コラム
前のコラム 宇宙でもメタボ?…
次のコラム ISSが3人体制から…
2008年 9月分 vol.2
映画「ザ・ムーン」-アポロ飛行士が今、明かす想い
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


アポロ8号が撮影した、「地球の出」。1968年12月24日のクリスマスイブに撮影。地球人類への最高のクリスマスプレゼントになった。(提供:NASA)  映画の冒頭は、皺だらけの男の顔のアップで始まる。「私の知っている月は二つある。地上から眺める月もなかなかいい。でも時々もう一つの月が目に浮かぶ・・・本当にあそこに行ったんだ」。男の名は、マイク・コリンズ。アポロ11号で一人司令船に残ったことから「宇宙で最も孤独な男」と呼ばれた。そのせいか、マスコミにほとんど姿を現さない。だが、この映画で彼は雄弁だ。月周回中はむしろ独りを楽しんでいたことさえ率直に語る。

 1969年の人類初の月面着陸から40年となる2009年1月、10人のアポロ飛行士のインタビューと、NASA初公開の蔵出し映像満載の映画「ザ・ムーン」(原題:In the shadow of the moon  提供、ロン・ハワード、監督デイヴィッド・シントン)が日本で公開される。その試写会が9月12日、六本木ヒルズで行われた。

 映画の見所は大きく二つ。まず、月から地球を眺めたアポロの宇宙飛行士24人のうち10人が登場している点。すでに亡くなった飛行士もいる中で、アポロ計画指揮官の助けを借り、70歳を越える飛行士たちが再会し、40年前を振り返る。彼らは弱さを隠さない。例えばアポロ12号のアラン・ビーンは「自分は怖がりの宇宙飛行士。宇宙船の窓が割れれば死ぬ、と常に怖かった」といえば、マイク・コリンズは「すべてがもろい鎖でつながれて、鎖が一つでも切れたらダメになる」と当時の不安な気持ちを吐露するのだ。

 もう一つは、NASAの蔵出し映像。アポロ時代の映像は約40年間、液体窒素で冷却保存されていた。ところが2005年にNASAが当時の映像を高画質のビデオに保存しなおす作業に取り掛かる際に、すべてのデジタル映像を映画製作者に提供してくれたという! 1万本の16ミリフィルムから選りすぐった貴重な実写は、どれもホンモノ。たとえば、アポロ11号が月面着陸する際のミッションコントロールセンター。地上のキャプコム(交信担当)、チャーリー・デューク飛行士とアームストロング船長の緊迫した交信の様子、フライトディレクター、ジーン・クランツの渋さ(アポロ13でクランツを演じたエド・ハリスにそっくり!)は必見。アポロ宇宙船の模型を、木で作っているのも時代を感じさせる。

 見終わって感じたのは「月への旅は、地球への旅に他ならない」ということ。月の砂漠は荘厳だとか、いや、月は危険で我々を歓迎していないようだとか月への意見は様々だ。でも彼らに共通する想いは「地球があまりに美しいこと」、「地球で生きていることのありがたさ」だった。たとえばある飛行士は、地球に帰ってから、天気も渋滞も平気になって、文句を言わなくなったという。「天気があるだけマシだ!」と。月まで行って、そんな当たり前のことを? と思うかもしれない。でも人類未踏の宇宙プロジェクトに挑戦し、死の恐怖や不安と戦った彼らほど、地球での日常のかけがえのなさを実感した人はいないはずだ。

 それにしても、この映画の製作者が羨ましくてたまらない。蔵出し映像に、アポロ飛行士へのインタビュー。誰も見たことのない映像を見て、誰も聞いたことのない話を最初に聞くときの興奮・・メイキングフィルムも見てみたい。映画の公開はまだ先だが、配給会社では公開に向けてビッグなイベントも計画中のようなので、期待しよう。