大きさも質量も限りなく小さく、ほとんど何とも反応せず、地球さえも突き抜けてしまう不思議な素粒子・ニュートリノ。このニュートリノの観測装置として科学史上に残る数々の大発見をし、世界の素粒子物理学をリードしてきたのが「スーパーカミオカンデ」。2001年11月の事故で約1万1100個の高感度光検出器の約半数が破損してから約4年半。全面復旧し、この6月から元通りの形で観測を再開する。2009年からは新しい実験も始まる予定で、私達の「存在の根源」に迫っていく観測に、期待が高まる。
スーパーカミオカンデは岐阜県奥飛騨地方、神岡鉱山の地下1000mにある。何もかもすり抜けるニュートリノが「稀に」物質と衝突する反応をキャッチしようと、ノイズとなる宇宙線を遮断するためだ。超純水5万トンをたたえた直径40m、高さ40mの水槽の壁には1万個を超える『目』(高感度光検出器)がはりめぐらされ、ニュートリノが水中の電子や原子核とぶつかったとき発せられる青白い光「チェレンコフ光」をとらえる。ここでの観測で「ニュートリノに質量がある」ことが発見された。これは過去30年にわたって検証されてきた素粒子の標準理論(ニュートリノの質量をゼロとしていた)では説明できない初の現象を観測したことになり、素粒子物理学にブレークスルーをもたらす快挙となった。
さて、スーパーカミオカンデの今後の観測で注目を集めているのは、2009年から始まる予定の新しい実験。茨城県東海村で建設が進む大強度陽子加速器施設(J-PARC)からニュートリノビームを作り、約295kmはなれたスーパーカミオカンデに打ち込む。「世界最高強度」の加速器で発射して、「世界最大」のニュートリノ測定器で受けるという「最高・最大コンビ」だ。この実験の狙いは、三種類あるニュートリノ(電子、ミュー、タウ)のうち未発見の、タウニュートリノ・電子ニュートリノ間の「振動」を発見しようというもの。(ニュートリノに質量がなければ「振動」が起こらないことは理論的に証明されている。先の大発見もミュー型・タウ型ニュートリノ間の「振動」を発見したものだった)
そして、未発見の振動が観測されてニュートリノ振動の全体像がわかったら。その次段階の実験として研究者達が抱いている構想が面白い。物理学の大疑問の一つ「なぜこの宇宙は物質でできているのか」(=なぜ私達が宇宙に存在し得たのか)に挑戦しようというのだ。宇宙の始まりの頃は、粒子と反粒子が存在していたと考えられており、その二つが衝突すると光を残して消滅する。もし粒子と反粒子が同数あれば、物質は全て消えてしまったはずなのに、現在の宇宙は物質で溢れている。わずかに粒子が多かったためだ。
「なぜ粒子が反粒子より多かったのか」。それを説明するカギがニュートリノにあるというのだ。粒子が反粒子より多くなるためには、粒子と反粒子の自然法則が完全には同じでないはず。つまりニュートリノ振動と反ニュートリノ振動の違いがあるはずだ・・・。
ニュートリノと反ニュートリノの違いを見つけるには、スーパーカミオカンデより更に大きな測定器が必要になるという。東京大学宇宙線研究所宇宙ニュートリノ観測情報融合センター、梶田隆章センター長によれば「100万トンの容量は必要だろう」とのこと。スーパーカミオカンデの容量は5万トンだから約20倍だ!4月22日に行われた同研究所の講演会で梶田氏は、「ハイパーカミオカンデ」と呼ばれる巨大な測定器の一部を神岡におき、一部を韓国において、東海村からニュートリノを打ち出すことも含めて「真剣に考えている」と語っている。
梶田氏は、ノーベル賞を生んだ観測装置「カミオカンデ」からニュートリノ実験に深く関わってきた人物。実は彼が「心の底で期待する発見」は「予想できないことが発見できること」だそう。「その可能性は結構高い。だってこれまでも予想外の発見の連続でしたからね」。人間が頭の中で考えることより、自然のほうがずっと驚きに満ちているってことだろう。一連のニュートリノ実験は観測装置の佇まいも含めて「宇宙の深遠なる美しさ」を感じさせて魅力的だ。今後も注目していきたい。
東大宇宙線研究所
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
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