コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.11
最小の惑星:水星ウォッチに挑戦
 水星を見たことがあるでしょうか? ある、と自信を持って答えられる人はかなりベテランの天文ファンでしょう。それほど水星は肉眼で見ることができる5つの惑星の中では、最も目撃者が少ない惑星です。

参考:金星の日面通過 (提供:国立天文台)  水星を見るチャンスが少ないのはいくつかの理由があります。ひとつは最も太陽の近くを回る内惑星であること。惑星の中でも、地球の外側を回っている外惑星たち、特に肉眼で見える木星や土星、火星は、ある時期になると、太陽と反対方向の深夜の夜空に輝きますから、眺めるのも簡単です。しかし、内惑星は地球よりも内側、太陽に近いところを公転していますから、地球から見て太陽のそばから大きく離れることがありません。

 内惑星が太陽から見かけ上、最も大きく離れているときのことを、最大離角と呼びます。地球のすぐ内側である金星の場合、最大離角の時には太陽から50度も離れ、かつマイナス4等ときわめて明るく輝きますので、明けの明星あるいは宵の明星として誰でも眺めたことがあるでしょう。しかし、水星はさらに内側を回る惑星なので、最大離角の頃でも、せいぜい27度止まりとなり、日没後すぐの西の地平線か、あるいは日の出前の東の地平線の近くにしか見えないのです。金星よりも低い高度ですから、大気が透明であること、低空まで雲がないことなど、水星が見える条件も限られ、チャンスが少なくなるのです。

 さらにいえば、水星では、最大離角の頃でも地平線からの高さが、低いままということがあるのです。水星の軌道面は黄道面に対して7度も傾いているためです。これだけ傾いていると、水星の位置が黄道よりも南側に大きくずれてしまい、結果的に黄道よりも地平線側になってしまうことがあります。こうなると地平線からの高度がかせげなくなってしまいます。この効果は、緯度が高くなればなるほど大きくなります。というのも高緯度地方ほど、黄道が一般に地平線に対して寝てしまうからです。

 そんなこともあって、地動説を唱えたコペルニクスは、生涯に一度も水星を見たことがない、という噂があるほどです。これもコペルニクスが活躍したのがポーランドという緯度の高い場所だったからでしょう。(ただ、コペルニクス研究の世界的権威:ハーバード大学のジンジャーリッチ博士の話では、これは単なる噂のようです。確かに彼の記録には「ぜひ観測したい、と思ったときに水星を観測できなかった」という記述があるものの、生涯一度も見たことがないというのは、あくまで後世にできあがった話で、おそらく水星を見たことがあるだろう、と考えているそうです。)

 水星が見えにくい、もう一つの理由は、水星のそのものが直径約5千キロメートルと小さいためです。冥王星が惑星からわい惑星(仮称)となった今、8つの惑星の中では最小の惑星で、これだけ太陽に近くても結果として暗いわけです。最大離角の頃にも、その光度は0等程度で、これは外惑星の土星とほぼ変わりません。真夜中の真っ暗な夜空、高くに輝く0等の土星と、地平線すれすれで薄明の明かりの下で輝く0等の水星では、見やすさはおのずと異なってくるのです。

 ところで、内惑星には外惑星にはない現象が起こり、シルエット姿を眺めることができます。ときどき太陽と地球のちょうど中間にやってきて、太陽面上を通過していく、太陽面通過あるいは日面通過という現象が起きるのです。水星がシルエットで見える太陽面通過は、11月9日早朝に起こります。日の出の時には、すでに太陽に深く入り込んでいて、午前9時には終わってしまいます。太陽を観察する特殊な装備を施した望遠鏡が必要となりますが、珍しい現象ですから、事情が許せば、ぜひシルエット姿の水星を観察してみたいものです。日本で見える水星の太陽面通過は2003年以来3年ぶりとなるのですが、次に見えるのは2032年となってしまいます。ちなみに金星の場合はさらに珍しく、次回は2012年の予定なのですが、その次は2117年までありません。

 さて、11月9日に太陽の表面を通過した水星は、明け方の東の地平線に姿を現すようになり、11月25日には最大離角となります。その前後一週間は明け方の東空で水星を眺めるチャンスです。特に秋から冬にかけては、一般に大気の透明度がよくなり、高気圧が大きく日本列島を覆うことも多く、地平線まで晴れ渡るような天候にも恵まれます。そんな時こそ、光り輝く水星を観察するチャンスですから、ぜひ地平線近くの輝く水星を探し出してみてください。シルエット姿と光輝く姿、その両方を眺めるのは貴重な経験となるでしょう。


AstroArts 水星の日面通過予報図
http://www.astroarts.co.jp/special/20061109transit_mercury/index-j.shtml