コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.41
春の夜空に輝くからす

 春、桜が咲く頃になると、夜空にも春を感じさせる星々が彩りを添えるようになる。東からはオレンジ色に輝くうしかい座の一等星アークトゥルスが、南東からは純白に輝くおとめ座のスピカが昇ってくる。北斗七星の柄の部分から、これらの一等星を結ぶ曲線が、このシリーズの第16回でも紹介した春の夜空のランドマーク:春の大曲線である。(参照:vol.16『春の夜空を彩るアーチ:春の大曲線』

 だが筆者は、スピカを超えて、この壮大なアーチをのばしたところにある小さな星座:からす座を眺めた時の方が、春になったなぁと感じる。からす座は、のたりのたりと春の夜空を横切っているうみへび座(参照:vol.29『うみへび座 ひねもすのたりのたりかな』)の上にのっている星座のひとつである。

参考:長いうみへび座のうえに、こじんまりと台形を形作っているからす座

 からす座に属する星たちは、すべて3等星よりも暗い。その意味では、本来は目立たないはずなのだが、4つのほぼ同じ明るさの星がこじんまりとした台形を作っていて、しかも、台形の底辺の方が広く、安定感のあるコンパクトさからか、実に際だっている。一度覚えてしまうと、不思議に目につく星座である。そのせいもあって、昔からよく知られていて、2世紀頃の天文学者プトレマイオスが集大成した48星座のひとつとなっている。日本では広い地域で「よつぼし」と呼ばれており、能登では帆船の帆にみたてて「帆かけ星」といったりしていたようである。関東の奥多摩地方では、むじなの皮を張った形に見立てていた。冬の夜明け前に、この星が出ると、「かわはりが出た」といって、起床の目印にしていたようだ。

 夜空の中でも南の空にあこがれを持つのは、私自身が東北生まれのせいかもしれないのだが、春になると、まずこのからす座を南の空に真っ先に探すのが習慣になっている。ただ、昔から均整のとれた台形の星の配置が、どうして「からす」なのだろうと、ずっと不思議であった。

 実は、その謎はギリシア神話に隠されていた。もともと、このからすは太陽神アポロンに仕える人間の言葉を話す銀色の翼を持つ美しい鳥であった。アポロンは音楽や医学も司どる、たいへん忙しい神様で、自分の妻コロニスにもなかなか会えないほどだった。そのため、アポロンは、このからすに妻コロニスの様子を伝える役目を負わせていた。

 ある日、好奇心旺盛なからすが道草をして帰りが遅くなった。アポロンはからすを叱りつけ、帰りが遅れた理由を聞いたところ、「コロニスが浮気をしていたので、それを報告しようかどうか、迷ってしまって遅くなった」と嘘をついてしまったのである。この嘘のため、アポロンは妻コロニスを誤って殺してしまう。しかし、後に真相を知ったアポロンは激怒して、すべてのからすから人間の言葉を話す能力を奪い、しかも美しい羽もすべて黒色に染めたという。また、挙げ句の果てに嘘をついたからすを夜空に磔(はりつけ)にしてしまったのである。4つの台形を形作る星は、その時、からすを夜空に固定した銀の釘なのであった。まさに闇夜のからすの言葉どおりで、からすの形が想像できないわけである。皆さんも、今宵はぜひ夜空のからすを探してみてほしい。