2014年11月12日
珠玉の映画「ガガーリン」、「インターステラー」で
宇宙飛行の「過去」と「未来」の追体験を
この冬、超お勧めしたい宇宙の映画が2本。11月22日公開の映画「インターステラ―」では人類の未来に、そして12月20日公開の映画「ガガーリン 世界を変えた108分」では過去に遡り、主人公と共に宇宙を旅し、その恐れや歓喜、興奮を追体験できる。その世界に浸ることで「人類はなぜ宇宙に行くのか」という本質的なテーマに対して、深い示唆をも与えてくれる作品だ。
ガガーリンの打ち上げシーン。赤茶けた砂漠が広がり、まるで「火星」のようなバイコヌール宇宙基地の風景は当時も今も変わらない。ガガーリンが旅立った発射台から若田飛行士ら日本の宇宙飛行士も飛び立っている。宇宙ファン必見のポイント。©2013. Kremlin Films All Rights Reserved.
公開の順番は逆になるけれど、まず「ガガーリン 世界を変えた108分」から。今年2014年はユーリー・ガガーリン生誕80周年だ。人類初の宇宙飛行を行った英雄として知られるガガーリンや宇宙飛行については、当時が米ソの宇宙レースの真っただ中だったこともあり、表に出ていない事実も多い。たとえば選抜の過程や宇宙飛行の詳細、そして何より未知の宇宙に対して、どのような恐怖や葛藤、期待があったかという感情の部分。
本作では初めてご家族の全面協力を得て、貧しい農家で育ったガガーリンの生い立ちから、3000人以上のパイロットから20人の宇宙飛行士候補者に選ばれ、過酷な選抜を経て、最後の一人に選ばれていく過程と本人や宇宙飛行をとりまく人たちの揺れ動く感情を丁寧に描いていく。
中でも注目したいのは、選抜試験。宇宙の無重力状態で人間が生きられるかもわからなかった時代、考えうるあらゆる検査が課されていく。映画でも長期間の隔離試験や減圧試験、重力加速度を課す試験など様々な試験の様子が紹介される。遠心加速機の試験は現在も行われていて、8Gをクリアすれば合格と聞くが、当時の試験は10Gを超える。宇宙行きのたった一枚の切符を得るために、肉体も精神も破たん寸前まで自らを追いこみ、意識を失いながらも「一番」をとるために歯を食いしばる候補者たちの様子は鬼気迫る。
ユーリー・ガガーリンはなぜ3000人以上のパイロットから選ばれたのか。この映画を見ると納得できる。打ち上げ後、ラジオを聞いて初めてガガーリンが宇宙に行ったことを知る両親や妻の様子も見どころだ。©2013. Kremlin Films All Rights Reserved.
しかも、だれが飛ぶかは直前まで明かされずライバルたちは激しく火花を散らす。宇宙飛行を行えば栄光は得られるが、死に至る可能性も高い。候補者たちはその恐怖を誰よりも分かり合える仲間であるとともに、ライバルでもある。嫉妬と軋轢、そして友情。特に超優秀と言われ、ガガーリンと最後まで争ったゲルマン・チトフ飛行士とのやりとりに注目してほしい。
宇宙飛行についても見どころ満載だ。数年前にロシアで取材した際、ガガーリンがたとえ気絶しても無事に帰還できるように、ほぼすべてが自動操縦で行えるよう設計されていることを、老齢の関係者から聞かされた。コンピュータは存在せず紙と鉛筆で計算していた時代であり、いかに困難なことだったかも。だが、実際のガガーリンの状態はこの映画を見るまでわからなかった。それは想像を遥かに超えていた。次々襲いかかる危機、途絶える通信、騒然とし頭を抱える地上管制センター。しかし、小さな宇宙船は設計通りに働き、いくつもの危機も乗り越えていく。
人類初の偉業の裏に様々なトラブルがあったこと、それを克服できたのは何より人間の力であること、当時の技術力の高さ、チームを率いた設計技師長セルゲイ・コロリョフの強力なリーダーシップ、発言から垣間見える温かな人間性にも深い感動をおぼえる。
