第2回その1
芸術のプロ × AIのプロ 対談「AIと創造力」
AIが進化していくなか、今あらためて、創造力とは?
谷川俊太郎さんのご自宅にお邪魔させていただき、芸術とAI、その道のプロフェッショナルに、AIと創造力についてじっくりとお話しいただきました。
プロフィール
谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう)
1931年生まれ。1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。著書に「生きる」(福音館書店)、「もこもこもこ」(文研出版)、「バウムクーヘン」(ナナロク社)など。
大塚貴弘(おおつか たかひろ)
1974年生まれ。AI研究に従事。三菱電機株式会社 開発本部 情報技術総合研究所 知識情報処理技術部 行動モデリング技術グループ グループマネージャー。これまで、音声認識技術、音声合成技術、言語解析技術、知識処理技術の研究に携わる。趣味は渓流釣りと飲み歩き。
お互いのことに
ついて
機械が先回りしてくれる技術
まずは、大塚さんの研究についてお聞きしたいのですが。
大塚貴弘(以下:大塚):
谷川俊太郎(以下:谷川):
具体的には、どのようなことを研究しているの?
大塚:
今ですと、我々は車向けのインターフェースを研究しています。カーナビゲーションや、最近では自動運転の研究もあります。インターフェースはとても重要で、自動運転って、どこまで信用していいんだろう、とか、乗っている人にとって心地よいドライブとは何なのかとか、感じ方の部分を主に研究しています。
言葉にすると嘘くさくなる
谷川さんはこちらの「自己紹介」という詩(自選谷川俊太郎詩集p339・岩波文庫2013)がご自身を表している、ということですが。
谷川:
だいぶ年を重ねてから書いたものです。今もひ孫が一人増えたぐらいで、書いていた頃と変わりませんね。10代の頃と違ってものの見方が変わって、自由になってきた気がするんですよね。
ここに述べていることはすべて事実ですが
こうして言葉にしてしまうとどこか嘘くさい
別居の子ども二人孫四人犬猫は飼っていません
夏はほとんどTシャツで過ごします
私の書く言葉には値段がつくことがあります
(自選谷川俊太郎詩集「自己紹介」より一部抜粋)
大塚:
「言葉にしてしまうと嘘くさい」のはどうしてですか?
谷川:
人間って、実はあまり自覚して言葉は使っていないでしょ。たとえば言葉で「茶碗」といっても、個々が持っている「茶碗」というものは各々で全然違うんですよね。実際の手触りとかね、存在の確実さとかそういうものはね、言語では表現できないんです。そういうことは、詩を書き始めてすぐに気づいた気がしますね。
大塚:
言葉にした瞬間に限定してしまうような感じがするということですか?
谷川:
そうそう。現実から離れちゃいますよね。どうしても。だから逆に、自由にいろんなことを喋れたり書けたりするわけなんですけどね。
AIにもっていた
イメージ
日々の暮らしが便利になること
お二人が「AI」に持たれていたイメージは、どんなものでしたか?
谷川:
日々の暮らしが便利になると思っていましたね。あまり意識していない部分まで、至るところにAIが入り込んでいるだろうということですね。逆に最近は不安も感じていて、AIはどんどん進化していくイメージがあるから、抽象的ですけど人間がAIに支配されるんじゃないかということですね。
大塚:
僕は映画「スター・ウォーズ」シリーズに出てくる「R2-D2」ですね。まさにあれがAIの搭載されたロボットというイメージで、子どものころ「こういうものを作りたい」と思ったのが今の仕事のきっかけでもあります。
R2-D2は、空気を察して先回りして人の助けをするロボットです。これは「知識処理」と呼んでいるんですけど、「Aが起きたらB、Bが起きたらCが起きる」から、先回りして手を打とうというAIが搭載されていると想像していて、現在はまさにその流れになってきているんですね。子どものころにやりたいなと思っていたものになってきていて、それが本当に楽しいですね。
AIがまだ持てないもの
谷川:
「Aが起きたらB、Bが起きたらCが起きる」っていうのは、それは発声、発語、あるいは書き取る人の個性が出てくるわけですよね?そういうのをどう判断しているんでしょう?
大塚:
それは…難しいんです。それは厳密には今、できないって言ったらいいかな。価値観とかっていうのは、今のAIには持てないんです。まだ。
何かものが当たって「痛い」といったときに、あらかじめ「痛いというのはよくないことだよ」ということを教えておけば学習してくれるんですけど、それをAI自身では判断できないんです。その価値観も一緒にあらかじめ人間が与えておかないといけない、ということですね。「AからB、BからC」という判断も、ある程度人間の仕事で、教えてあげる必要があるということです。
谷川:
人間が教えるってことは、プログラム化できるってこと?
