採⽤されているUDフォント
香林
ユーザーテストでは、開発中に気づかなかった問題点がしばしば明るみに出ます。それを実感したのが、2008年頃に携わったウェブサイトのテスト。特別感のあるデザインを目指し、動くボタンをクリックすると記事ページに遷移するというアイデアを採用していました。動きがある分クリックしづらいだろうと思ってはいたので、非常にゆっくりとした速度に設定しました。それでもユーザーテストでは半分以上の方がクリックできず、改善することになりました。いつもユーザーに正解を教えていただきながら、知識と経験を蓄えています。
山崎
そういった経験によって見えてくることは少なくありません。例えば三菱電機では、高齢の方を対象としたユーザーテストを長年行っています。20年ほど前、タッチパネルが家電に採用され始めた頃のテストでは、高齢の方は画面を触って操作すること自体がわかりませんでした。その後、駅の券売機や銀行ATM、家電製品にもタッチパネルが普及してからのテストでは、ボタン操作が必要な場合にも、まず画面に触ってしまう。時代とともに操作行動が変わるため、「こうすると高齢者にも使いやすい」と言い切ることができないのです。こうした行動の変遷を知っているといないとでは、予測や分析の仕方が変わってきます。このような知識や経験を活かしながら、今現在のユーザーにとっての使いやすさを考えることを大切にしています。
香林
アップデートは常に求められますね。それが顕著な分野が、スマートフォンアプリのUIです。なにしろ変化のスピードが早いので、ISOやJISなどの規格や各メーカーのガイドラインが頻繁に更新されています。さらに世界中で新しい優れたUIが次々と生み出されてもいます。「以前はこうだったから」と考えてしまうと、かえってユーザビリティを損ねることになりかねません。今主流になっているUIや、ユーザーの感覚もふまえ、柔軟に評価するよう心がけています。

どんなに技術が進んでも、⽴ち返るべきは「⼈」

山崎
最近では、製品とスマートフォンを接続し、アプリで遠隔操作できるシステムが活発に開発されています。エアコンを外出先から操作できる「霧ヶ峰 REMOTE®」や、離れてくらす家族を家電でそっと見守るサービス 「MeAMOR®」。機器と人だけでなく、その間に介在するインターフェースが登場しているのです。人、アプリ、製品という新しい関係の中で最適なやりとりを行うにはどうするのか、手探りながらも研究や評価を重ねているところです。
香林
このシステムは、「スマホがリモコン代わりになる」という単純なものではありません。複数の家電を連携させた新しい機能や、従来のリモコンではできなかったような細かなカスタマイズが可能になり、これまで以上に一人一人のニーズに沿った形で家電製品を活用いただけます。この新しい概念をいかにユーザーに伝えるかが、喫緊の課題です。「アプリではこういうことができるのだ」と理解していただかないことには、どんな便利な新機能も活用していただけませんから。
山崎
それにはやはり「人」を起点に考え抜くというプロセスが必要です。その機能が使われるとき、ユーザーはどんな方で、どんな環境にいて、どんな状態で、どんな気持ちなのか。利用シーンの前後や周辺も含め、総合的に考えることで、最適なインターフェースを導き出すことができるのです。
城戸
ユーザーエクスペリエンスの評価では使いやすさにプラスして、「楽しい」「不安に感じない」といった人の気持ちの評価も手掛けています。例えば自律走行する自動運転車両の場合。歩行者と5センチ程度の至近距離ですれ違うこともできますが、いくら安全と言われても、人は不安に感じるでしょう。心理的に適切な距離を測定し、それを確保することがユーザーエクスペリエンスの向上につながります。ユーザーが操作する・しないに関わらず、利用シーンにいる 「人」を思う。それがUXリサーチャーの基本姿勢です。

人とモノがある限り、ユーザビリティの探求は続く

山崎
三菱電機のユーザビリティやユーザーエクスペリエンスへの取り組みは、国内外で高く評価されています。家電製品を対象に2010年から行っている「らく楽アシスト®~あん心してらくに楽しく使える製品開発の取り組み~」は、「IAUDアウォード2015」の事業戦略部門において大賞を受賞。ほかにも、「フルカラーLED発車標の視認性評価」「市街地における運転者・歩行者の不安感を考慮した自動運転の検討」「エレベーター行先予報システムにおける誘導音の開発」などの論文が、国際会議や学会で高い評価をいただきました。
城戸
知見が深まるにつれ、インターフェースを見ればユーザーの操作行動をある程度予測できるようになってきました。しかしいざユーザーテストを行うと、まったく想定しなかった操作をする方が毎回いらっしゃいます。そこがこの仕事の醍醐味です。予測を過信せず、人を観察し続けることが重要だとあらためて感じています。
香林
統合デザイン研究所のデザイナーが日々どれだけユーザーを思い、懸命にデザインしているか、私たちはよく知っています。しかし真剣に向き合えば向き合うほど、「このデザインはユーザーにとって本当に良いものだろうか」と考え込んでしまい、客観的な判断が難しくなるもの。そうしたとき、共にものづくりをする仲間として解決の糸口を探っていきたいと思っています。
山崎
ユーザビリティやユーザーエクスペリエンス向上のために改善点を抽出するのはもちろんですが、もっと大きな視野で、「人とモノがどういう関係にあるのか」という気付きを引き出すのもUXリサーチャーの役割です。時代の流れのなか、人もモノもどんどん変わっていきますので、その関係性は都度見直さなければなりません。製品やシステム、サービスに人が関わる限り、今後もずっとこの仕事は求められ続けるでしょう。そのために私たちも進化を続けていきます。

「霧ヶ峰REMOTE」「ミアモル\MeAMOR」「らく楽アシスト」は三菱電機株式会社の登録商標です。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー・UXリサーチャー

山崎 友賀

1988年入社
製品デザイン、インターフェースデザインに従事した後、ユーザビリティ評価・ユニバーサルデザイン開発に携わる。ユニバーサルデザイン関連の国内・国際規格検討委員会、社内教育にも従事。日本人間工学会認定人間工学専門家・人間中心設計機構人間中心設計専門家。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UXリサーチャー

城戸 恵美子

1999年入社
エレベーターや自動車機器、携帯電話、家電製品等のユーザビリティ評価・ユニバーサルデザイン開発に携わる。日本人間工学会認定人間工学専門家。博士(社会イノベーション学)。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
UXリサーチャー

香林 さやか

1997年入社
三菱電機オフィシャルサイトなどのウェブサイトやソフトウェア画面の評価に携わる。現在はスマートフォン向けアプリを中心に担当している。