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春になると北東から北斗七星が上ってくる。北斗七星については、このシリーズの4回目に詳しく紹介したが、(星空の散歩道vol.4『北斗七星』)その北斗七星の柄の部分の4つの星たちの並びは緩くカーブしている。そのカーブをそのまま伸ばしてみて欲しい。するとオレンジ色の明るい星に行き着く。春を代表するアークトゥルス(またはアークチュウルス)という、うしかい座の一等星である。明るい星がそれほど多くない春の夜空では、ひときわ目立つ星で、暖かなオレンジ色が春にぴったりの星である。日本では、そのオレンジ色がきれいなことから、橙(だいだい)星、あるいは麦踏みの時期に現れるので、麦星などともいわれていた。
この時期、まだ宵のうちはアークトゥルスが東の空に低いのだが、それでも北斗七星から続くカーブをさらに伸ばしてみて欲しい。南よりの空に、こんどは白く輝く星にたどり着く。春の一等星:おとめ座のスピカである。アークトゥルスにやや遅れるように、東南東から上ってくるスピカの白さは、ウェディングドレスの純白さに通じるところがあって、まさに”おとめ座”にふさわしい輝きである。この星の輝きから、逆におとめ座を決めたのではないか、と思えるくらいである。
この北斗七星の柄からアークトゥルスを経て、南東のスピカにたどり着くまでの、大きなアーチを「春の大曲線」と呼んでいる。春の大曲線は夏・冬の大三角と並ぶ夜空の季節の風物詩といえるものである。
春の大曲線のふたつの一等星の色の対照は見事だ。オレンジ色のアークトゥルスと純白の星のスピカ、これらのふたつは海からの贈り物にたとえられて、珊瑚星と真珠星と呼ばれている。スピカを真珠星と命名したのは、星についての造詣が深い作家・野尻抱影であった。(ちなみに野尻は、冥王星という和名を提案してことでも知られている。)これに対して、アークトゥルスに珊瑚星という名称を与えたのは、アマチュア天文界に大きく貢献した天文学者、山本一清である。できれば春の海辺で、これらふたつの星の輝きを眺めてみたいものである。
星に色の違いがあるのは、実は個性のひとつで、星の温度によってきまる。例えば、すでに西空に傾いた冬の星座であるオリオン座には色の異なるふたつの1等星がある。冷え切った冬空で見ていると、青白いリゲルの方が冷たく、赤いベテルギウスの方が暖かく感じるものだ。だが、そういった感覚とは全く逆に、実は青白い星は温度が高く、赤い星は温度が低いのである。
星の光は太陽と同じように星の表面から発している。つまり、暖められたガスが、その温度に応じた色合いを見せているのである。太陽のような星は、黄色がかった白色に見えるが、もっと高温の星では青白くなる。逆に温度が低くなるにつれ、黄色からオレンジ色、さらに赤色へと変化していく。たとえば、ちょうど電熱線(ニクロム線)がむき出しになった電熱器やオーブントースターを考えるとよい。スイッチを入れたばかりの時には、まだニクロム線が暖まっておらず、光を発していない。しかし、時間とともに温度が上がっていくと、ほんのりと赤く光り出す。だんだんと温度が上がるにつれ、鈍い赤色からオレンジ色に変わっていく。通常の電熱器では、そこまでにはならない設計になっているが、さらに過度に電流を流すと、ぎらぎらと明るくなっていくと同時に色も次第に白っぽく変わっていく。普通はこのあたりで電熱線が焼き切れるので、地上の実験ではここまでだが、原理的にはもっと高温になると青く輝くようになるのである。
この種の光は物体の種類にかかわらず発せられ、その色合いは物体の「温度」だけで決まる。星の色もこれとおなじ原理で、赤い星は表面の温度がせいぜい2-3千度、太陽のようにオレンジ色から黄色の星は5-6千度、そして白から青白い色の星は1万度から数万度にも達している。ちなみにアークトゥルスの温度は5千度程度、スピカは2万度を超えている。
春の大曲線は、この時期だと21時過ぎには姿を現しているので、ぜひ色の異なる一等星がつくるアーチを眺めてみて欲しい。
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