実際にガガーリンの生家を訪れている的川泰宣JAXA名誉教授と菊地涼子さん(TBS宇宙特派員プロジェクトで宇宙飛行士訓練を受け1990年に宇宙飛行士の認定を受けた)は試写会で、事実に忠実に描かれガガーリンの実像が描かれていることを絶賛。菊地さんはロシア「星の街」で生活し訓練していた頃、ガガーリンの奥さんも同じアパートにいたそうで「家族の苦悩にも胸を打たれる」と感慨深げだった。
宇宙飛行の父と呼ばれるコンスタンチン・ツィオルコフスキーは100年以上前に「地球は人類のゆりかご」と表現し、人類はいつまでもそのゆりかごにとどまっていないだろうと続けた。ゆりかごから最初に出たのがガガーリンだとすれば、全人類がそのゆりかごから出て他の惑星へ移住する未来を描いたのが「インターステラ―」だ。
移住に適した惑星を探しに恒星間飛行に飛び立つ宇宙飛行士たち。この宇宙服も歴代の宇宙服を研究して独自に考案したとか。手前に見えるのが人工冬眠用のカプセル。©2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.
この映画を見て、私がまず思い出したのは若田飛行士が常々口にする「宇宙開発の目的は種の保存である」という言葉だ。正直、目の前の現実とは感覚的に遠いと思っていた。だが、この映画を見て初めてその目的を納得できた。
舞台は未来のアメリカ中部。主人公クーパーは元テストパイロットで現在はトウモロコシを育てる農家。宇宙探査に税金を投入する余裕はないことからNASAという組織はなくなり、月面着陸もねつ造だったと教科書に書かれている。だが、地球には食糧危機が訪れ、人類は移住先の惑星を求めて、宇宙飛行士を飛び立たせる。目指す惑星は、太陽系の外。つまり恒星間飛行(インターステラ―)で移住に適した惑星を探しに行くという設定だ。旅立ちの日、クーパーは幼い娘に「必ず帰ってくる」と約束する。
恒星間飛行を実現するために、この映画では現在考えられる様々な理論が使われる。ワームホールを利用した飛行、人工重力を発生する宇宙船、人工冬眠、相対性理論による時空の歪み(子供は歳をとっていくのに父親は歳を取らない)などなど。世界有数の理論物理学者キップ・ソーンや宇宙飛行士が技術監修を行っている。
しかし、SF映画にありがちなどこか遠い話にならず、リアリティーを感じ、主人公に感情移入できる理由は、未来の地球の生活が決して薔薇色の世界でなく、日々の食料にも困るような、むしろ荒廃した世界であること、そして時代が変わっても普遍的な家族の愛情がしっかりと描かれていることだ。
ワームホールを通り、別の恒星まで宇宙飛行。ターゲットとなる惑星を探査する宇宙飛行士たち。ここに人類は移住することになるのか。予想を超える展開が待っている。©2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.
そして人類の未来を背負って宇宙探査を続ける宇宙飛行士の人物描写。エリートとは対極であり、それぞれの野望を持って参加しているためチームワークは必ずしも良好でない。自分の研究成果のため、家族を守るため、相反する目的は極限状態で激しい衝突の原因となる。絶体絶命の危機に瀕して、クーパーは娘との約束を果たすため、いちかばちかの賭けに出る。父親は娘の元に戻れるのか。終盤では想像をはるかに凌駕する世界が展開され、最後に描かれる未来像に「こんな世界を生きてみたい」と初めて希望が生まれる。この独特の世界観、そこに至る展開には心底、圧倒されてしまった。
「ガガーリン」と「インターステラ」。宇宙に飛び立した人類の過去から未来まで、ぜひぜひ堪能してみて下さい。