コラム
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2009年 4月分 vol.2
自己増殖を続ける「宇宙ゴミ」を掃除せよ!
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


 使い終わった人工衛星やロケットの破片などの宇宙のゴミ・スペースデブリが今、問題になっているのをご存じの方は多いだろう。しかしデブリ同士が衝突し、さらに小さなデブリを増やす「自己増殖」が始まっていることをご存じだろうか? たとえば、2009年2月に起こった米ロの衛星の衝突事故。地上から追跡可能な大きさのものだけでも800個(2009年3月末時点)を超えるデブリを増加させてしまった。事態は想像以上に深刻なのだ。ではどうしたらいいのか? ゴミなら掃除。宇宙空間を「おそうじ」するしかない! と、「おそうじロボット衛星」の研究を進めるのが、JAXA未踏技術研究センターの河本聡美さんだ。

おそうじロボット衛星のイメージ。ターゲットとなるデブリにアームを延ばしてしがみついて、テザーをのばし、大気圏に一緒に突入する。(提供:JAXA)

 河本さんは、2月の衛星の衝突事故のニュースを聞いたとき「ついに起こったな」と感じたという。宇宙には今やカタログ化(軌道がわかっているもの)されているデブリが1万4千個以上、追跡不可能なセンチ単位のデブリは50~60万個、ミリサイズになれば1億個を超えていると考えられている。センチ単位のデブリでも高速で飛行するため衛星に壊滅的なダメージをもたらす。

 カタログ化デブリの衝突は既に3例あり、観測できないがデブリ衝突が疑われる事例は20例以上、ISSやシャトル、回収衛星に発見された微小デブリの衝突は何百、何千と報告されている。近いうちに膨大な数のデブリを発生させる「カタストロフィックな」衝突が起こるに違いないと世界の研究者たちが言っていたところに、今回の衝突事故。ISSの飛行士達は緊急避難ですんだものの、対策をたてなければ、いつか致命的な被害が起こりかねない。

宇宙のデブリ掃除を研究して約10年。河本聡美さん。手に持っているのが、広島の漁網会社に開発してもらった、宇宙用テザー。1本のテザーだとデブリがぶつかって切れることもあるため、3本にしてわざとたるませている。  JAXAではデブリの「観測」「防御」「発生防止」などに取り組んでいる。デブリがどこにあるかを正確に把握し、被害を防ぐために衛星に防護策を施す。でも「自己増殖が始まったら、唯一の解決方法はデブリを除去することです」と河本さんはきっぱり。つまり「おそうじ」だ。実は河本さんは過去10年近く、おそうじロボット衛星の研究を続けている。

 でもどうやって掃除するのだろう? 宇宙でのお掃除は、宇宙の巨大なゴミ焼却炉にゴミを運ぶこと。つまり大気圏にゴミを落とすことだ。落とす方法として、河本さんたちが考えているのは「テザー」と呼ばれる長いひもを取りつけること。専門的には「導電性テザー」というもので、電気的な力で自動的にデブリにブレーキをかけて、デブリの速度を落とすことで軌道を少しずつ下げ、約1年で大気圏に再突入させるというシナリオだ。

 テザーをデブリに取りつけるのは難しいので、まず考えているのは「おそうじロボット衛星」もろとも大気圏に落ちる案。目ざす大型デブリに近づき、おそうじ衛星から捕獲用のアームを延ばしてしがみつく(上図イラスト参照)。その後テザーを数kmのばして、衛星とおそうじロボ衛星が徐々に高度を下げ、共に大気圏に落ちる。今はまず、このストーリーの「肝」となるテザーの開発を行っている。2012年にテザーの実証実験を行うのが目標だ。

開発中の導電性テザー。結び目がない。打ち上げの時はまいていって宇宙で数km以上延ばすため、結び目がないほうが軽くてかさばらない。  これまで10年、デブリのお掃除を考え続けてきた河本さん。「将来、日本がデブリ除去で活躍できるよう、産業界からも期待されています。難しいことだらけだけど、チャレンジングでやりがいがあります。デブリがぶつかっても切れないテザーにするために、日本の漁網会社に作ってもらっているんですよ」。

 えっ、漁網? さっそく見せてもらうと、結び目がなくてかさばらない、スグレモノだ。「無結節網というんです。水の抵抗は少ないし魚が傷つかない。日本の素晴らしい技術です。宇宙用のを作ってとお願いしたら、宇宙? 面白そうですねと協力してくれて」とにっこり。2020年頃には小型のおそうじ衛星を実現させ、次に一つの衛星で10個ぐらいお掃除する衛星も実現させたいそうだ。宇宙で漁網がお掃除するところ、ぜひ見てみたいものですね。

スペースデブリの研究 デブリ除去システム (デブリをおそうじする様子を動画で見られます) 新しいウィンドウが開きます
http://www.ard.jaxa.jp/res/adtrg/debris/a03_01.html