コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.5
彗星、地球に大接近
 長い尾をたなびかせながら、夜空に輝く天体。ほうき星とも呼ばれる彗星です。われわれの太陽系には、惑星以外にも小さな天体がたくさんありますが、中でも彗星は、とても変わり者です。大きく歪んだ軌道をもち、太陽に近づいたり、遠ざかったりします。もともと氷が主成分の天体ですから、太陽に近づいた時には、氷が融け出します。そのときに氷に含まれていたガスやちりが、太陽の影響で、太陽と反対側に流れ出していくように見えます。これがほうき星の尾の正体です。

 また、彗星が太陽に近づくタイミングによっては、地球にも近づくこともあります。地球に近づけば、尾を引かないような小さな彗星でも、明るく見えます。4月から5月にかけて、そんな彗星のひとつが地球に近づき、明るくなると予想されています。シュヴァスマン・ヴァハマン第3彗星(SW3)という彗星で、5月12日には地球に0.08天文単位(※)にまで大接近し、肉眼でも見えるかもしれないと期待されています。

シュヴァスマン・ヴァハマン第3彗星(SW3)(中央右側)観測日:2006年1月10日(UT)観測者 : 森 淳(西はりま天文台)
井垣潤也(兵庫県立大学) 望遠鏡 : なゆた望遠鏡 (口径2m) 観測装置 : 可視光撮像装置 フィルタ : Rバンド 露出時間 : 300秒×5  SW3彗星は、1930年にドイツのシュヴァスマンとヴァハマンによって発見されたかなり小さめの彗星です。約5.4年で太陽を一周しますが、歪んだ軌道のため、外側は木星の軌道付近まで達しますが、近づくときには地球の軌道よりも内側にまでやってきます。そのため、彗星が帰ってくるタイミングによっては、地球にも大接近します。1930年の発見時にも、地球に0.06天文単位にまで接近していました。ただタイミングが合わないと、彗星そのものが小さいこともあって、なかなか見えません。そのため1979年に再発見されるまで実に半世紀にわたって、行方不明となっていた謎の彗星なのです。

 この彗星の謎は、それだけではありません。1995年の回帰時には急激に明るさが上昇し、その後、彗星本体である核が3つに分裂しているのが観測されました。彗星本体である核の主成分は氷ですし、太陽に近づくたびに蒸発してやせ細っていきますから、分裂というのは彗星でしばしば見られます。しかし、分裂の仕方も様々で、すべての破片が消失してしまうような例から、いくつかの核がそれぞれ独立の彗星となって輝き続ける例まで様々です。SW3彗星の場合、どうもその中間タイプらしく、2000年の回帰時には、3つのうち2つが生き残っていた他、その後に分裂してできたらしい新しい破片も発見されました。つまり破片が破片を生むという具合に、どんどん分裂を繰り返しているらしく、最大の核(C核)を除いて、どれがどの破片か対応がわからなくなっているような状況です。もしかすると、今回も皆さんが眺めている最中に再度、分裂するかもしれません。

 SW3彗星が地球最接近を迎える5月中旬頃には、月明かりがあるので、彗星のようなぼーっとした天体は見えにくくなります。できれば4月末から5月の連休頃、月明かりのない頃に、夜空のきれいな場所で探してみましょう。東の空から上ってくる一等星・織姫星(こと座のベガ)と頭上に輝く一等星・うしかい座のアークトゥルスの間を、双眼鏡で眺めてみてください。最大のC核であっても、もともと小さい彗星なので壮麗な尾は期待できませんが、それでもぼーっとした雲のような彗星の姿を眺めることができるでしょう。夜空がきれいな場所であれば、肉眼でも見えるかもしれません。

 余裕があれば、大接近の5月中旬の頃にも眺めてほしいものです。なにしろ2時間ほどでお月様一個分の距離を移動しますから、双眼鏡で見ていると、じわじわと彗星が東に動いていく様子がわかます。まさに宇宙がダイナミックに動いていることが体感できるでしょう。ぜひ、自分の目で、この謎に満ちた彗星を眺めてみてください。なお、国立天文台でも、連休中に「謎の彗星見えるかな?」キャンペーンを行いますので、参加してみてください。


※注:1天文単位とは、太陽と地球との間の平均距離で、1億5千万kmです。

「謎の彗星見えるかな?」キャンペーン ―国立天文台―
http://www.nao.ac.jp/phenomena/20060502/index.html