「フライトディレクター」と聞いて、思い浮かべるのは? もっとも有名なのは映画「アポロ13」でエド・ハリスが演じたNASAのフライトディレクター、ジーン・クランツ。月に向かうアポロ宇宙船で次々に起こる危機的状況を、地上で多くの管制官や宇宙船の製造業者たちの知恵を総動員して克服、飛行士3人を見事に地球に生還させた。そのフライトディレクターが日本にも誕生。本番に向けて訓練に励んでいる。
フライトディレクターとして第1号となるのは女性。松浦真弓さん(41)。約1年後に、国際宇宙ステーションに向けて打ち上げられる、日本実験棟「きぼう」第一便のミッション(土井飛行士が船内保管室を運ぶ)で、地上で運用チームを指揮する。そして「きぼう」2便目(船内実験室を運ぶ)のフライトディレクターは東覚芳夫さん(38)。「きぼう」はアポロ宇宙船と違い、自分でエンジンを噴射する打ち上げがあったり、大気圏再突入して地上に帰還することもない。だが、日本で初めての有人施設。何かあれば人命にも関わってくる。NASAと連携をとりながら、スペースシャトルで宇宙に運ばれた「きぼう」の状態をモニターし、異常があれば素早く対処したり、装置の移動などを宇宙飛行士に直接指示したりするのが、最初の主な仕事となる。
JAXAつくば宇宙センターには、ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センターにあるミッションコントロールセンターと同じような「運用管制室」が作られていて、「きぼう」の熱や電力、通信、環境制御・生命維持などのシステムを24時間365日間見守り続けることになる。フライトコントロールチームは飛行士と交信する担当者、計画を実行するための進捗係など多いときで30名ほどになり、チーム全体を指揮するのが「フライトディレクター」だ。
松浦真弓さんは1986年に旧NASDA(現JAXA)に入社。衛星の追跡やロケットの追跡を担当し、「次に追いかけるのは宇宙ステーションだ」と志願。1998年11月、国際宇宙ステーションの最初の打ち上げの頃に、フライトディレクターの修行を命じられた。当時は「3年後の打ち上げ」と言われたが、2003年にコロンビア号事故があり、先が見えないときもあった。ただしやることは山積み。どんな訓練をどう行い誰が参加したらいいか、どうやったら自分たちはフライトディレクターに認定されるのか全く決まっていないところから始め、手順書も自分たちでつくりあげてきたそうだ。
そんな松浦さんはフライトディレクターを「オーケストラの指揮者」と表現。コントローラーそれぞれに役割がある楽器の演奏者でそれらが一つの力になるようにする。「2005年10月から訓練を始めたときは、お互いの気持ちが通じ合わず、ぎすぎすして音楽になっていなかった。1年たってようやくメロディーが聞こえてきた。本番では、日本で誰も聞いたことがない演奏が聞こえるようなチームワークを実現できれば」と語る。
NASAのフライトディレクター、アネット・ハズブルックさんも日本の運用チームを「未熟な段階からリアルタイムで問題を解決できるチームになってきた」と評価している。
宇宙では何が起こるかわからない。考えられる不具合を洗い出し、対処法を考える。昨年12月のつくばの訓練では、災害などで管制室が使えなくなってバックアップルームに機能を移行する訓練まで行ったそうだ。これからNASAとの合同シミュレーションが本格的に始まる。本番では素敵なハーモニーを奏でられるように。「きぼう」ミッションでは宇宙だけでなく、地上の運用チームにも注目したい。
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