コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.13
寿星
 洋の東西を問わず、明るい星は、いろいろな神話伝説を伴っていることが多い。なかでも、見ることができれば寿命がのびるといわれて、神様にさえなっている、とてもおめでたい星があるのをご存じだろうか。その星は南極老人星、あるいは寿星と呼ばれ、これからの厳冬の季節、南の地平線ぎりぎりに現れる。西洋名では、りゅうこつ座の一等星カノープスである。

南の山の端の上に顔を出した 
カノープス(南極老人星)の様子(長野、筆者撮影)  この星は南の空低いところにある。この星の赤緯はマイナス52度42分。したがって北緯37度18分よりも北になると、原理的に地平線よりも下になって、見ることができない。実際には大気の屈折による浮き上がりがあるので、福島県辺りでも見えることがある。山の上に上ると北限がさらに北になる。以前、東北地方の天文ファンが、その北限を競ったことがあり、福島県から、蔵王、そして山形県の月山にまで北上していった。月山での観測記録が筆者の知る限りでは、北限になっている。

 東京あたりでも眺めることができるが、いずれにしろ地平線から高く上がることはなく、その南中時の高度は最大でも約2度、すなわち満月の4個分の高さにすぎない。これだと、見えたと思う間もなく、すぐにまた沈んでしまうことになる。地平線までよく晴れた夜であっても、ほんの少しタイミングを間違えると、つい見逃してしまうわけだ。

 しかし、人間とは奇妙なもので、このように見えるか見えないかというぎりぎりのものに対して限りなくロマンを感じ、かえって憧れてしまうようだ。その困難さゆえ、カノープスは天文ファンの人気の的となっているし、そしてまた昔からおめでたい星として重宝されたのだろう。

 おめでたいとされるには別の理由もある。カノープスはもともと、全天で二番目に明るい恒星である。最も明るいおおいぬ座のシリウスに次ぐ、マイナス0.7等という堂々たる輝きを誇る。やや青白い色の明るい恒星なのだが、地平線ぎりぎりに現れるため、夕日と同じ原理で非常に赤く見えるのだ。長寿伝説が生まれたのは中国だが、当時の都である洛陽や長安でも、この星は約3度程度にしか上らない緯度であるため、やはりこの星は赤く見える。赤という色は中国では昔からめでたい色であり、古くから天下国家の安泰をもたらす吉瑞とされていた。そのため、この星はとりわけ大事にされたらしく、周の時代には寿星祠や寿星壇が設けられ、日本でも平安時代に老人星祭が行われていた記録がある。お正月の縁起物として、よく見かける宝船に乗っている七福神の寿老人とは、この星の具現化されたものである。そんなことで、この寿星を見ることができれば、命が何日か延びるといわれている、おめでたい星なのである。ちなみに西洋名であるカノープス(Canopus)というのは、ギリシア語で、トロヤ戦争の時に、軍艦の水先案内人の名前で、あまりおめでたくはない。

 ただ、日本でも地方によっては、おめでたくない類の言い伝えも残されている。房総半島では「め ら(布良)星」と呼ばれていた。めら(布良)は房総半島突端の漁村の名前で、かつてこの村の漁船がしけにあって行方不明になり、その魂が星になって海上に現れる、と伝えられている。そのためか、この星が見えると暴風雨の前兆とされていた。奈良や大和地方では「源助星」「源五郎星」などと呼び、これも悪天候の前兆とされている。一方、高度が低いまま、地平線をはうようにして、すぐに沈んでしまう様子から、その動きがなまけものに見えるので、瀬戸内地方では「横着星」、または見える方向の地名を冠して、岡山では「讃岐の横着星」、尾道では「伊予の横着星」と呼んでいた。小豆島では「無精星」、淡路島では「道楽星」、丹後地方では南の山の端に現れるという意味で「やばた(山の端)星」、徳島では「にじり星」と呼んでいた。播州では「鳴門星」と呼ぶ以外に、「秋蛸星」とも呼ばれていたが、これはこの星が見える頃、蛸がたくさん取れるという意味のようである。 ユニークなのは、長野県の木崎湖や四国の佐多岬に伝えられる「龍燈伝説」だろう。木崎湖では真 冬の深夜に南の地平線に竜燈が現れ、湖をわたっていくという。時期やその様子から、これも寿星であろうと考えられていたが、信濃毎日新聞のカメラマンが、5年間も木崎湖に通って、カノープスの輝きが湖上に現れる様子を見事に写真に捉えて実証している。

 皆さんも福島県以南にお住まいなら、ひとつ長寿を願って挑戦してみてはどうだろう。南の方向が開け、地平線まで障害物の無い場所を探し、かつ地平線までよく晴れ渡る夜に、下記の南中時刻前後に、南の空には全天で最も明るいおおいぬ座の一等星シリウスが輝いている。その下の真南の地平線に目をこらして探してみてほしい。ただ、真冬の深夜なので、風邪等をひいて逆に寿命を縮めないように。

カノープスの南中(真南に来る)時刻(東京)
12月15日 午前00時30分頃
1月1日 午後11時30分頃
1月15日 午後10時30分頃
2月 1日 午後09時30分頃
2月15日 午後08時30分頃
3月 1日 午後07時30分頃