コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.4
北斗七星
 「夜を帰る 枯野や北斗 鉾立ちに」(山口誓子:やまぐちせいし 1901~1994 俳人)。晩冬から春にかけて北東の地平線から姿を現し、ひしゃくの柄の部分を真っ直ぐにたてながら、次第に空高く上がってくる北斗七星は、とても雄大で、昔から多くの人の心を捉えてきました。
北斗七星(撮影:津村光則)
 星座としては、北斗七星の7つの星を尾と見立て、まわりの暗い星々を加えることで、熊の形に見立てた「おおぐま座」ということになっています。しかし、7つの星の並びの方が明るくて、まとまりがよいために、北斗七星の方が星座名より有名です。なにしろ、北極星を探す目印として、小学校の教科書に載っているほどですので、知名度が高いのは当然でしょう。その形は、水をくむ柄杓(ひしゃく)だけでなく、ふたつのさいころ(目が3と4を示している)と考えた四三(しそう)の星や、船の”舵”と見立てた舵星(かじぼし)などとも呼ばれていました。

参考:北斗七星の現在と20万年後の姿  そんな見事な北斗七星ですが、実はその形は次第に崩れつつあるというと、驚く人がいるかもしれません。星座を形作っている恒星は、どれも太陽系にたまたま近いものばかりです。電車に乗っていると窓外の景色が移り変わっていくのと同じで、太陽も(また相手の星も)動いていますから、地球から見える星座をつくる星たちも、どんどん動いていくのです。ですから、数万年もすれば、北斗七星の形も崩れてしまうわけです。こうした恒星のみかけの運動を天文学では固有運動と呼んでいます。

 ところで、19世紀の天文学者プロクター(Proctor, Richard:1837-1888 イギリス)が、北斗七星の固有運動を調べてみたところ、7つの星のうち、両端の星を除いて5つの星が、ほぼ同じスピードで、同一方向に動いていることがわかりました。これらの5つの星はどうやら兄弟星らしいのです。第二回の「冬空に輝く王者オリオン :青白き若き星たち」でも触れましたが、星たちはしばしば同一の星雲から一緒にたくさん生まれてきます。

 生まれた星たちは、しばらくは密集した星の集団、すなわち星団として輝くのですが、もともと同じ雲から生まれてきますので、その母親の雲の運動方向に、生まれた星たちも一緒に動いていきます。母親である雲が吹き払われると、やがて星たちはスピードや方向のごくわずかな違いによって、次第にまばらになっていきます。まるで親から離れて一人立ちしていく子供のように、星団の星たちはバラバラになっていき、いずれは多くの他の星たちに紛れて、兄弟姉妹は全くわからなくなってしまいます。北斗七星の真ん中の5つの星は、ちょうどバラバラになりかけの兄弟星ということなのです。この5つと兄弟を含めて、他にも数十個ある兄弟星は、まとめておおぐま座運動星団と呼ばれています。

 いずれにしろ、北斗七星がひしゃくの形に見えるのは、ここ数万年の間だけということになります。たまたまそんな時期に巡り合わせた幸せをかみしめながら、春の夜空を飾る北斗七星を眺めてみませんか。