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世界の経営学のトレンドは
機械学習を駆使した定量解析へ

2019年10月 | Expert interview

今回の特集で取り上げた『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』の著者である入山章栄氏は、米国で経営学を学び、ニューヨーク州立大学で助教授を務めた後に帰国。現在は早稲田大学ビジネススクールの教授として経営学の研究と教育に携わっています。加えて、執筆や講演活動、複数の企業の社外取締役を務めるなど幅広い活動を行っています。同書を執筆した背景や世界の経営学について伺いました。

早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)
経営学博士 教授
入山 章栄 氏

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。

グローバルな経営学研究の標準は大量データの定量解析へ

入山氏は『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』を執筆した背景について、以下のように語ります。

「現在、世界の経営学の研究は大量データの定量解析が主流となっています。少数の会社へのインタビューだけで論文をまとめるような定性的な研究はそれほど行われていません。最近では、機械学習も使われます。また、経営は人間が行うことですから、神経科学も用いられています。これがグローバルな経営学研究の標準となっています。しかし、そこに参加している日本人研究者は非常に少ないので、最先端の知見が日本ではほとんど知られていません。その現状を知ってもらいたいという思いから執筆したのが、前著『世界の経営学者はいま何を考えているのか』でした。その後に執筆した本作では、より柔らかい形で今のビジネスパーソンが仕事で悩んでいるテーマ、例えば、ダイバーシティーやグローバル化などを取り上げ、最新の経営学ではこのような知見があって、こうした考え方ができるという解説をしています」

経営学の急速な発展をもたらしたICTの進化

こうした統計解析による経営学の発達には、コンピュータとインターネットの発達が大きく寄与しています。

「世界の経営学が一気に発展したのは、やはり研究用のデータが大量に手に入るようになったことが大きいといえます。経営学は以前から統計解析が盛んでしたが、かつては企業の情報が手に入りにくく、サンプルが50程度だったりします。現在ではそのようなサンプル数で研究を行うことはありえません。場合によっては億単位のデータを扱うこともあります。最近では機械学習も使われていますから、コンピュータ技術の発展は、経営学に大きな影響を与えています」

また、インターネットの普及によって学術界全体で世界標準化が進んでいるそうです。

「例えば、私が今取り組んでいるプロジェクトでは、アメリカ、インド、ニュージーランドの研究者とビデオ会議でミーティングを行い、クラウド上の共有ドキュメントに同時に執筆しています。とても便利な時代になりました」

現代のビジネスでは、英語・数学・プログラミングという3つのプロトコルが揃った領域であれば、世界中どこにいても同じように仕事ができるといわれています。世界の経営学研究もこの3つのプロトコルでグローバルに標準化されているそうです。

ビジネスや組織の普遍的なメカニズムを解き明かしたい

経営学の世界では世界標準化と並行して”科学化”が進んでいると入山氏はいいます。

「”科学”とは、普遍的な真理を見つけることだと思います。自然科学においては、例えば”万有引力の法則”のように、あらゆる物体にも適用できる普遍的な真理があります。世界中の経営学者は、あらゆる企業や組織にも当てはまる普遍的な経営のメカニズムを解き明かそうとしています。しかしながら、経営学は人間が行っていることを対象とした社会科学のため非常に複雑で、そこから普遍的な真理を見つけるのはとても難しいものです」

一方、今後の経営学には、いわゆるデザイン思考のように科学化とは別の方向性も重要になると入山氏は予測します。

「科学は物事を小さな要素に分解して理解します。経営学もビジネスを細かな要素に分けて研究します。しかし、各分野の専門家が探求したものを、単に1つにまとめても機能しません。私の知る限り、今の経営学はこの問題に対する解を持っていません。おそらく、要素還元主義的な科学化と、全体性を重視する方向、この両極が大事になると思います」

思考の軸や羅針盤として経営学を活用する

入山氏はビジネスパーソンが経営学に接する際のスタンスとして、課題に対する直接的な答えを求めるのではなく、思考の軸、羅針盤として使うことを勧めています。

「ビジネスはとても複雑なもので、そもそも正解はありません。しかし、自分のビジネスや抱えている課題について、ある理論に基づいた説明が得られれば、そういう考え方もあるかと頭の中を整理できます。その説明が自分の感覚と違うなと思えば、なぜ違うのかを考えることもできます。私はこれを”思考の軸”と呼んでいます。思考の軸とは、物事に切り口を与える包丁のようなものです。切り口を変えれば、中身の見え方も変わってきます。あるいは羅針盤といってもよいでしょう。何を羅針盤にするかは人それぞれですが、世界中の経営学者が集まって得た知見を取り入れてみるのも1つの方法ではないでしょうか」

入山氏は現在、3冊目となる書籍をまとめています。

「世界の主要な経営理論をビジネスパーソンに分かりやすく伝える内容になります。そこで取り上げている理論を自分の会社に当てはめて議論していただくと、大変盛り上がります。これこそ、まさに思考の軸というものです」

経営学に何を求めるか
出典:入山章栄

経営学に直接的な答えを求めるのではなく、思考の軸として使うことにより自分の考えを論理的に確認したり、思考をより深めることができる