大塚:
そうです、プログラム化しないといけないということです。非常に複雑なのですが、ただそこも少しずつ進んでいて、ちょっとずつ先回りできるようなコンピュータはできてくるとは思っています。
AIが成熟すると
どうなる?
AIに詩は書ける?
AIが成熟すると、どう変わっていくのでしょうか?
大塚:
身近な例ですと、たとえばガンの検査だと、現在は、技師の方が目で見て確認していますよね。非常に時間と労力がかかる作業については、コンピュータが得意なので、画像認識など、AIの実用化が期待されているところでもあります。
谷川さんはいかがですか?
谷川:
今でも情報が多様すぎて困っているところがあるんだけど、それを個人の必要に応じてね、自動的に選んでおいてくれることは、AIがしてくれるじゃないかと思うんですよね。
だから、我々が詩を書く場合に、どういうデータをAIに入力したら詩を書いてもらえるんだろうかと考えたりするわけですよ(笑)。
古今東西の、万葉集からはじまって現代詩人まで、言語が違っても、自動的に翻訳して具体的なデータを蓄積してくれて、じゃあどうやって詩を書くか、というところだけ人間がいればね、自動的に詩ができるのかなというところはあるわけですよ。
その詩がいいか悪いかは、人間が判断するんだけど、AIがどこかまでは、書けそうな気がしますね。
同じ「意味」の言葉を探す技術
大塚:
僕は、AIの中でも言語処理の研究をしているんですけど、AIは、いろんなデータからAの単語が来て、Bの単語が来て、Cという単語が何%で来そうかというパターンを判断・計算できるんです。
それを用いれば、言葉を並べることができるようになります。小説をずっと覚えさせれば、実際に小説を書けるんじゃないかと思われがちですが、AIがまだできていないのは、「何を伝えたいか」というテーマやその気持ちの部分を、まだうまく汲み取れないことです。
テーマを決めるのは人間で、「夕日」というテーマで、ということを設定すれば夕日に関する言葉を集めることはできるので、つなぐことができます。それを人間がいいと感じるかどうか、ですね。
谷川:
言語っていうのは、割とはっきりした意味の部分と、その周辺にあるあいまいな部分がありますよね。意味の広がり方みたいなものをAIはどのぐらい認識できるのかということが、我々は非常に興味があるんですけどね。
大塚:
そうですね。「同じ言葉を探す」ということは当然できていたんですけど、「同じ意味のものを探す」のはできていなかったんです。最近になってようやく、少しできるようになってきました。
ただ、意味の広がりというのは、人間でもその部分を切り取ることは難しいですよね。まして、コンピュータが行なうことはまだ難しいとは思っています。
我々がプログラムを書くときには、単語を組み合わせて新しい機能や現象を表現します。
それを積み上げていき、一つの製品になって、価値を作っているという風に考えています。大切なのは、どの言葉を組み合わせてどんな機能を作るかということで、実は詩と似ているなと思うんです。
谷川さんが、詩を書くときに最初に、これを書こうというインスピレーションはどこから生まれるんでしょうか?
谷川:
詩を書くために特別にしていることはなくて、日々の暮らしを割と健やかに、が一番大事だと思っているんですね。インスピレーションっていうのは、ギリシャ神話にもあるようにね、空中にいる女神が息を吹きかけると言葉が生まれるというようなイメージだったんですけど、ある時期から、地面から湧いてくるというイメージに変わったんですよね。
なんでかっていうと、日本語というすごく豊かな土壌に我々は根を下ろしていると。そこから植物みたいに、養分水分吸い上げて、花を咲かせるのが詩だっていうイメージなんですよね。
だから、それが来ない時は他のことをしていますよね。
一行でも二行でも来れば、そこからつないでいけることもあるんでしょうけどね。そういうことあるでしょ?インスピレーションって。理系の場合にもある気がするけど。
大塚:
どうでしょうね。何かずっと現象を観察するわけです。何かここにはルールがあって、表現ができそうだと。機能とかに名前を付けられそうだ、って感じとれる瞬間はたまにあるかもしれないです。
谷川:
それは似てますね。僕もたまにですから(笑)。
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尽きない「AIと創造力」のお話。後半はいよいよ、
「AIは心を動かせるのか」についてです。その2に続きます!
三菱電機の行動モデリング技術グループで、AIの技術を使った、人と機械のインターフェースをよくする部分について研究しています。人の行動をよく観察し、やりたいことを機械が先回りして提供するような技術を考えています。