コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.3
おおいぬ座の一等星シリウスに隠されたミステリー
おおいぬ座全景(筆者撮影)  毎年、星好きの人から年賀状をいただくのですが、今年の年賀状の中には、かなり高い確率でおおいぬ座がデザインされていました。今年の干支は犬ですから、犬にちなむ星座であればどれでもいいのですが、全天で三つあるうち、おおいぬ座はもっとも有名です。星座を作る星たちを結ぶと、本当に犬の形に見えてきますし、その上、その口元にはなんといっても全天一明るい一等星シリウスが輝いているからです。

 今の季節なら、日が暮れて夜になった南の空を仰げば、オリオン座の東側に、青白く輝くシリウスを誰でも見つけることができます。その輝きは、東京のような都会でも簡単に見つけることができるほどです。

 シリウスが明るいのは、恒星として温度が比較的高く、もともと太陽の数倍の明るさで輝いていることに加えて、たまたま近い距離にあるからです。シリウスまでの距離は、8.6光年と、知られている恒星の中では9番目に近いのです。そんな明るさ故 に、シリウスは昔から注目されてきました。太陽がおおいぬ座の北あたりにやってくると真夏になりますので、昔はシリウスの輝きと太陽の輝きが相まって暑くなる、といわれていました。夏の暑い日のことを、英語で Dog Day というのは、その名残です。シリウスは、ギリシア語で”焼き焦がすもの”という意味なのです。日本では明るく大きく、そして青白く見えることから「大星(おおぼし)」あるいは「青星(あおぼし)」 と呼ばれていました。中国では「天狼星(てんろうせい)」とされています。

 そんなシリウスについて、長い間ミステリーとされていることがあります。青白く見えるシリウスが古文書では「赤い星」とされているのです。紀元前800年から1400年頃にわたって現れる西洋の多くの文献で「赤い」とされているのです。ローマの詩人セネカは「火星より赤い」と述べていますし、プトレマイオスも大著「アルマゲスト」の中で「赤い」という形容詞を用いています。青白い星がどうして赤いとされていたのか。これが「シリウス・ミステリー」といわれている謎なのです。

 シリウスには白色わい星という、星の亡骸の伴星があります。これが当時は、まだ赤色巨星という種類の星だったために赤く見えたのではないか、という説があります。しかし、この白色わい星は少なくとも1千万年以上は経過していると考えられていますので、数千年という短時間に白色わい星になったとは天文学的にとても考えられません。

 第二の説が、シリウスとわれわれの間を、たまたま小さな濃い星雲が通過したというものです。雲の中では、塵によって青い光が選択的に吸収されますから、シリウスは確かに赤くなるでしょう。ただシリウスそのものも暗くなってしまうという難点があります。

 第三の説として、見る側の人間の原因で「赤い」と記述され続けたのではないか、というものがあります。特にエジプトでは、ナイル川の氾濫を知らせる目安として、日の出直前の東の地平線に顔を出すシリウスを利用していました。地平線近くで見ると青白い星でも、夕日と同じく赤く見えてしまうわけのです。ミステリーに思いを馳せながら、今宵も輝くシリウスを眺めてみましょう。