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三菱電機の「こころ」を絵本に

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー
嶋野 宇一郎・石田 健治

次なる100年を見据えて

石田
三菱電機は2021年に創立100周年を迎えました。その間、社会は目まぐるしく変化し、現在は生活者の価値観も多様化しています。大きな節目を前に、次の100年、三菱電機が取り組むべきこと、果たすべき役割は何なのかを探る活動を、統合デザイン研究所の自主研究として2018年から始めました。
嶋野
今後、社会はどのような課題に直面し、価値観はどう変わりゆくのか。調査やワークショップを通じて、想定しうる社会や価値観の変化についてチーム内で議論を重ねました。
石田
また、そういった社会の変化に向き合う一方で、人が幸福であるために大切にすべき普遍的なものは何かを探るべく世界幸福度ランキング1位のフィンランドに向かいました(2024年現在、7年連続で1位)。スポーツ科学や社会健康学などの研究者のほか、心理療法士や都市開発事業者といった幅広い分野のスペシャリストたち16名に話を伺いました。この国では、自分で自分の人生を選択できる自由や、多様な価値観に対して寛容でいられる心のゆとりなどが、幸福感の鍵になっているようでした。
嶋野
こうした活動から、これからの社会において解くべき課題や大切にすべき価値が見えてきました。しかし、無数にある社会課題のすべてを私たちが解決できるわけではありません。それらの中から「三菱電機が何をすべきか」「他社ではなく三菱電機がやる意味は何か」を考えるよりどころとして、自分たちなりの価値基準を改めて認識する必要を感じていました。そこで、三菱グループの歴史を遡り、そのヒントを探ることにしました。歴史は私たちに文脈をもたらしてくれます。そしてその文脈が、今の私たちの取り組みに意味をもたらしてくれます。ある取り組みの社会的な意味は、社会的な文脈が与えてくれますが、「なぜ自分たちがそれをするのか」という自分たちにとっての意味まではもたらしてくれません。それは自分たちの文脈においてこそ見出すことができると考えています。

社会貢献への志。三菱電機の根っこです

嶋野
三菱電機のルーツを知るうえで非常に役立ったのが『岩崎弥太郎と三菱四代』です。この本には、弥太郎、弥之助、久弥、小弥太の岩崎家四代の物語が綴られています。特に印象的だったのは、二代目社長の弥之助が苦渋の決断の末に海運業を手放した話です。先代の弥太郎は、外国勢力に制圧されている航路を奪回、海運業を日本一の事業に育て上げましたが、日本の海運の三菱一強状態を懸念し創設された政府の保護会社と熾烈な競争に陥っていました。このまま共倒れ覚悟で闘争を続けていては、たとえ勝てても満身創痍。日本の海運が再び外国勢力に支配されてしまうという状況において、弥之助は「日本のために」と海運業を手放し、他社へ合併させる決断に至ります。自社の経済合理性だけでものごとを考えていては、このような決断は出来なかっただろうと思います。期するところは社会への貢献。この姿勢は、「所期奉公」として今も三菱グループの各社に受け継がれています。
石田
三菱資料館や弥太郎の生家も訪れました。弥太郎たちの人情あふれるエピソードも垣間見え、どこか遠い歴史上の偉人に思えていた彼らがぐっと身近に感じられたものです。三菱電機の「根っこ」のようなものも見えてきました。そこで、同行したメンバーと話し合い、自分たちなりにそれを言語化することにします。そうして「社会を支える」「誠実さ」「グローバル視点」「人を育てる」「顧客視点」「未来を見据える」「先駆ける」「貫く心」といった姿勢を、さまざまなエピソードの中に見いだしていきました。
岩崎弥太郎の生家(高知県)

社会貢献への志。三菱電機の根っこです

嶋野
三菱電機のルーツを知るうえで非常に役立ったのが『岩崎弥太郎と三菱四代』です。この本には、弥太郎、弥之助、久弥、小弥太の岩崎家四代の物語が綴られています。特に印象的だったのは、二代目社長の弥之助が苦渋の決断の末に海運業を手放した話です。先代の弥太郎は、外国勢力に制圧されている航路を奪回、海運業を日本一の事業に育て上げましたが、日本の海運の三菱一強状態を懸念し創設された政府の保護会社と熾烈な競争に陥っていました。このまま共倒れ覚悟で闘争を続けていては、たとえ勝てても満身創痍。日本の海運が再び外国勢力に支配されてしまうという状況において、弥之助は「日本のために」と海運業を手放し、他社へ合併させる決断に至ります。自社の経済合理性だけでものごとを考えていては、このような決断は出来なかっただろうと思います。期するところは社会への貢献。この姿勢は、「所期奉公」として今も三菱グループの各社に受け継がれています。
岩崎弥太郎の生家(高知県)
石田
三菱資料館や弥太郎の生家も訪れました。弥太郎たちの人情あふれるエピソードも垣間見え、どこか遠い歴史上の偉人に思えていた彼らがぐっと身近に感じられたものです。三菱電機の「根っこ」のようなものも見えてきました。そこで、同行したメンバーと話し合い、自分たちなりにそれを言語化することにします。そうして「社会を支える」「誠実さ」「グローバル視点」「人を育てる」「顧客視点」「未来を見据える」「先駆ける」「貫く心」といった姿勢を、さまざまなエピソードの中に見いだしていきました。

