世界一ビッグな宇宙ショップ@NASA
- ケネディ宇宙センターに隣接する観光施設ビジターコンプレックス内部。電光掲示板には前日の打ち上げ成功が報じられていた
- 世界最大の宇宙ショップ内では、引退した宇宙飛行士(1989年と1990年にシャトルで飛んだロバート・スプリンガー氏)がサイン会を行っていた。
- ここはNASA近くにあるTシャツやさん。「ビジターコンプレックスより安くて、宇宙飛行士の家族がよく買いに来るわよ」と店員さんが言うとおり、今回山崎さんと一緒に飛行した女性飛行士の従兄弟が買いに来ていた。
- NASAショップその他で今回私が買ったお土産(定番Tシャツも買ったが既にプレゼント済み)。合計1万5千円ぐらいか・・。
打ち上げ取材という最大のミッションを終えたが、もう一つのお楽しみが残っている。それは宇宙グッズを買うこと。なんせKSCの観光施設ビジターコンプレックス(Visitor Complex)には、「世界最大の宇宙ショップ」(パンフレットに書かれていた)があるのだ。
もちろんビジターコンプレックスにはショップだけでなく、シャトル発射台やISS組み立て施設を見学するバスツアー、シャトルの打ち上げ体験(結構楽しい)、宇宙飛行士が撮影した映像を巨大スクリーンで楽しめるIMAXシアターなど様々なアトラクションがあり、1日で回りきれないほど。「宇宙飛行とランチ!」なんてイベントも行われている。
私の今回のお目当ては二つ。IMAXの新しい映画「HUBBLE 3D」を見ることと、ショップで新しい本を買うこと。IMAXのハッブル3Dは公開されて間もないせいか、開始30分前から長蛇の列という人気ぶり。内容は素晴らしかった。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した天体の中に飛び込んでいけるのだ。遠い宇宙にある美しい天体が目の前に迫り、その中にゆっくりと入っていく。まるで恒星間宇宙で宇宙遊泳を行っているかのようだった。
そしてショップへ。ここは8000アイテムもの商品が揃えられているという。Tシャツ、マグカップ、キーホルダー、おもちゃ、本、ポスター等々、NASAや宇宙グッズがてんこ盛りだ。その品揃えに昨年から変化が見られた。以前のTシャツはミッションマークを胸にどーんとあしらったものが多く、買ったはいいが日本では恥ずかしくて着られず、引き出しに眠ることも多かった(涙)。だがNASAはマーケティングに力を入れたのか(!?)、ミッションロゴを控えめにし、デザイン性を重視したTシャツやフリースが並んでいたのだ。
私が時間を費やすのは、2階の書籍コーナー。天体や宇宙飛行関連の絵本、写真集、宇宙飛行士の著作、DVD、CD、ポスターが壁一面に並ぶ。本好きにはたまらない。「なかなか来られないから」と買いこんで結局、英語を訳すのが面倒で放っておくのがオチと知りつつ、また買ってしまう。今回は宇宙服のカッコイイ本をゲット(近くのショッピングモールの本屋さんでも、巨大な宇宙本をセールで買ってしまい、帰国時に後悔した)。
このショップで日本人の知り合いに遭遇して話し込み、次に行く予定の「US Astronaut Hall of Fame(宇宙飛行士の殿堂)」を今回も逃してしまった。シャトルが今年で引退するなら、次に来るのはいつになるのか。ここは宇宙を身近に感じ、元気がもらえる場所。今後どう変化していくのか、ウォッチしていきたい。
打ち上げ後の記者会見。向井千秋飛行士語る
- 打ち上げ翌日の6日の地元紙。一面にはシャトルの噴煙の写真。中面にはKSCの観光施設に8000人が詰めかけ、寝袋やテントで夜を過ごして打ち上げを迎えたことが報じられている。
朝焼けの空に残るシャトルのハート形の噴煙は、NASA職員も仕事を離れ交替で見に出て写真を撮ったり、ぽかーんと見とれたりするほど、いつも以上に劇的な光景だったようだ。彼らがよく口にしたのは「Spectacular(壮観だ)!」という表現。単に「Great」というより賛辞の意味合いが強いみたい。覚えておこう(次にいつ使えるのか!?)。
打ち上げ後約1時間、現場の興奮が少しおさまった頃、記者会見が開かれた。NASA会見に続いて行われたJAXA会見では、向井千秋飛行士に記者から質問が集中した。向井さんは打ち上げ時、山崎宇宙飛行士のご両親のサポートを担当されていたとのこと。
