コラム
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2008年 1月分 vol.1
地球文明は1万年持続できるか?
海部宣男教授インタビュー(その2)
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 前国立天文台台長・海部宣男教授インタビューの第2回。キーワードは「ネガティブリザルト」。今は「宇宙生命楽観論」が主流であり、宇宙で生物が生まれること自体は難しくないらしい。地球サイズの惑星もここ10年以内にたくさん発見されるだろう。だが生物が文明を持つまで進化するのは簡単でないし、文明を持続させるのはさらに困難かもしれない。果たして我々は「文明を持つ惑星」を見つけられるのか。逆に見つからなかった時、それは何を意味するのだろうか。

すばる望遠鏡がとらえたアンドロメダ銀河 (M31、NGC224)の南西部分。無数の恒星たち、黒い暗黒星雲の群れ、暗黒星雲の帯に沿って赤く散光星雲が彩る。それぞれの散光星団では何百、何千もの恒星が生み出されている。(提供:国立天文台) ―地球のような「電波星」を、技術的には見つけられると講演で言われていましたね?

海部:発達した技術文明を持つ地球のような星からは、テレビや衛星通信などの電波が、自然に宇宙に漏れだしています。いわば「文明があるぞ~」と叫んでいる「電波星」なんですね。もし地球のような電波星が近くにあれば、その電波を受信することで文明が発する人工的な電波だとわかる。つまり、他の文明と交信しようと特別な電波メッセージを発していなくても、文明をもつ惑星を観測できる時代になったのです。

―それは画期的ですね。他の文明が送信する「メッセージ」を受信するのが、地球外文明を探す方法だと思っていました。

海部:そこが一番大事なポイントです。地球外文明から送られてくる電波メッセージを受信しようという試み「CETI」(=Communication with Extra-Terrestrial Intelligence)は1960年に始まりました。でも通信の場合は、先方がたまたま電波を送っているかもしれない、通信にはこの波長を使っているかもしれない、送り先は地球かもしれない、と「かもしれない」がいくつも並び、受信できる可能性はゼロに限りなく近い。そういう電波を受信できなかったときに、何か意味がありますか?

―何が原因で受信できなかったか、わかりにくいですね。

海部:受信したら大変だよ。でも受信できなかったとしても、何の意味もない。探査を科学として行うには「ネガティブリザルト」、つまり労力をかけて観測して、何も見つからなかったときにも意味を見いだせるかが、一つのポイントです。そうでなければ労力が無駄になりますからね。

 でも電波観測技術が発達して、「CETI」でなく「SETI」(=Search for Extra-Terrestrial Intelligence、地球外文明の探査)が可能になった。先方が意図して通信用の電波を送らなくても、観測可能範囲内にありさえすれば、電波星を観測できる。さらにSETIでは、探査の結果、見つからなかったときにも「文明の寿命」を考える上で大きな意味があるんです。

―どういう意味でしょうか?

海部:私たちの銀河系内にある文明を持つ惑星の数を求めるときに、今も色あせない有名な「ドレイクの方程式」(※下記参照)があります。その方程式の項目に、現在の観測でわかっている数値を入れていきます。ところが項目の一つである、「文明の寿命」がいちばんわからない。そこが重要なファクターです。寿命が長ければ観測できる文明の数が増えて、見つかる可能性が高くなる。

 仮に文明が1万年続くとして、ドレイクの方程式で計算すると、我々の銀河系には1000個の電波星があることになります。直径10万光年の銀河系内に1000個の電波星があるとすると、文明間の平均距離は約3千光年と計算できます。

 現在、国際的に計画中のSKAという電波望遠鏡プロジェクトが実現すれば、1千光年以内の電波星を徹底的に観測することが十分に可能です。3千光年先までの電波受信能力を開発して観測しても、もし電波星が発見できなければ、文明の寿命は1万年以内という結論が導き出されてしまう。

―なるほど。1万年ですか・・・。

海部:今の私たちの地球文明の寿命を考えても、あと1万年続くとはあまり思えないじゃないですか。人類は生態の自然なバランスから脱却して、産業の力だけでエネルギーや炭酸ガス、廃棄物等を増大させてきてしまった。地球人が自分の産業文明を制御できるかどうかが、今一番の問題です。他の電波星を調べてもし見つからなかったら、文明は1万年続かないという可能性がかなり出てくる。それって、コワイことでしょう。だから宇宙は結局は、人間を見る鏡なんですよ。

―他の電波星を探すことで、自分の文明の未来について思いを巡らすということですね。

海部:ぼくらがなぜ科学をやるかというと、面白いからですよ。でも知ることによって結局、自分に戻ってくる。自分とは何だろう、我々の将来は何だろうと、人間は理解したい動物なんです。

ぼくらの若い頃、未来はバラ色だった。科学が進めば素晴らしい世界が生まれるだろうという期待感を持っていました。でも今は成長の限界が見えてきて、その先が見えない「曲がり角」に来ています。でもその限界は、しゃにむに産業を進める今のシステムを前提とした限界です。それをどう乗り越えるか。地球の中で賢く生きる文明を編み出さないといけない。逆に言うと、それを乗り越えるのは科学しかない。だったら科学って以前よりずっと大事ですよね。

※ ドレイクの方程式・・・1960年代、アメリカの天文学者フランク・ドレイク博士が提案したもので、銀河系内で文明を持つ惑星の数を求める、わかりやすい方程式。


ドレイクの方程式

N : 銀河系内で電波交信を行う文明を持つ惑星の数
Ns : 銀河系の恒星の数 = 1000億個
R : 文明を持つ生命を生み出す条件を持つ恒星の割合 = 0.1
fp : その恒星が惑星系を持つ割合 = 0.1
ne : その惑星系の中で生命を生む環境を持つ惑星の数 = 1
fl : その惑星で実際に生命が誕生する確率 = 1
fi : 生命を持つ惑星の中で知的生命が誕生する割合 = 1
fc : 知的生命が強い電波を出すまでになる確率 = 1
L : そのような文明が存続する時間 = L年
Lg : 銀河系の寿命 = 100億年
各項目の右端に、おおよそ現在の観測でわかっている数値を入れてある。
その結果、N0.1L個となる。仮に文明の寿命L1万年とすれば、我々の銀河系内の文明を持つ惑星(電波星)は1000個となる。
海部教授によれば、知的生命が誕生する割合fi1とするのは、やや楽観的かもしれないとのこと。