8月末にチェコのプラハで開催された国際天文学連合総会で、天文学者は重大な決定を行いました。惑星というものをはじめて科学的に明確に定義したのです。
実は、これまで惑星という天体を明確に定めるルールはありませんでした。不思議に思われるかもしれませんが、あまりにも当たり前すぎて、決める必要がなかったのです。もともと恒星というのは、恒星の間を「惑っていく星」というのが語源でした。その後、宇宙観が変わって、地球が惑星の仲間入りをし、また天体望遠鏡の発明によって天王星や海王星が発見されても、太陽系の中の比較的大きな天体を惑星と呼んでいて、問題は生じませんでした。他の天体はすべて小さかったのです。1801年に発見された小惑星セレス(ケレス)も、当初は新惑星と思われたのですが、その後、同じような領域に同じような天体がどんどん見つかってしまいました。セレス自身も直径が1000km以下と小さいこともあって、これらはまとめて「小惑星」と呼ばれるようになったのです。太陽系には、惑星と小惑星(小天体)という大きくふたつの種族があって、両者のサイズには歴然とした差があったわけです。
しかし、この状況は近年、太陽系の果ての観測が進むにつれて変わってきました。まずは冥王星です。冥王星の軌道は大きく傾き、時には海王星よりも太陽に近くなるいびつな軌道を持つ、発見当時から変わった惑星でした。そして、発見当初、地球程度の大きさと思われていた冥王星の大きさも、観測が進むにつれてどんどん小さくなり、ついに月より小さい、直径2300km程度しかないことがわかってきました。
一方、1992年以後、冥王星の”仲間たち”が続々と発見され始めました。冥王星と同じような天体が、同じような場所にたくさん隠れていたのです。いまや、その数は1000個を超えています。そして、中には冥王星に迫る大きさのものも見つかり始めました。昨年、ついに冥王星よりも大きな直径を持つ2003UB313という小惑星の発見が報じられました。第十惑星発見か、とニュースになったことを覚えておられる方も多いでしょう。
惑星よりも大きな小惑星が見つかったことは、大きな混乱を引き起こしました。冥王星が惑星なのだから、この天体も惑星と呼ぶのか。あるいは冥王星そのものを惑星と呼ぶのをやめるのか。世界の天文学者は、惑星をはっきりと定義する必要に迫られたわけです。
そこで、侃々諤々の議論の末、国際天文学連合は史上初めて、惑星を定義することになりました。決まった定義をかみ砕いて言えば、太陽系の惑星は
(a) 太陽の周りを回り、
(b)十分重く、重力が強いため丸くて、
(c)その軌道周辺で圧倒的に大きく、他の同じような大きさの天体が
存在しないもの
と定義されました。冥王星は三番目の条件(c)を満たしません。仲間がたくさんいるからです。こうして、太陽系の惑星は水星から海王星までの8個となったのです。
では、冥王星は小天体とされてしまうのでしょうか。冥王星や2003UB313など、かなり大型の天体を小天体とか、小惑星と呼ぶのは、いささか抵抗があります。そこで天文学者は、小天体と惑星との間に新しい分類を作りました。条件(c)を満たさないが、他の二つを満たしていて、なおかつ衛星ではない天体たちを、”矮惑星(わいわくせい:仮称)”と呼ぶことにしたのです。冥王星、2003UB313、それに小惑星で最大のセレス(ケレス)も、この分類に含まれ、そのメンバーはどんどん増えていくことでしょう。
もう一つ大事なことがあります。惑星の定義とは別に、われわれは決議を採択しました。海王星よりも遠方にある矮惑星の仲間たちを、ひとつの種族と考え、かつ冥王星をその代表と位置づけたことです。この新しい種族の名称は、まだ決まっていませんが、それだけ大事な天体群であることをアピールしたわけです。
実は、冥王星とそのあたりにいる仲間たちは、特別な天体であることがわかってきつつあります。惑星というのは、小天体がお互いに衝突・合体しながら成長してきました。つまり、惑星を成鳥の”鶏”に例えるなら、惑星を作る材料となる彗星や小惑星といった小天体は、惑星の”卵”です。一方、冥王星のあたりでは、衝突頻度が少なくて、十分に鶏になる時間がないまま、成長が止まってしまいました。つまり、衝突・合体しながら惑星へ成長する途中の段階のまま残されてしまった天体群が、冥王星を含む種族なのです。すなわち、これらは卵が孵化して、鶏になる途中の”ひよこ”たちだったのです。
他の8つの惑星は大きく育つと同時に、その軌道の領域では、いわば王者の”鶏”として他の同じような大きさの天体は存在しません。惑星に取り込まれたか、放り出されたかして無くなってしまったのです。しかし、冥王星がある領域では事情が異なっています。冥王星や2003UB313をはじめ、直径2000kmから3000kmの大きさの”ひよこ”たちがごろごろしていて、大きな”鶏”はいません。そして、この”ひよこ”たちには様々な情報が化石として閉じこめられています。例えば、軌道が大きく傾いたり、歪んだりしているのは、太陽系の初期に海王星が外側にじわじわと動いてきたことを暗示しています。また、”ひよこ”たちの成分には惑星を作った材料が、そのまま閉じこめられているはずです。
70年以上も、太陽系の最果ての惑星といわれてきた第9惑星・冥王星が、惑星からはずれることに寂しさを感じる人も多いようですが、天文学の進歩が、冥王星を”鶏”から”ひよこ”に認定を変えただけで、むしろ貴重な化石としての重要性は変わっていないといえるでしょう。”ひよこ”の矮惑星は、今後もどんどん発見されるでしょう。観測技術が進むにつれ、遠くの微かな天体が捉えられる時代ですから、これからも2003UB313のように冥王星を超える天体の発見が続くと思われます。太陽系の外側にいったいどんな天体が隠れているのか、そしてどんな天体が見つかってくるのか、とても楽しみな時代です。
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