コラム
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2006年 1月分 vol.2
野口飛行士の「宇宙日記」
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


「宇宙日記―ディスカバリー号の15日」野口聡一著 世界文化社 定価1500円(税別)ぜひ読んでほしいのは「宇宙でキーボード演奏」。なぜ野口さんが宇宙でキーボードを弾こうと思ったのか。その裏には深い思いと出会いがあった。
 大きな体と対照的に、野口聡一飛行士の字は小さくて几帳面。細やかな気配りをする彼の優しさが現れているような字だと思う。その字で野口さんは宇宙で日記をつけていた。飛行士が宇宙にもって行くクルーノート。日にちごとにその日の予定や、朝食、昼食など食べたもの、驚いたこと(Surprise)やコメントを記入する欄がある。ある日は英語で、そしてある日は日本語で。

 たとえば、第一回目の船外活動のとき、作業がなかなか思い通りに進まないときのあせりと緊張感、第2回目の船外活動では大きなジャイロを抱えながら、イタリア半島を眺めながら塩野七生さんの「ローマ人の物語」を思い浮かべたこと、日本食パーティーのために9人分の宇宙食を調理したこと、毎晩こっそり練習したキーボードのことについて・・・。

 2005年7月末から8月にかけてのスペースシャトル・ディスカバリーの宇宙飛行では、2年半ぶりの飛行再開で野口飛行士は3回の船外活動の主担当EV1として(米国人以外でEV1になったのは野口飛行士が初めて)大活躍。飛行直後から外部燃料タンクの断熱材が剥がれたことがわかったり、船外活動で新しい仕事が追加されたり、最初から最後まで目が離せないフライトだったが、飛行中、野口さんはシャトルの中でどんな気持ちでどんなふうに過ごしていたんだろう、と思った方は多いのではないだろうか。

 私もそう思っていた。そこで日本に帰国した野口さんに「日記とかつけていませんでしたか?」とたずねると、「つけてましたよ」とのお返事!読んでみて、驚いた。まず文章が読ませる(失礼ながら予想以上)。宇宙飛行士の飾らない日常が気負いなく綴られていて(仕事をこなしながら、地上の娘たちの喧嘩の仲裁までしている!)、そこに緊張感や、地球の詩的な描写、さらに野口さんのお茶目なユーモアのセンスがうまくブレンドし、ぐいぐい引き込まれる。「まったく新しい」宇宙飛行士像を見る気がした。

 それから「チーム野口」の本作りが始まった。その過程で野口さんが類まれなる執筆+編集センスをもつことが判明。船外活動で発揮した「匠の技」は同じ職人技である編集技術でも開花したようで、こちらも緊張感をもって編集作業を楽しませて頂いた。

 この日記と野口さん撮影の秘蔵写真(すごく綺麗! 超お宝写真もあり)を満載した「宇宙日記」が出版された。野口さんは今、国際宇宙ステーション長期滞在という「夢の続き」に向かってロシアの訓練に入っている。フライト後の日記ではその背景や想いも書かれている。報道では伝わりきれない野口さんの人柄が文章から伝わる本。是非是非、読んでみてください。