コラム
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2008年 12月分 vol.1
地上の宇宙「南極」で医学実験
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


宇宙ステーションのロシアモジュールの個室。後ろの寝袋に入って眠る。窓からは45分ごとに日の出と日の入りが訪れる。宇宙では睡眠障害を起こす飛行士もいるようだ。(提供:NASA)  地球上で宇宙ステーションに最も近い場所はどこだろう。真空や無重力という環境は滅多にないが、日照リズムが異なり、隔離された極限環境という意味では、潜水艦や南極基地は宇宙での生活と似ている点が多い。

 たとえば宇宙と南極では、健康管理について、3つの共通点がある。まず日照変化。宇宙ステーションは90分で地球の周りを一周するため、45分ごとに昼と夜が訪れる。一方、南極では季節によって日照時間が大きく変動する。夏は一日中太陽光のある白夜、冬は太陽光のない極夜。人間の体内リズムは毎朝明るい光を浴びることで24時間周期になっているため、宇宙でも南極でも睡眠に変調をきたす人がいるそう。

 二つ目に運動トレーニングの必要性。重力のない宇宙では骨や筋肉が弱くなりやすいために毎日約2時間の運動が義務づけられている。南極でも極夜の期間は野外の行動が制限されるため、慢性的な運動不足になりやすい。昭和基地にはランニングマシーンやダンベルなどの運動器具を備えてはいるが、特に運動を義務づけてはいないらしい。

 そして三つ目が入浴が制限されること。宇宙ステーションにはお風呂もシャワーもない。南極の昭和基地にはお風呂があるが、昭和基地から「ドームふじ」まで雪上車で移動中は数ヶ月入浴が制限されるため、皮膚を綺麗に保つ技術が必要になる。宇宙では細菌の毒性が強くなった事例も報告されている。

 宇宙と南極の生活で共通点があることから、JAXAと国立極地研究所は、上の3テーマについて第50次日本南極観測隊員(2008年12月~2010年春)で共同研究を実施することになった。睡眠については若田飛行士が宇宙で使うのと同じホルター心電図などを使って計測、運動については電気刺激を加えたハイブリッドトレーニングを実施、衛生については特殊なシートで皮膚の常在菌を調べたり生活環境のダストサンプリングなどを行う。

 向井千秋飛行士は「宇宙でのトラブルには睡眠不足が関わっているケースがある。地上でもシフトワークをしている人たちは多く、睡眠の研究は役立つ。」と指摘。一方、過去6回南極観測隊に参加した、国立極地研究所の渡邉研太郎博士は「南極は2月頃から日が短くなっていき、隊員達は精神的に落ち込んでいく。極夜の6月前後にあえてお祭り騒ぎをして気分を盛り上げたり食事を規則正しくとるようにしたりしている。医師はいるが、睡眠や運動、衛生について包括的なデータは得たことがなく研究に期待している」と言う。

 「南極と宇宙、似てますか?」と渡邉博士に聞くと「90分で一周という明暗サイクルは南極より厳しいね。それに南極は外に出れば氷山に触れるけど、宇宙じゃそうはいかない。南極を訪問した毛利飛行士に『南極行くより宇宙のほうが近いよ』って言われて宇宙に行ってみたいとは思うけど、地に足がつかないからね~」と笑った。

 宇宙や南極でなくても、眠れなくて運動不足で…という生活をしている人は多いのではないだろうか。ストレス社会に生きる私たちにも大いに関係する研究になりそうだ。