コラム
星空の散歩道 国立天文台 准教授 渡部潤一
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vol.48
南の地平線に顔を出す鶴

 晩秋、大空を渡り鳥がわたる季節になると、星空にも渡り鳥が現れる。秋の星座の中では比較的、派手な印象のつる座である。もともと南の地平線ぎりぎりに見える星座であるため、日本での知名度は低いが、明るい星があるせいで、意外にわかりやすく、また探しやすい星座である。もし、地平線までよく晴れ渡った日があれば、暗くなってすぐの頃に、南側が開けた場所で、ぜひ鶴の姿を探してみよう。

参考:11月14日の南の低空に現れるつる座(19時頃、東京)ステラナビゲーターVer.7/アストロアーツで作成しました。
 まずは真上を見上げ、前回紹介した秋の四辺形を見つける。秋の星座をたどるのは、ここから始めるという秋の夜空のランドマークである。四辺形の西側の二つの星を結んで、そのまま南へのばしていくと、秋の夜空の中ではひときわ目立つ一等星にたどり着く。このシリーズの22回目に紹介した、みなみのうお座のフォーマルハウトである(参照:vol.22『みなみのひとつ星の輝き』)。フォーマルハウトの回りには目立った星がないので、すぐに見つかるだろう。日本では「あきぼし」とか「みなみのひとつ星」と呼ばれ、星の少ない秋の夜空で、ただひとつ、秋風に吹かれながらきらきらと輝いている。もっとも今年に限ると、さらに西側に明るい木星が輝いているので、これと間違えないように。

 フォーマルハウトが見つかったら、さらにその南、地平線付近に注目してみよう。比較的、明るい星がふたつ、地平線にほぼ並行に並んでいるのが見つかれば、しめたものである。西側の星がつる座のアルファ星、東側の星がベータ星だ。つる座で最も明るいアルファー星は1.7等と、もう少しで一等星の仲間入りができるほど明るい星である。この星はアラビア語では「アル・ナイル」と呼ばれ、もともとは魚の輝星という意味である。このアル・ナイルの隣に輝くベータ星も2等星と明るく、よく目立つ。このベータ星から、北西方向、斜め上に伸びる長い首の先にはガンマ星があり、「アル・ダナブ」と呼ばれる。3等星ながら、先の二つの星よりも地平線から離れている分、やや明るく感じられる。また、ベータ星を中心にして、アルファ星までのばした線をちょうど反対側(東側)にぱたんと折り返すと、そこにはイオタ星という4等星があって、暗いながら東側の羽先を飾っている。こうして、アル・ナイルが鶴の左の羽、イオタ星が右の羽、ベータ星が首の根元、アル・ダナブが頭の部分で、これらの星を結ぶと、本当に鶴の形に見えてくるから不思議なものである。一般に星の並びから、その星座にあてはめられている動物などが直感的にわかるような例というのは、それほど多くない。しかし、つる座は、その数少ない例といえるだろう。秋の南の地平線に、ほんの少しだけ首を出したつるの姿が容易に想像できる星座なのである。

 もともと、つる座にちなむ神話はない。というのも古くからの星座ではないからである。17世紀の初めにドイツのバイエルによって定められた星座で、もともとはそのすぐ上にあるみなみのうお座の一部だったらしい。バイエルも、この星の並びを見て、鶴を直感し、みなみのうお座から切り離して、新しい星座としたのではないだろうか。

 筆者には、この星座にはちょっとした思い出がある。福島県のいわき市というところに住んでいた頃、集合住宅から南の方角には、鬼越という小高い山があって、山の向こう側に抜けるための切り通しがあった。その切り通しは、家からちょうど真南の方角になっていた。切り通しの部分を双眼鏡で眺めていると、南の星たちが東側の縁から現れては、日周運動に沿って次第に動き、やがて西側の縁に隠れていくのが見える。いったい、どの程度、南の星まで見えるのかと思い、秋の夜、ずっと眺めていると、最初につる座のアル・ナイルが現れ、しばらくして見えなくなった頃に、今度はベータ星が現れたのを鮮明に覚えている。これで、切り通しを通して見える南の星の限界がわかった。計算してみると、地平線上6度が限界であった。

 関東以南なら、南の地平線がよく開けていて、地平線まで星のよく見える条件が揃えば、時間さえ間違えなければつる座は簡単に見つけることができる。ただ、北海道中央部あたりになると、アルファ星、ベータ星がちょうど地平線にのぼるかどうかの限界となるので、一般的には首の部分しか見えず、羽の部分を見るのは難しい。北海道でつるの羽をなす、アルファ星、ベータ星がどこまで見えるのか、試すのも楽しいかもしれない。鶴は、夏の間はシベリア方面で過ごし、冬になると日本へとやってくる渡り鳥である。南の地平線に飛び立つような格好のつる座が見えなくなる頃、本物の鶴たちが日本にやってくる。