大事なことをわかりやすく。絵本にした理由です

大事なことをわかりやすく。絵本にした理由です

石田
やがて、自分たちが歴史を遡る中で感じたことを、全国各地で働く仲間とも共有できたら、という思いが強くなり、その方法を模索することになります。何らかの読み物にして伝えたいけれど、電子ファイルや薄いリーフレットでは「読みたい」と思ってもらうために十分とはいえません。思わず開きたくなり、読んだ後も大事に取っておきたくなるものを目指し、導き出したのが「絵本にする」というアイデアでした。
嶋野
絵本は、2冊でひと組になっています。1冊目のタイトルは『こころの風景』。三菱電機の歴史から印象的なエピソードを抜き出し、三菱電機に受け継がれる「こころ」を感じられる内容にしました。もう1冊は、『大きな仕事をするこころ』。私たちの、仕事に向き合う「こころ」に焦点を当てています。個性や能力の異なる動物たちが、迷いながらも力を合わせ、ともに前進していく物語にしました。
石田
絵本の挿絵を依頼したのは、フィンランドでの調査でも話を伺ったイラストレーターのマッティ・ピックヤムサ氏。言語の壁もあり意図を伝えるのは容易ではありませんでしたが、私たちの思いを的確にイラストで表現してくれました。
嶋野
最初のプロトタイプが完成すると、統合デザイン研究所のある大船地区に勤務する他の社員にも読んでもらいました。総勢50名ほどからの感想を受け、読んでくれた人に何かポジティブなきっかけを残せるようブラッシュアップを重ねていきました。
一方、社内には、三菱電機の創立100周年を契機に宣伝部が実施していたパーパスプロジェクトという「私たちの仕事って何だろう?」「ちょっと立ち止まって一緒に考えてみませんか?」などのわれわれが絵本に込めたメッセージと同じ想いを持って活動していた施策がありました。この施策によって、完成した絵本は、三菱電機グループで働く15万人すべての人に届けることができました。 ※パーパスプロジェクトとは、従業員一人ひとりが改めて自分の存在意義や働く意味について考え、変革の原動力に繋げていくための全社施策です

「正解」ではなく「考えるきっかけ」を届けたい

石田
絵本制作で意識したのは、自分たちの「正解」を押し付けるものになってはいけないということ。もともと自主的な研究から始まったプロジェクトです。トップダウンではなくボトムアップで活動の輪を広げていく、いわば「草の根活動」の姿勢を崩さないように心がけました。この絵本を読んだ方からはすでにさまざまな反響があります。なかでも、とある部署の部長さんから「職場のみんなと一緒に共感したい一方で、私が押し付けてしまってせっかくの言葉が届かなくなるのは惜しい。今はまだ話題にできていないけど、いずれ部内で感想を語り合いたい」という感想をもらえたのは印象的でした。絵本を通じて、私たちつくり手の思いも伝わったように思います。
石田
この活動は、短期的な利益に直結するわけではありません。合理性や効率性だけを重視していたら、今回のプロジェクトは生まれませんでした。統合デザイン研究所が掲げているフィロソフィーは「デザインの行き先は人」。目先の利益に囚われず、長い目で見て人にとって何が望ましいかを日頃から考え続けています。そういった活動ができる立場にあるのは、当研究所の良さではないでしょうか。
嶋野
絵本がきっかけとなり、直接感想を寄せてくれた社員や組合幹部との意見交換、社外に向けたイベントでの展示、製作所の広報誌への寄稿など、新たなコミュニケーションが生まれています。絵本は配布して終わりではなく、これを起点とした新しい動きや交流、対話が生まれるようにしなければいけないと思っています。
これをきっかけに、手に取ってくれた仲間が自分の仕事について、ふと立ち止まって考えてみる。絵本がそのきっかけになるよう今後も活動を続けていきます。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

石田 健治

1993年入社
海外向け家庭用エアコンなどの空調機、ジェットタオル®などの業務用機器、クリーナーや空気清浄機、除湿機などの家電製品のデザインを担当。

「ジェットタオル」は三菱電機株式会社の登録商標です。

三菱電機株式会社 統合デザイン研究所
デザイナー

嶋野 宇一郎

2009年入社
製品デザインからR&D組織の企画・戦略まで広く携わり、現在は公共領域のソリューションデザインを担当。