コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.7
宇宙の遠距離恋愛 ー七夕ー
 7月7日は七夕(たなばた)ですね。天の川の両岸に離ればなれになった織姫が、天の川をわたって彦星に会うという、年に一度のデートの夜です。天空の大河である天の川をはさんで、年に一度しか会えないなんて、と「宇宙の遠距離恋愛」に思いを馳せる方は多いでしょうね。でも、ちょっと考えてみると、それほど心配することもないようです。1年に一度という頻度も、人間の感覚にするとずいぶん待ち遠しいものですが、星にとっては実はなんでもない時間なのです。

ベガ,アルタイルからいて座の天の川
撮影者:栗田直幸 撮影日時:1998年7月4日 撮影地:富士山須走口五合目  織姫星も彦星も、どちらもまだ若い星で、天文学的には数億歳。どちらの星も10億年程度は生きるので、人間に比べれば永遠に思えるくらい長い寿命です。そんな長寿の星にとって、1年というのは実は相当な頻度だ、というのがおわかりいただけるでしょう。例えば、星にとっての10億年の寿命を百歳まで長生きする人間の寿命に換算してみると、その頻度はなんと3秒に1度。これじゃぁ、ほとんどいつも一緒にいるのと同じですよね。

 もちろん、二つの星の間の距離は15光年。すなわち光が15年もかかって届く距離です。これは日常生活に馴染みの単位kmで表すと、なんと約150兆kmに相当します。まぁ、これも人間の感覚で言えば、遠いなぁと思うのですが、無限大の宇宙からすれば、お隣通しということになるのでしょうね。

 さて、七夕の日が近づくと、国立天文台にも、これらの七夕の星が何時頃どのあたりに見えるのか、という問い合わせも多くなります。それほど七夕伝説は、あまたある星の神話の中でも、日本では特に定着しているということでしょう。主役は織姫星と彦星は、西洋では、それぞれこと座のベガとわし座のアルタイルと呼ばれる一等星。どちらも明るいので、都会でも時間と方向さえ間違えなければ、割と簡単に見つけることができます。もちろん空の暗いところでは、二つの星を分かつように天の川が流れているのですが、さすがに都会では見ることができません。

 それどころか例年の7月7日には、なかなか星そのものも見えないことが多いようです。というのも九州から東北までの平年の梅雨明けは7月中旬で、まだ梅雨明け前なのです。ただ江戸時代には、七夕の夜には、笹飾りにお願い事をして、庭先に飾り、実際に天の川の両岸にある織姫、彦星を眺めていました。どうして昔は晴れたのでしょうか。

 これは、ちょっと説明が必要ですね。もともと七夕の行事は旧暦の7月7日に行われていたからなのです。昔の暦(いわゆる旧暦)での7月7日は、現在の暦ではおよそ7月下旬から8月中旬頃に相当するのです。もし旧暦を使っていれば、七夕の夜には梅雨が明け、天候が安定しているので、星を眺めながらの夕涼みには絶好となるわけですね。

 昔の暦は明治5年に廃止され、日本は現在の太陽暦を用いていますので、昔流の月に準じた暦というのは、公式には存在しませんが、天候や夏休みの関係もあって、七夕の行事を8月上旬のいわゆる「月遅れの行事」として行う地域も多いようです。国立天文台では、やはり本来の七夕の日に、星空を見上げて欲しいという思いを込めて、かつての月に準拠した暦を考慮して七夕の日を宣伝しようと、「伝統的七夕」というキャンペーンをはじめています。昔の流儀に従って、二十四節気の中の処暑よりも前で、処暑に最も近い朔(つまり新月)の時刻を含む日を基準として、その日から数えて7日目を伝統的七夕と定義し、その前後に、各地でライトダウンや星空に関するイベントを呼びかけています。実際、国立天文台の施設がある石垣島などでは、町を挙げての星祭りが、この伝統的七夕にあわせて行われています。さすがに南国の島にはまだ暗い夜空が残っているのでしょう、ライトダウンを行うと、それまで見えなかった天の川がくっきりと見えるそうです。ちなみに今年の伝統的七夕の日は7月31日。

 織姫星がほとんど頭の真上を通過するのは午後8時30分から9時頃となります。その時刻には、南東の方向、やや低いところに牽牛星が輝いているはずです。ちょうど夏休みですし、ぜひ今年の七夕はみんなで、あるいは家族で夜空を見上げ、宇宙の遠距離恋愛の主役たちの輝きを眺めてみてください。