「私の打ち上げの時、両親はカウントダウンの最後の10秒で、ひざががくがくして座り込んでしまい怖くて見られなかった。表面はニコニコしていても親は内心、不安でいっぱいなんです。その話を聞いていたので、ご両親の不安を取り除くサポートをするのが私の役割でした。」打ち上げの時、宇宙飛行士のご両親や配偶者たちには、同僚の宇宙飛行士がサポートするのがNASAの慣例だ。事故を経てきたNASAならの配慮であり、飛び立つ宇宙飛行士も仲間が家族についていてくれるからこそ、安心して宇宙に行くことができる。
スペースシャトルに2度搭乗した向井飛行士は、シャトルの退役を聞かれてこう答えた。「シャトルは大量に人や物資を宇宙に運び、様々な立場の人と多機能な仕事ができた。素晴らしい計画は素晴らしい終わりを迎える。今後はロシアのソユーズ宇宙船をどう使うか勉強する良い機会になるし、さらに新しい宇宙船ができればいい」。向井さんは今、JAXA宇宙医学生物学研究室の室長であり、ISSを地上の医療に役立てようと研究を進めている。与えられた状況を最大限に生かすことに集中しているようである。
おきまりの「女性宇宙飛行士として・・」の質問には「同じ質問を男性にしますか?」とかわしつつ、「宇宙飛行士はまだ男性が多い。半分を女性が占めるようになってほしいですね。医学研究の点でも男性と女性では脂肪やホルモン、骨や筋肉の点でも異なりますから」。徹夜明けでもいつも通りエネルギッシュで、弁舌爽やかな向井さんであった。
シャトルを愛する人たち
- NASA引退後ボランティアとして25年以上、宇宙飛行士を発射台に送り続けてきたアンジェロ・タイアニさん。ケネディ宇宙センタープレスサイトで。
- ドイツ人記者のゲルハルドとクルーウォークアウト直前に。在米日本人記者・かの子さんが撮影してくれた一枚。
オレンジ色の気密服(通称パンプキンスーツ)に着替えた宇宙飛行士たちが、打ち上げ約4時間前にO&Cビル(Operations and Checkout Building)を出て発射台に向かう。NASA用語(!?)で「クルー ウォーク アウト(Crew Walk Out)と呼ばれるイベントの間中、報道陣の前を行ったり来たりしていたおじいちゃん。キャップにはシャトルのピンバッジ多数。白ひげにジージャン。「何者?」と思っていたらNY在住の記者が「前回のシャトル打ち上げの時に地元紙の取材を受けてたよ。名物おじさんかもね」と教えてくれた。
プレスサイトに戻ってみると、なんとその彼がいる。さっそく話しかけてみた。名前はAngelo Taiani。NASAを引退しボランティアとしてクルーウォークアウト時にO&Cビルの前に立ち続けているという。いつから?と聞くと「1984年から」チャレンジャー号事故の前からということになる!現役時代は、組み立て工場(VAB)や発射台で仕事をしていた。「シャトルが今年で引退するのをどう思いますか?」と聞いてみると「過去に5つも6つも計画がキャンセルされるのを見てきた。いつものことだよ」と淡々としている。
怒っている人もいた。プレスツアーカウンターのボランティアは「オバマは間違いを犯したよ。計画変更でここケネディ宇宙センターの雇用の半分は失われて、去る仲間も多いんだ。でも彼らに言っているんだよ。半年後はどうなっているかわからない。また戻って来られるよってね」。
打ち上げを取材する世界のジャーナリストにも熱い人が多い。ドイツ人のゲルハルドは、1986年から毎回渡米して、スペースシャトルの打ち上げから、テキサス州ヒューストンでの宇宙飛行士との記者会見まで取材している。「ぼくは少年時代にアポロ計画の虜になってから、宇宙飛行士オタクさ」という彼は、NASA飛行士はもちろん日本人飛行士のことも詳しい。「コーイチ(若田飛行士)は日本で大事なイベントがあって今回の打ち上げに来られないんだよね。彼の奥さんはドイツ人だよ」と飛行士の家族の事情まで精通している。そんな彼は「シャトルが引退したら現場の取材ができなくて悲しいよ」と嘆く。
ゲルハルドやオランダ人ジャーナリスト達を紹介してくれたのは、米国在住の日本人夫妻、Jean Nakashimaさんとかの子さんだった。Jeanさんは本業は植物生理学者で今回のミッションで植物実験を実施しながら、ジャーナリストとして写真を撮っていた。どの場所で見るとどんな写真が撮れるかを知り尽くしていて、その情報を惜しみなく教えてくれる(一人で行動するフリーには涙が出るほど嬉しかった)。シャトル引退にあわせてシャトル関連本の出版を計画中で、本当に楽しみだ。 ボランティアやジャーナリスト達のそれぞれの想いを載せて、シャトルは宇宙を目指す。
「はじけた」笑顔で発射台に向かう!
