コラム
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2007年 12月分 vol.1
「ひので」が太陽で大発見を続けるワケ
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 太陽から「風」が吹いているのを知っていますか? 宇宙空間は真空で音もなく地球のように雨もふらない、一見静寂の世界。だから地球周辺で秒速300~800kmにもなる超高速の粒子の流れである太陽風を、私たちが肌で感じることもない。だが太陽系を満たす太陽風は、地球や木星上空にオーロラを光らせ、時に人工衛星の機器にダメージを与える悪さをして、私たちの日常生活にも影響を与えている。にも関わらず太陽風には謎が多い。太陽のどこから出るのか、どうやって超高速になるのか等々。その謎の一つ、太陽風が太陽から吹き出す「現場」を日本の太陽観測衛星「ひので」が初めて観測に成功した。

「ひので」のX線望遠鏡で2007年2月に観測した「太陽風が吹き出す」現場写真。画面左上に向かって筋状の磁力線に沿って太陽風が流れ出ている。  その現場をとらえたのが右の画像。画像中央から筋状に吹き出しているのが太陽風で、温度は約100万度、秒速140km前後。ムービー(下のリンク先から)は約6時間観測したものだが、太陽風は3日間の観測中常に見られたという。しかも流れ出るガスは、太陽風が宇宙空間に放出する質量の約4分の一。つまり、太陽風が流れ出る「源」をとらえたと言えるのだ。この観測で太陽風の理解が進み、地球周辺に影響を及ぼす太陽活動を予報する「宇宙天気予報」の進展も期待できる。

 2006年9月23日に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」の発見ラッシュは続く。ひので科学プロジェクト長の常田佐久教授によると「今までの太陽観測は『度のあっていないメガネ』で太陽を見ていたようなもの。ひのでのデータを見ると世界中の研究者が『あっ』と驚きます。」とのこと。太陽物理学の教科書が書き変わるテーマが目白押しだという。その成果は米科学誌サイエンス(12月7日発行)で特集され、表紙も飾るほど世界をリードしている。

 今回サイエンスには9編の論文が発表されているが、もう一つ注目したいテーマがある。太陽最大の謎「火のついていないガスコンロの上でやかんが沸騰している」状態、いわゆる「コロナ加熱」問題の解明につながる発見だ。太陽表面が6000度しかないのに、上空のコロナは100万度以上。通常ならコロナも6000度を超えることはあり得ないのに、何がコロナを温めているのか。これは太陽のみならず、他の天体にも共通する問題で、「ひので」が挑む最大のテーマだ。

 コロナ加熱には2つの仮説が立てられている。「波動加熱説」(太陽表面の磁力線の波で熱を伝えて温める)と「ナノフレア説」(小さなフレア《爆発》をたくさん起こして加熱する)だが、どちらも直接の証拠は発見されていなかった。ところが今回、「波動加熱説」の証拠となる波(アルベン波)の観測に成功したのだ。(下の写真)

「ひので」の可視光望遠鏡が2006年11月に観測。画像上部に筋状に見えているプロミネンスが動画では上下に振動している。詳細な解析の結果この振動は波(アルベン波)が波によるものと結論づけられた。この波が「コロナ加熱」を引き起こしているのか?!
 ということは、「波動加熱説」が一歩リード?「確かに今回、1ポイント加点されましたが、世の中の支持で見れば『ナノフレア説』が5ポイントリードしています。もちろんナノフレア説も直接観測を目ざしていますよ。もうちょっと待って下さい」と意味深な笑いを浮かべる常田教授であった。

 私たちの命の源、太陽。近くにあるが故に、望遠鏡で光を集めると望遠鏡を溶かすほどの熱が集まり観測が困難だった。そのために未だに謎が山積している。技術の発達によって「度のあったメガネ」をようやく手にした今、太陽の知られざる素顔が明らかになろうとしている。
(写真提供:JAXA/国立天文台)
「ひので」上記写真の動画は下記で見られます。
http://hinode.nao.ac.jp/news/071207PressRelease/

太陽観測衛星「ひので」スペシャルコンテンツ(宇宙 by MITSUBISHI)

常田佐久教授インタビュー(2007年2月コラム)