職人が作る一点物のデザインを量産化へ
複雑な工程でようやく再現できた表面仕上げ
谷川:構造設計を担当する私も、製品のコンセプトモデルを見たとき『これは、量産はできないだろう』と感じましたね。ひと目見てコストがかかりすぎることがわかりました。私が最初に問題になると感じたのは表面処理ですね。コンセプトモデルでは、アルミにヘアラインという細かな擦り傷を入れて、その上に透明な塗装を施しては磨くことを繰り返しています。このヘアラインも塗装も手加工だし、もうこれは職人の一点物の世界じゃないか、と(笑)。
ヘアラインと透明樹脂で加工されたパネル
加藤:僕は量産化のデザインを担当したのですが、最初にぶつかった壁はその表面素材でした。まず、アルミは重いし熱伝導が高すぎて、エアコンパネルには向いていません。そこで、樹脂素材でアルミの質感を再現することになりました。
谷川:表面処理は本当に苦労しましたね。最初はプラスチックの表面に、ヘアライン風の印刷シートを貼れば良いんじゃないか、なんて話もあったんです。ただ、これだと素材の『深み』がでない。周りからも安物の家具みたい、と言われてしまって……。
何十という試作を作った
ミクロン単位で試行錯誤する日々
加藤:最終的には赤い透明樹脂の裏面にキザギザの凹凸を成型して、そこにシルバーの塗装を施すことになりました。これで赤い透明塗装層を通してメタリックへアラインを見るコンセプトモデルのイメージを再現できたのです。ただ、言葉にすると簡単そうですが、実際は凹凸の深さをミクロン単位で調整し、イメージを再現するまでに何十という試作品を作っています。デザイナーというとデザインしておしまい、と思われがちですが、製造サイドとともに材料や加工方法まで一緒に試行錯誤しているんですよ。
加藤:パネルはエアコンの顔なので、妥協せずとにかくこだわりました。とくに難しかったのが白い製品です。ヘアライン加工した透明樹脂に、単純に裏から白い塗装をしても、このヘアラインの立体感が出ないんです。もうひとつ、赤は裏からシルバー塗装をしたと説明しましたが、白で同じことをすると銀色の製品になっちゃう(笑)。白い塗装を使いつつ、赤い製品のもつ高級感やきらきら感をどう再現しようか? という問題に突き当たりました。これは透明樹脂にパール塗装をしてから白い塗装をすることで解決したのですが、このパールも、塗膜や厚さなどで本当に難航したんですよ。
社員の家で「光」の形まで検証
小さなことも妥協したくない
谷川:白に関しては『真っ白』を再現するのにも苦労しましたね。従来使用している透明樹脂というのは薄く黄色がかっているので、どうしても白にならない。このため、樹脂と塗装に薄く青を入れています。その上で、樹脂素材には透明度の高いアクリルを選びました。ただ、アクリルは成形も難しいしコストも高い(笑)。さらに、今回のFLシリーズの白パネルは、より立体感、深みを出すために2段階の塗装を施し手間をかけているんですよ。それくらい『見た目』にこだわっています。
実は、ひと目みてこのデザインはすばらしいと感じていました。それだけに最初はこの製品は作りたくないって言ったんですよ。すばらしいデザインで高級感もある、でもそれがお客様に伝わるのか不安でしたが、今回は営業もデザインを魅せる展示に売り場を変えるというので『これは本気だ。それなら全力でコンセプトモデルを再現しよう』と僕も本気になりました。
代田:私も最初に『なんじゃこりゃ』とは言いましたが、個人としてはこのデザインは本当に好きです。私は仕事上、自宅で新しいエアコンの試験をすることがありますが、あまりデザイン面で妻に喜ばれたことがなかったんです。でも、このデザインなら妻も喜ぶだろうなあ、と感じました。おかげで、開発中のモチベーションは本当に高かったですね(笑)。
「どこから見ても美しい」を目指す
FLシリーズのデザインへのこだわりは細部に及ぶ。たとえば、エアコンは室外機が必要なため、室内機内部から配管を外に通す必要がある。そして、この配管をしやすくするのが、室内機に設けた「切り欠き部」と呼ばれる配管取出口の存在だ。一般的なエアコンは、色々な方向から配管できるよう、室内機の左右側面と下面左右の合計4つの切り欠き部を設けている。切り欠き部は、切断しやすいように外周に細い穴・溝が形成されているが、この穴・溝がデザイン性を低下させている。しかし、FLシリーズは初めから配管用の穴が開いている付属パーツを4枚同梱した。配管穴が必要な場所にだけパーツを取り付けるため、余計な切り欠き部の穴・溝がなくなり、施工性もアップしたという。もちろん付属品をつけることでコストは高くなるが、「シンプルデザイン」の追求には、それだけの価値があるという判断だろう。
左、一般的なエアコンの切り欠き部。真ん中・右、配管穴が必要な場所にパーツを取り付ける仕様のFLシリーズ。
開発のエピソードには、チームのこだわりの細かさを物語るものも多い。たとえば、谷川氏は光の角度によって、白い製品の本体に反射する光が気になったという。確認してみると、光の反射は10cmほどの間隔で現れるものの、大きさとしては数mmほどの小さなサイズ。しかし「シンプルなデザインにこの反射は目立つ」と考えた谷川氏は、開発中の製品を社員の家に持ち込み、実際の使用環境でチェック。そして、反射を打ち消すためのパーツを追加で設計した。
ひと目惚れの結果が生み出した製品
今回の印象的だったのは、チーム全体で「コンセプトモデルのデザインを再現しよう」という意識を高く持っていたことだ。インタビュー中には、デザイナーが「ここはコストがかかるから諦めざるをえない」と思っていた点を、設計が「それじゃ駄目だ」と打開策を考えた、といった話もあがった。デザイナーが見た目にこだわり、設計は機能だけを追求するという、よくある製品開発の対立はそこにはない。
また、一般的なエアコンは通常1年で開発されるが、FLシリーズは完成までに実に4年もかかっている。それだけ妥協を許さずにストイックにデザインと機能を追求した姿勢には、ただただ驚くばかりだ。中洲氏はこの点について「最初に皆がデザインにひと目惚れをした。だから、あとはどれだけ困難でも、それを原動力に製品化まで突き進められた」とコメントした。
コンセプトモデルを見た幹部は「これからの日本のエアコンデザインの流れを変えられる」と語ったという。このFLシリーズの発売をうけ、今後エアコンのデザインがどう変わるか非常に楽しみである。