- 発射台に向かう約4時間前。報道陣に向かって手を振る山崎飛行士の輝く笑顔。見ているこちらも嬉しくなる。「行ってらっしゃい!」
- 宇宙飛行士が出てくる前から、プレスの前を行ったり来たりするこのおじいちゃん、何者?詳しくは次回。
恐ろしいぐらいに順調に、打ち上げ当日がやってきた。現地時間4月5日午前2時過ぎ。打ち上げ約4時間前に宇宙飛行士たちが、発射台に向かう。よく、NASAテレビで、オレンジ色の気密服に身を包んだ宇宙飛行士が、ビルから手を振りながら出てきて、銀色のバスに乗り込む様子が写りますよね(あのバスはアストロバンと呼ばれる)。あれが、打ち上げ前の宇宙飛行士とプレスが至近距離で接する最後のチャンスとなる。
長年の訓練を終えて、待ちに待った日を迎えた晴々しい表情。山崎飛行士の場合は、宇宙飛行士候補者に選ばれて11年。妻となり、母となり、コロンビア号事故を乗り越えて、ついに迎えたこの日なのだ。
例によって、プレスバスで目的のビルに向かった。バスは超満員で目的地に着くと皆、殺気立って場所取りに走る。それもそのはず。写真スポットは狭く、何十人ものカメラマンがひしめき合う。
待つこと約小一時間。山崎飛行士の担当医・松本医長がビルから出てきた。いよいよだ。「○分前!」とカウントダウン(!?)が。そして出てきた宇宙飛行士たち。山崎飛行士は日本人お決まりの後ろのほうだが、すでに満面の笑顔。あちこちから「山崎さ〜ん」「直子さ〜ん」と大声援。直子さんは声の向くほうに、ジャンプしながら手を振り、親指を立てて見せ、いつになくはじけていた。うれしくてたまらないというように。
あっという間に、クルーはアストロバンに乗り込み、発射台に向かって行ってしまった。この一連の出来事中、私には気になって仕方がない人がいた。さて、その人の正体は・・・?
打ち上げの様子は、「読む宇宙旅行」をご覧ください。
「祝福された」打ち上げ。NASA現地リポート特別編
200人以上が集まった感謝祭
- 会場の寄せ書きコーナーがあり、集まった人たちが次々にメッセージを書き込む。
- 等身大の直子さんを囲む、大地さん(右)と優希ちゃん
4月4日午後、シャトルを間近で見た興奮を抑えきれないまま、次なるイベントに向かう。山崎直子飛行士とご家族が主催する「感謝祭」だ。どんな人たちが集まるのだろう?そして何より、家族の生活を優先し仕事をやめて「宇宙主夫」となった大地さんは、どんな気持ちでこの時を迎えたのだろう。
そんな事を考えながら、海沿いのレストランに到着すると、駐車場に車があふれ、受付には長蛇の列。ひっきりなしに人がやってくる。全体で200人ぐらいいるだろうか。親戚やお友達はもちろん、宇宙飛行士受験仲間、ご近所さん、民間宇宙旅行関係者、ミュージシャン、プレス、友達の友達(!?)などごった煮状態だ。
その人の輪の中に大地さんがいた。さっそく記者に囲まれている。「今まで本当に色々なことがあったけど、ようやくここまで来ることができて報われる気持ち。それも皆さんの支えがあったから。感謝の気持ちでいっぱいです」とすっきりした笑顔。よかったね!
