生産現場のビッグデータを技術者が自ら分析し、
製品の歩留まり向上とコスト削減を可能に。
2018年10月 掲載
金沢村田製作所(石川県白山市)は主力製品の一つであるSAWフィルタの歩留まり向上を目指し、三菱電機のエッジコンピューティング製品群を使った品質管理に取り組んでいる。製品の品質を左右する蒸着工程後の膜質を、現場の多様なデータを分析することで事前に予測可能にし、試作品の製造に要する時間やコストの低減を果たした。
生産設備を止めたり改変したりすることなく、実際の量産データで現場の担当者レベルで容易に分析できたという。

石川県白山市の金沢村田製作所とここで生産されるSAWフィルタ。
SAWフィルタのグローバル市場で、同社推定で約50%のシェアを誇る。
事例のポイント
- 1. 現場で自由に分析
- 2. 量産ラインに後づけで分析可能
- 3. 工数とコストの削減を実現
株式会社金沢村田製作所
携帯電話やスマホの中で信号の取り出しを担うSAWフィルタ。スマホユーザの広がりなどを背景にニーズ拡大の続くSAWフィルタ市場の中で、特に大きなシェアを占めるのが村田製作所のSAWフィルタだ。グループの金沢村田製作所はその製造を一手に担っている。
SAWフィルタの工程の中で重要なものの一つが蒸着工程だ。クリーンルーム内の真空槽でフィルタに金属を蒸着させて何層もの膜を作るこの工程では、真空槽の真空度が膜の品質を左右することが知られている。生産現場では機器のデータを見ながら真空度をコントロールしているが、槽の部品交換など通常行わない作業をすると真空度が変わってしまい、膜質が安定しないことがあったという。そのため、そうした作業の後にはテストとして試作品の製品を流し、あらかじめ膜質を確認しなければ生産を始めることはできなかった。
「部品の交換サイクルを延ばす方法もありますが、それでは本質的な改善になりません。試作品を作ることなく実際の膜質を予測できないか、というところがプロジェクトのスタートでした」(金沢村田製作所 第1製造部生産技術1課シニアマネージャーの後藤孔明氏)
現場で自由に分析したい
一つの方法は、実験ラインを作って試行錯誤を繰り返すこと。しかし実験ラインを作るには相当なコストと時間がかかるうえに、そこで作った製品は売り物にならない。かといって稼働中の量産ラインでパラメータを変えながらテストすることは、顧客への品質保証上不可能だ。
もう一つの方法は、ラインを構成する機器からデータを書き出して分析すること。しかしそれには装置メーカの協力が不可欠で、機器の機能追加のコストがかかる。データを書き出しても、保全技術者が本当にそこから知見を得られるかという問題もあった。
現場でもっとフレキシブルにデータの取得や分析が行えないか。その中で同社が注目したのが、三菱電機のエッジコンピューティング製品群だった。
量産ラインに後付けでも分析可能
三菱電機など業界各社は2017年11月、エッジコンピューティング領域のソフトウエアプラットフォーム「Edgecross」を発表した。Edgecrossは、生産現場のFA機器(シーケンサ等)と管理部門のITシステムをつなぐプラットフォームで、FA機器からのデータを一次処理し、分析可能な形でITシステムに渡したり、処理結果をFA機器に返したりする機能を提供する。三菱電機はそれに対応した製品群を同時に発表している。

三菱電機 産業用PC「MELIPC」
金沢村田製作所がこのEdgecross対応のエッジコンピューティング製品群に注目したのは、稼働中の生産現場に「後付け」のような形でも、あらゆるデータを取って容易に分析できる機能が揃っているからだ。機器の動作条件はシーケンサで集約できるので、それを産業用PCに取り出して分析すれば、実際の量産データを使った検討ができる。エッジコンピューティング製品群には産業用PCの「MELIPC」、分析ツールの「リアルタイムデータアナライザ」などが用意されている。
しかし現場の機器が生成するデータは、膜質に関係しそうなものだけでも約60種類に及ぶ。60ものパラメータを、統計解析のスペシャリストでもない保全技術者が果たして分析できるのだろうか。
第1製造部生産技術1課の喜多康成氏は「とりあえず、取れるデータは全部放り込んでみることにしました」と話す。約60のパラメータを、すべてリアルタイムデータアナライザで重回帰分析することに取り組んだ(図1)。

(図1)個々のパラメータについて相関を分析した画面。
実質的に数時間で約60ものパラメータの重回帰分析を行えたという。
統計には不慣れにもかかわらず意外にも作業はスムーズに進んだという。「使い方をマスターするまでは三菱電機の支援を仰ぎましたが、その後は容易に分析を進めることができました。今同じことをやったら、おそらく数時間で終わるでしょう」(喜多氏)
月20時間100万~300万円の削減効果
実質的に数時間でたどり着いたという答えは、約60のうちわずか3つのパラメータで、製品の膜質をコントロールできるということだった。プロジェクトを始めた当初、従来の真空度による膜質の推定と同程度の予測精度を達成することを目標としていたが、それも容易にクリアできたという。試作品製造後の結果のデータから予測していた膜質を、試作品を製造することなく予測できるようになったのである。
その結果、試作品の製造は不要になった。同社によるとその工数とコストの削減効果は、月間約20時間、100万~300万円にものぼるという。「効果が確認できたので、今後はサンプル数を増やして分析の精度をさらに高めて、半年ほどかけて実際の運用に移していきたいと考えています」(喜多氏)

喜多 康成氏
金沢村田製作所 第1製造部 生産技術1課

後藤 孔明氏
金沢村田製作所 第1製造部 生産技術1課
シニアマネージャー
後藤氏は「生産現場からデータを取ること、それを分析して予測モデルを作ることなどは、いずれも私たち保全技術者が普通に行うべき作業です。でも実際にやろうとすると、そう簡単なことではありません」と指摘する。データを取るには機器への機能追加が必要で、分析して予測モデルを作るには現場の設備や運用に通じた保全技術者が高度な統計解析のノウハウを習得しなければならないからだ。そのために必要なコストの制約を受け、結果として保全技術者が自由に試行錯誤を繰り返すということはできなかった。
しかしエッジコンピューティング製品群を使うことで、「現場を知っている保全技術者が、自分のアイデアを自由に検証できるようになりました」(後藤氏)。
高度なノウハウを持つ現場の保全技術者を制約から解き放ち、生産現場の改善というゴールにいち早くたどり着けるようにしたわけだ。
日本の製造業の強さは現場にあると言われているが、その現場が持つ強さをフルに生かせる環境が整っているとは必ずしも言えない。金沢村田製作所は三菱電機のエッジコンピューティング製品群で、現場の強さを生かすための武器を手に入れたのである。
※日経xTECHから抜粋したものです。
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