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星影という言葉を知っているでしょうか? ちょっと古い人なら演歌のヒット曲「星影のワルツ」、あるいはジャズの「星影のステラ」あたりを思い浮かべるかもしれないですね。星影という言葉は、もともと雅語に属する古い言葉で、「星の光」を意味します。光があるところには必ず影がありますから、その連想で星影=星の光という言葉が生まれたのでしょう。
そんな微かな星の光ですが、本当に影ができることがあります。よく知られているのは、太陽と月を除いた時に最も明るい天体である「金星」です。読者の中でも、天文歴が長い人なら、金星が最も明るく輝く、最大光輝の時期に、影を見たことのある人がいるのではないでしょうか。金星は、地球より一つ内側の軌道を持つ惑星なので、太陽からあまり離れることがなく、明け方の東の空か、夕方の西の空に輝きます。明け方の金星を「明けの明星」、夕方の金星を「宵の明星」と呼んでいます。明けの明星の場合は、夜明け前の暗い時、地平線から上ったばかりの頃、宵の明星の場合は逆に夕闇が消えて、西の地平線に沈みかけた頃、それぞれ白い紙の上に手をかざしてみると、金星の光で影ができているのがわかります。
いま金星は、明けの明星なのですが、夜明けも早いのでなかなか条件が良くありません。来年の春頃になると、宵の明星として西の空に回ってきて、夕闇が去った後にもまだ地平線から高いところで輝いていますので、試してみるといいでしょう。
ところで、金星以外にも地上に影を作る天体があります。それはなんと、あの天の川です。いまやなかなか見ることができなくなった天の川って、それほど明るいのでしょうか? 疑問に思う人もいるでしょう。実は、私自身も、ある方から「南半球に行ったときに、天の川で影ができた」という話をお聞きした時に、本当かな、と思ったほどです。
天の川の中でも最も明るい部分は、夏に見えるいて座の方向となります。天の川は、もともとわれわれ太陽系が含まれる2000億個もの星の大集団、天の川銀河(銀河系)を横から見たものです。天の川銀河は目玉焼きのような形をしていて、中心部がやや膨らんだ黄身、それを平べったい円盤部分の白身が取り囲んでいます。われわれ太陽系が白身の端の方にあるので、そこから眺めると夏のいて座からさそり座の天の川の方向、つまり黄身の方向が太く明るく見えるわけです。
いて座は、日本からだと南の地平線に近いので、なかなか空高く上がりませんが、これが南半球の中緯度では頭の真上にやってきますから、確かに影は作りやすいでしょう。天の川の明るさの分布を調べてみると、最も明るい部分は一平方度あたり、10等星が600個から700個あるのに相当します。その領域の広さ分をかけ算して、全体の明るさを出してみると、10等星が約11万個分となります。これは恒星の明るさに換算するとマイナス2.6等に相当します。実際には、天の川は前後にもっと星がありますので、少なくともこれよりは明るいことになります。確かに、マイナス2.6等は、金星に比べれば5~6分の1ですが、相当に明るいことには間違いありません。もともと、金星の場合は地平線に近いという悪条件の中での影ですから、天の川が真上に来るような場所では影ができるのも不思議ではないわけです。
こんな机の上だけの計算でいい加減なことを紹介している、といわれても癪ですから、実は2年ほど前にプライベートでオーストラリアの中心部、アウトバックと呼ばれる乾燥地帯に出かけました。たまたま肉眼でも見える彗星がやってきていたので、それを眺めようと思ったのですが、彗星よりも圧倒的にすばらしい星空の方に見とれてしまいました。地平線までほとんど減光のない透明度の高い夜空に、深夜になると天の川の中心部、いて座が真上にやってきました。すると、あたりはほのかに明るくなっていきました。白いシートの上に立つと、ぼんやりとした自分の影が銀河中心と反対方向にできているのがわかります。手をかざして動かすと、それにつれてぼんやりとした手の影が動くのが見えます。確かに天の川で影ができたのです。
最近は天の川そのものを見たことのない人も確実に増えているようです。先日も、星空の取材に来られた雑誌編集者が、「見たことがありません」と申し訳なさそうに漏らしていました。影さえも作るほどの明るく見やすい天の川が見える時期ですので、ぜひ天の川の星影を眺めてみませんか。
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