大地さんによると、NASAの家族サポートは素晴らしく、夫婦が何度も会う機会を提供し、十分に別れの時間を過ごすようにできているという。浜辺を散歩して貝殻を拾い、飛行の思い出にしたり(娘さんの優希ちゃんはピンクの巻貝!)、バーベキューパーティーがあったり。「喋りつくして言い残すことはない。最後は、『思う存分楽しんできて』と送りだした。ぼくが大事にしている腕時計を渡したけど、宇宙ではめてくれるかな」
優希ちゃんは、「ママがんばってね。行ってらっしゃい」と声をかけたそう。お友達と遊びたくてたまらないのに取材攻めで可哀そうだったが、最後はパパとしっかり挨拶に立っていた。
「訓練で1年も会えないことがあったから2週間は短い。やっと宇宙に行けると娘は喜んでいます。宇宙から帰ったら家族で旅行に行きたい。」どこに?と聞くと「南極かな。一番宇宙に近いから」(大地さん)。温泉、とかいうかと思ったらなんと南極!大地さんの77歳のお母さんは打ち上げを見に来て、自分も宇宙に行きたいと仰ったそうで、まさにフロンティア精神旺盛な「宇宙家族」なのだ。
間近で見たシャトル
- プレスサイトは、アポロ宇宙船やスペースシャトルを組み立てる工場VABに面している。VABの下に並んでいる3台のバスは、これから発射台へプレスを運んで行くところ。
- 回転式整備棟に覆われたシャトル。
- 30分かけて整備棟が展開すると、ディスカバリー号が姿を現した。
プレスサイト到着後、バッジ取得で頻繁にメールをやりとりし、現地の土壇場の交渉でも助けてくれたローレルにお礼を言いに行った。メールでの気さくな雰囲気に若い人かなと(勝手に!)思っていたら、個室つきの広報のエライ人だったことに驚く。しかしそのドアは常に開け放たれ、気軽に話ができるオープンな雰囲気。ローレルは朗らかで頼りがいがあって、包容力のある「ママ」って感じ。しかし、時折スカイプで打ち合わせしている表情は、厳しかったりもする。
このプレスサイトで会見が開かれ、資料が出され、プレスイベントの申し込みをし、さっそくお目当ての発射台ツアーに申し込んだ。申し込みカウンターには初老の男性が座っていて、ツアーの内容や集合時間を説明してくれた。聞けばNASAを引退後、ボランティアで働いているとか。「発射台を見に行く時はヒール付きの靴は駄目だよ」など親切に教えてくれた。毎回シャトル取材に来ている記者も含めて、プレスサイトにはファミリーな感じ漂う。けっこう居心地がいいぞ〜
そして4月4日、取材当日の午前9時半(現地時間)発射台から500mの距離でシャトルにご対面!といっても最初は回転式整備棟に覆われていて、その姿は見えない。30分かけて徐々に整備棟が開かれて固体ロケットブースターが見え始め、ディスカバリー号が姿を現すと、記者たちから「おー」というどよめきが起こった。
ディスカバリー号は大きくて、そして長年にわたり宇宙と地上を往復してきた歴史が感じられた。白いボディのあちこちに補修によって色が違ったり、でこぼこしているところがある。ディスカバリーの飛行は今回と、シャトル最後の飛行(9月を予定)の2回だけ。整備棟には仕事をする人が忙しく立ち働いている様子が米粒のように小さく見えた。
NASA内を運転してプチ迷子に
- 二泊目のホテルのフ ロントで。NASAに近いホテルは満杯状態で、ネットや電話回線も混雑してつながりにくい。
やってきました!宇宙への玄関口、アメリカ・フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センター。実は昨年2009年3月にも訪れて、若田飛行士の打ち上げを見たばかり。その時は次男と一緒で、打ち上げをNASAのゲスト席で見守った。
でも今回はプレス枠。どうしても取材しておきたいことがあったから。退役間近のスペースシャトルをできるだけ近くで見ておきたいし、発射台に向かう山崎直子飛行士の表情もとらえたい。そこで4月2日、フロリダ州オーランドの国際空港におりたったのだ!
翌日、さっそくプレスバッジをゲット。なんと、自分の車でNASA内を運転できる「白バッジ」だ。(この白バッジゲットまでに皆大変な思いをしたのだけれど、また改めて)
NASAの広大な敷地の中を、ドライブするのは最高の気分!目印はアポロ宇宙船やスペースシャトルを組み立てる巨大な建物VAB(星条旗が壁にペイントされているビル)。空は青く、天気も申し分なし。「打ち上げまで○日」というシャトルのイラスト付き看板に「かっこい〜」などと感動していたら、曲がる場所を間違えて、いつの間にか砂利道に突入。なぜか道がどんどん狭くなる。まさかの迷子?
バッジをとるとき「決められたルート以外は通ってはならない」というペーパーにサインしたことを思い出し、焦りまくるもあわてて引き返しセーフ。無事にプレスサイトにたどり着いた・・。