コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.12
アンドロメダ座に浮かぶ雲の正体
 晩秋の夜の天高く、四つの星がやや歪んだ四辺形をなしているのがわかるでしょう。秋を代表する星座、空を駆ける白馬ペガススの姿で、ペガススの四辺形と呼ばれています。目立つ星の少ない秋の夜空では、最も目立つ星の並びです。四辺形はペガススの胴体で、そこからいるか座に向かって3つの星が長い首となり、さらにいくつかの星がはくちょう座に向かって二本の前足となって伸びています。そのように星を繋いでいくと、なるほど馬の形に見えてくるから不思議です。

アンドロメダ銀河:M31(東京大学理学部 木曽観測所撮影)  ところが、このペガススは後ろの部分の胴体がありません。四辺形の一番北東の星は、実はアルフェラッツと呼ばれるアンドロメダ座のアルファ星なのです。アンドロメダ座という星座は、ギリシア神話で、エチオピア王室のお姫様です。絶世の美女だったアンドロメダを妬んだ海の妖精たちが、エチオピアへ化け鯨を差し向けたため、生け贄にささげられ、鎖につながれていたところを、勇者ペルセウスに助けられます。星座では助けられる前の、鎖につながれた姿に見立てられています。アルフェラッツは、アンドロメダ姫の頭に相当し、四辺形からペガススの頭とは逆に伸びる星の並びが、お姫様の形に見立てられています。

 美しい星空のもとで、このアンドロメダ姫のちょうど腰のあたりをよく見ると、なにやらぼーっと雲のようなものが浮かんでいることに気づくでしょう。これが、月の直径の3倍以上もあるアンドロメダ座の大銀河です。以前から、その存在はよく知られており、まるで雲のように見えるので、かつてはアンドロメダ大星雲とも呼ばれていました。ちょっと天文通の人なら、M31とも呼びます。Mというのは、フランスの天文学者シャルル・メシエの頭文字で、彼がつくった星雲状天体のカタログの31番目という意味です。もともと、同じく雲のように見える彗星を捜索する必要上、邪魔になる天体ということでリストアップしたのですが、そのおかげでアンドロメダ大星雲のように明るい星雲状天体は、メシエ・カタログに網羅されることになったのです。それらの天体はメシエ(M)天体と呼ばれています。

 ところで望遠鏡の性能がさらに良くなってくると、これらの星雲の中に形状の定まらない、本当に雲のようなものと、円盤状あるいは渦巻き状のパターンを持つものとがあることがわかってきました。19世紀になると、これらの雲は基本的にまったく別種のものなのではないか、という疑問がわいてきたのです。当時は、われわれの太陽が属する銀河系の大きさもよくわかっていませんでしたが、それでも天の川の星の分布から、われわれは無数の星の集まりの中にいることがわかってきました。もし、こういった星の集まりが、非常に遠くにあるなら、それらは一つ一つの星に分解できず、全体として雲のように見えるはずです。わが銀河系も、天の川の形から想像すると円盤状のはずです。雲の中には円盤を真横から見たようなものや、斜めから見たようなもの、また正面から見たようなものもありました。これらは銀河系と同じく、非常に多数の星が集まっているものではないか、と考えられていったのです。

 こういった仮説が証明された場所が、メシエ天体の中でも、最も明るく、大きい雲だったアンドロメダ大星雲でした。1925年、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが、ウィルソン山天文台の口径2.6m望遠鏡で、星雲中に明るさを変える変光星を初めて発見したのです。この変光星は、星の中でもきわめて明るい脈動型変光星と呼ばれるもので、その周期は星の本来の明るさに関係があります。つまり脈動型変光星は、明るさの決まった燈台の役目をしている重要な天体なのです。脈動の周期を知ることができれば、見かけの明るさから、その星までの距離が推定できるのです。ハッブルは40個ほどの脈動型変光星から、アンドロメダ大星雲の距離を68万光年と算出しました。これは当時考えられていた銀河系の直径10-30万光年を大きく越える数値でした。現在では、その距離はさらに広がり、230万光年とされています。

 いずれにしろ、アンドロメダ大星雲は、われわれ銀河系の中の星雲ではなく、銀河系と同じ様な星の集合体:銀河であることが判明し、名称もアンドロメダ大銀河となったわけです。これ以降、無数の星の集合体である銀河と、銀河系の中にあるガスの雲:星雲とが天文学的に区別されるようになりました。アンドロメダ大銀河をはじめとする「銀河」の発見こそ、われわれが住んでいる銀河系が宇宙の唯一の存在ではなく、無数に存在する銀河のひとつに過ぎないことを認識する貴重な転換点と言えるでしょう。

 そんな貴重な視点を与えてくれたアンドロメダ座の大銀河の姿を、ぜひ自分の目で眺めてみてください。その光は、今から230万年ほど前、つまりわれわれ人類がまだ原人の段階の頃に発せられたもので、肉眼でみえる天体の中で最も遠いものなのです。