コラム
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2009年 8月分 vol.1
宇宙からの電話―管制責任者が語る長期滞在イイ話
ライター 林 公代 Kimiyo Hayashi


「きぼう」完成時の運用管制室。中央がリードフライトディレクターの中井真夫さん。「若田さんが日本に帰られたら感謝の気持ちを伝えたい」とのこと。(提供:JAXA)  着陸4時間後に、しっかりした足取りで記者会見に参加。長期滞在というフルマラソンを全力で走った若田光一飛行士はゴール後も余力を残していた。4ヶ月半もの宇宙滞在直後の記者会見に参加した宇宙飛行士はNASA飛行士にもいない。「びっくりしました」と関係者は驚きの念を隠さない。長期滞在中の若田さんをもっともよく知る人間の一人、つくば宇宙センターの運用管制チームのリードフライトディレクター中井真夫さんは着陸後の記者会見で、若田さんに「学ぶところが多かった」と感慨深く語った。

 たとえば、冷静で確実な仕事ぶり。宇宙飛行士の作業の前には、作業の手順を書いた「手順書」を地上から宇宙に送る。その中で曖昧な記述があると、即座に「この理解で正しいですか?」と若田さんから確認が入る。曖昧さを残さない。「確実に任務を遂行する」ことを徹底的に学んだという。

 そして驚くのは、運用管制室に宇宙の若田さんからたびたび直接電話がかかってきたという事実。国際宇宙ステーションと管制室には衛星回線を使った交信用のルートがあるが、日本だけでなく他国も使うので占有できない。たとえばトラブルがあったときなど、若田さんから電話がかかってくる。英語で伝わりにくいところを日本語で「こういうことだったんだよ」と詳細を教えるためだ。電子メールも駆使し「まるで宇宙と地上との距離感を感じることがなかった」と中井さんは言うほど、宇宙と地上の管制チームのチームワークを密に作り上げていってくれたそうだ。

 実は、7月に若田飛行士が行った日本実験棟「きぼう」船外プラットフォームの取り付け作業などの細かい手順やアーム操作の担当者は、若田飛行士の3月の打ち上げ前には決まっておらず、地上で十分な訓練を行うことができなかった。そこで「宇宙でアーム作業のデモンストレーションをしたり、最終手順書を地上と確認しあったりして宇宙で訓練を続けた」という。訓練不足を宇宙で補い、複雑な作業を成功に導いた。まさにロボットアーム操作の第一人者である若田飛行士ならでは。

 そんな若田飛行士が長期滞在中、「こんなに嬉しい日はない」と語ったのは滞在100日目。「きぼう」運用管制室に集まった約100人の運用関係者と約20分間、滞在100日を祝った交信を行ったのだ。日頃は宇宙との交信に直接携わる事のない裏方メンバーとも会話し、若田飛行士は本当に喜んでいたという。チームワークを何より重視する若田さんらしいエピソードだ。

 着陸会見後、「どうして若田さんはあんなに帰還後も元気に会見に出られたんでしょう?」と中井さんに聞いてみた。「滞在中、2時間半の運動を一日も欠かさなかったこと。宇宙日本食をしっかり食べたこと、それと責任感が強く意欲的な彼の性格が大きいんじゃないですかね」とのこと。激務の中、毎日2時間半の運動を欠かさないとは並大抵ではない(結構さぼる宇宙飛行士もいるらしい)。徹底した自己管理、そしてチームワーク強化が長期滞在大成功の鍵かもしれない。