コラム
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2007年 2月分 vol.2
太陽がわかれば宇宙のナゾも解明できる
国立天文台・常田佐久教授インタビュー(その2)
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 NASAも実現できなかった望遠鏡を日本がゼロから作り上げた。太陽観測衛星「ひので」が送ってきた驚きの画像を、前回に引き続き常田教授に解説して頂くとともに、今後「ひので」が解き明かす太陽や宇宙のナゾについてお聞きしました。

可視光・磁場望遠鏡で見た、粒状班。左が光球、右が光球より上空の彩層での画像。動画で見ると、ぐつぐつ煮立っているような対流運動の様子がよくわかる。粒状班の間に光る明るい点に強い磁場がある。これが2千キロ上空の熱いコロナに影響を与えているらしい。(画像1) ― 「ひので」の画像の中でこの粒々の画像(画像1)が、何だろう? と気になりましたが。

常田:記者会見で見せても、どこの新聞社もとりあげてくれなかったんですね(笑)。子供に見せたら「岩が集まっているの?」と言われたんですけど、確かに太陽の表面にこんなへんものがあるのも不思議ですよね。

 これは粒状班(りゅうじょうはん)と言われ、太陽の中から出てきたプラズマがぽこぽこ煮えたぎっているところです。そのプラズマが表面で冷えて重たくなってまた下がる対流現象が起こっているのが見えている。大事なのは時々見える光る点で、そこにものすごく強い磁場がある。

 この光球で見える磁場が、磁力線で約2000km上空のコロナまでつながっている。そして数百万度のコロナの世界にどういう影響を与えているかを知りたいわけです。そこで天文学者は粒状班の一つ一つの点に着目して、運動がどうなっているかを見極めようとしています。一つの粒は100kmぐらいですが、太陽全体にしたらほんの小さな世界を「顕微鏡」で見ているようなイメージがありますね。

可視光・磁場望遠鏡で見た、粒状班。左が光球、右が光球より上空の彩層での画像。動画で見ると、ぐつぐつ煮立っているような対流運動の様子がよくわかる。粒状班の間に光る明るい点に強い磁場がある。これが2千キロ上空の熱いコロナに影響を与えているらしい。(画像2)
― それから、黒点が崩壊するという画像も驚きました。

常田:とても不思議な絵ですね。黒点から磁場の細かいかけらが流れ出して、崩壊しつつあるという現象です。太陽の奥深くで磁場ができて、磁力線がぽこっと表面に突き破って出てくる。その磁力線の断面を見ているのが黒点。磁場はエネルギーを持っているから、黒点が消えるのには理由がないといけない。それがすっと消えていく。現在若い研究者が解析をしていますが、外から引きはがされて黒点がじわじわ崩壊して、磁場の細かいかけらを太陽表面にばらまいている機構があるのではないかと。非常に複雑ですね。
黒点が崩壊する様子。動画を見ると引きちぎられたりうごめいたり、生命現象のようにも見える。(画像3)
 言えるのは、太陽では、宇宙で起きるかなりの現象が起こっているということです。これを理解しないと、遠くの宇宙のことはわからない。

― それは、別の恒星という意味ですか?

常田:別の恒星とか、ブラックホールとか。宇宙で磁場が関わって起こるような現象がここにある。磁場はエネルギー源ですから、宇宙では非常に大事なんですね。太陽より遠くの天体は、いくら大きい望遠鏡でも点にしか見えませんから、太陽でやるしかない。まったく同じ現象でなくても物理学の法則で理解すれば、応用ができます。

― そう考えると、非常に面白いですね。お宝がいっぱい出てきそうですね。

常田:一つの心配は、データがありすぎて、お宝が発見されずに終わるということです。今も巨大なデータベースにデータが入ってきていますが、解析する人が限られている。埋もれてしまうのは許されません。

― 今後、先生ご自身が「ひので」で目指すことは?

常田:やはり「火のついていないガスコンロの上でやかんが沸騰している」という「コロナ加熱」のナゾを解くことです。先ほどの粒状班の粒々の揺れ動きを何らかの手法で解析して、これがどうしてコロナを温めているのかに迫りたい。色んな面白い現象が観測されていますが、脇目をふらずに基本に忠実に行きたいと(笑)。

― コロナを数百万度に加熱する鍵を握っているのが粒状班なんですか?

常田:ヒントはもう与えられていると思っているんです。煮えたぎる対流運動と磁場がどういう働きをして、光球の6000度がコロナで200万度になっているか。

 今は2つの大きな説があって、簡単に言うと、磁力線の「波」で熱を伝えて温めるか、磁力線を「ねじり上げ」て小さなフレア(爆発)をたくさん起こして加熱するか。  「波」のほうは、太陽表面で煮えたぎるエネルギーを波で伝えていくという説。「ねじりあげ」のほうは、光球で磁力線の足元がかきまぜられて、ねじられた磁力線がスパゲティのようになる。磁場はベクトルと考えれば、反対向きになった磁力線が合うと消滅して小さい太陽フレア(爆発)が起こる。規模にすれば小さいフレアだが、ちりも積もれば山となる効果で、トータルでコロナを加熱しているという説。

 僕はその「ねじりあげ」の説について、「ひので」の3台の望遠鏡がとってくる非常に多くの情報を含む画像から、答えを出さないといけないと思っています。どうやってやるか、手法もこれからですね。

― ところで、太陽フレアが起こると高エネルギーの放射線が飛んできて、人工衛星の機器を壊したり、地上の私たちの生活にも影響を及ぼしますが、フレアを予報する宇宙天気予報は、いつ頃実現できそうですか?

常田:太陽フレアの原因、今説明したコロナ加熱の原因がわかれば、自動的に予報ができることに近くなると思います。今の天気予報は気象学とか流体力学の進歩で、コンピューターの中で地球を丸ごと再現していますよね。と同じように、コンピューターの中で太陽をまるごと再現できるようになれば、予報はできると思います。目標は5年以内です。

― エックス線衛星「ひのとり」、太陽観測衛星「ようこう」、「ひので」と3つの天文衛星に望遠鏡の開発から携わって来られたわけですが、次のターゲットは何ですか?

常田:太陽はこれから活動の極大期に向かうので、「ひので」は全然違う顔つきの太陽を見せてくれるでしょう。その次には、太陽観測衛星「ソーラーC」か、ハッブル宇宙望遠鏡のような望遠鏡を日本から打ち上げたい。まだ「ひので」のデータが出始めたばかりなので、5年後ぐらいに取材に来て下さい(笑)

国立天文台「ひので」のページ
http://hinode.nao.ac.jp/index.shtml

可視光・磁場望遠鏡の画像が見られるページ(写真1、3のムービーが見られます)
http://hinode.nao.ac.jp/news/061127PressConference/


(写真提供:国立天文台)