コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
星空の散歩道index
vol.35
宇宙の海を飛び跳ねる いるか

 以前、熊本県の天草地方に旅行したことがある。観光船で、海をおよぐいるかウォッチングに参加してみたら、たくさんのいるかが大海原を群れを成して悠然と泳ぐ姿を眺めることができた。さすがに水族館での曲芸のように、海の中から見事なジャンプを見せてはくれなかった。いるかというと、海から飛び跳ねる、あの姿を真っ先に思い浮かべてしまうものだが、実は秋の星空にも、宇宙で飛び跳ねるいるかの姿を眺めることができる。夏から秋の小さな星座・いるか座である。

参考:2008年9月中旬午後8時頃の東京の空。夏の大三角のとなりに小さないるか座があります。  まずは夏の夜空のランドマーク、夏の大三角形を探してみよう。この季節なら、ちょうど頭の真上から、やや西の空に傾いたあたりに輝く白色の一等星が、こと座のベガである。七夕の織姫星である。ここから南東に目を移すと、ベガよりもやや暗めの一等星、わし座のアルタイルが見つかるはずだ。七夕の牽牛、すなわち彦星である。夜空が美しい場所であれば、この二つの星をはさんで、雲のような天の川が流れているのが見えるはずである。もうひとつ、ベガとアルタイルと共に、天の川の中に輝く一等星がはくちょう座のデネブである。たとえ、天の川が見えなくても、はくちょう座は十文字の目立つ星の並びなので、すぐにわかるだろう。大きく羽を広げて南へ向かって飛ぶ、はくちょうの姿も想像できるに違いない。デネブは、このはくちょうの尾のところに輝いている。

 この三つの一等星がなす三角形が、有名な夏の大三角である。さて、ここまでは夏の星座の大御所であったが、この夏のランドマークさえわかれば、他の星座を探し当てるのはそれほど難しいことではない。まず、アルタイルの上下にやや暗めの星があることを確認してみよう。この星はわし座のアルタイルに伴っているので、まるで水戸黄門に連れ添う助さん、格さんのようなのだが、この星の明るさは三等星。国立天文台のある三鷹地区では、これが見えれば、実はかなり空の条件がいいことになる。ついでに、もうひとつ空の暗さのテストをしておこう。先ほどの夏の大三角形のひとつ、織り姫星(ベガ)に戻って、そのそばをじっと見つめてみよう。すると、輝く織り姫のやや南側に、菱形に並んだ四つの星が見えるかもしれない。この星たちが見えれば、そこでは4等星まで見える、ということになる。

 さて、こうして4等星まで見える空であることがわかれば、いるか座も簡単に眺めることができるだろう。先ほどの彦星に戻って、そのやや東側を探してみてほしい。こと座と同じように菱形をなす四つの星が見つかるだろうか。その四つの星よりも南側にひとつだけ星があって、合計5つの星達がこじんまりと輝いている。この星の並びが、飛び跳ねるいるかの形に見えてくるのである。解説するまでもなく、四つの菱形がいるかの胴体で、南に輝く星がいるかの尾にあたる。跳躍シーンがそのまま星座になったようで、一度、見れば忘れることのできない実にかわいらしい星座といえるだろう。ギリシア神話では、琴の名手であるオルフェウスを助けた、音楽好きのいるかということになっている。ちなみに、こと座は、そのオルフェウスの竪琴である。

 ただ、いるか座は、わし座の星やこと座の菱形が見えないと、肉眼で見るのはなかなか厳しい。というのも、いるか座を形作る星々は、みな4等星だからだ。ただ、そんなときでもあきらめてはいけない。倍率の低い双眼鏡が強力な手助けをしてくれるからだ。わし座の彦星に狙いを定めて、東に双眼鏡を振ってみてほしい。いるか座は小さな星座で、全体がお月様の直径の10個分もないので、倍率さえ低ければ、双眼鏡の視野にすっぽりと収まってしまうはずである。運が良ければ、あっけないほど簡単に見つけられるはずなので、挑戦してほしい。いるか座は、10月上旬であれば、暗くなった午後7時頃には真南の空、天の川の東岸で輝いている。