臆病な宇宙飛行士、悔し涙の日々を乗り越えて—金井飛行士インタビュー①
8月末、金井宣茂JAXA宇宙飛行士が2017年11月頃から国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在することが発表された。金井さんは2009年9月、補欠から繰り上げ当選で宇宙飛行士候補者に選ばれた、元海上自衛隊のお医者さん。同期生である油井亀美也、大西卓也飛行士の宇宙行きが次々決まる中、ようやく手にした「宇宙行きの切符」だ。
記者会見では「どんな性格ですか?」という質問に対し「臆病で用心深い。海底や洞窟の訓練では他の飛行士はアグレッシブでどんどん行こうとするが、自分は『ちょっと待て』『準備してから行こう』と段取りをチェックし、引き留める役」と自己分析。
宇宙飛行士と言えば、超エリートまたはスーパーマンで常に前向きなイメージがつきまとう。こんなに「臆病です」と正直に打ち明ける宇宙飛行士はこれまでいなかったかも、と逆に新鮮な驚きがあった。その一方で金井さんは、専門の医学の話になるととたんに饒舌になる。ISSの後、人類が小惑星や火星を目指すには解決しなければならない医学的課題も多いが、宇宙医学では「日本の強みを生かしたい」と熱く語った。何を?どのように?
そこでDSPAEでは金井飛行士に個別インタビューを行い、じっくり伺った内容を二回にわけて紹介します。まず1回目は「金井さんってどんな人?」
おばあちゃんと一緒に「水戸黄門」を見るシャイな子
- —金井さんは1976年東京都生まれ、千葉育ちですね。どんな子供でしたか?
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金井:
おばあちゃん子でテレビで「水戸黄門」や時代劇、大相撲とかを一緒に楽しむ、ちょっと「ジジババ臭い」子供でしたね(笑)。かぎっ子だったので、たまにおばあちゃんが田舎から出てきてくれたんです。おばあちゃんが大好きでした。
- —宇宙飛行士の選抜試験では、折鶴を折るのがとても上手だったという噂を聞きましたが。
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金井:
私のための試験だ!と。あれでだいぶん、ポイントを頂きました(笑)。おばあちゃんと一緒によく折鶴をおっていたんです。男の子とプロレスごっこをするよりは女の子と折り紙遊びをするような、シャイな子供でした。
- —なぜ自衛隊に入って、医者を目指そうと思ったのですか?
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金井:
両親が病院で薬剤師をしていたので、医療の世界に親近感がありました。患者さんの病気を治す手伝いができたらいいかなと。その一方で、医師だけでは面白くない。「どくとるマンボウ航海記」(北杜夫著)を読んで、世界中を旅するストーリーにひかれ、船医を目指してみようかと。当時はちょうど自衛隊が海外で国際貢献をするようなミッションが始まったこともあり、自衛隊のお医者さんになって世界を股にかけて仕事をしたら、きっと面白いだろうと思ったんです。
医者になるまで金井さんは宇宙飛行士を意識してはいなかった。ではいつ、どのように金井さんが宇宙を目指すようになったかと言えば、二つのきっかけがあるようだ。一つは医師が宇宙飛行士を目指した本「中年ドクター宇宙飛行士受験奮戦記(白崎修一著)」を目にしたこと。「自分も今やっている仕事だけではない可能性があるのでは」と思ったそうだ。
そしてもう一つは米海軍に潜水医学の勉強に行ったときのこと。海軍の女性医師の写真が額に入れて飾ってあった。なぜ飾ってあるのか聞いたところ、「ここで潜水医学を学んだ後、NASAの宇宙飛行士になった」と聞いた。米海軍の軍医が宇宙飛行士になれるなら、自衛隊の医師の自分がなってもいいのではないか、と現実味をおびたという。
訓練—自分は宇宙飛行士に向いていないのでは、と悩んだことも
- —金井さんは油井飛行士・大西飛行士から約半年遅れで宇宙飛行士候補者に選ばれ、訓練にも遅れて合流されましたね。ご苦労もあったのではないでしょうか?
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金井:
私たち日本人3人と米国やカナダの宇宙飛行士候補者、合計14人でNASAの宇宙飛行士学校に入ったんです。同期生は団結して一人も落第を出さずに宇宙飛行士になろうという目標をたてて、みんなから面倒を見てもらいました。群れの中に必死でついて行きました。
- —大変だった訓練はなんですか?
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金井:
どの訓練も大変で、一つとしてやさしい訓練はありませんでした。逆に、宇宙飛行は危険を伴うので簡単であってはいけないとも思います。毎日落第点をとって悔し涙を流しながら、何が悪かったのか、どうすればいいのか、先輩や同期生と相談して何とかやってきた感じです。
- —悔し涙ですか・・ストレス解消はどうしていますか?
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金井:
寝ることですね。寝るのが大好きなんです(笑)。訓練で求められるレベルが非常に高くて、なかなか習ってすぐにできるものではない。何回もダメだしされて「くそーっ」と思いながら帰ってきて、寝る。「こんなん絶対にできないわ」と絶望して帰ってきたのに、一晩ぐっすり寝ると「よし、もう一回やってやろうか」と。
- —悩んでも寝られる方ですね?
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金井:
平気です(笑)
- —記者会見で「自分は臆病で、アグレッシブな宇宙飛行士が多い中で『ちょっと待て』という役目だ」と言われていましたね。でも実際にアグレッシブな人に「待て」というのは勇気がいるのではないですか?
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金井:
そうですね。私も最初は「自分の性格が宇宙飛行士に向いていないのではないか」、「アグレッシブでないと宇宙ミッションでやっていけないんじゃないか」と悩んだ時期もありました。でもそこを突き抜けて、自分は自分でいいじゃないか、慎重な人がチームにいることで、チーム全体を助けることができるのではないかと思えるようになりました。ベテランの宇宙飛行士はよくわかっていて、若手にも「何か意見があるときは遠慮なく聞いてくれ」と言ってくれましたし。
- —突き抜けるきっかけは何かあったんですか?
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金井:
年をとったからですかね(笑)
- —いつ頃から「待て」と言えるようになったんですか?
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金井:
割と最近ですね。宇宙飛行士に認定された頃は、ぜっんぜんダメでした。洞窟で行うチームワーク訓練(CAVES 2011年9月)でもイケイケの人ばっかりで自分だけおいていかれるな。。と結構悩みましたね。今年8月に行われた海底訓練NEEMOでもコマンダー役のルカ(イタリア人宇宙飛行士)はいい男なんですが、イケイケの人なので、すごい引き留めてましたね。「待て」と言えるようになったのは、ここ1~2年ですね。
セルフマネジメントを貫き、準備は万端!
- —訓練ではロシア語も大変そうですよね。金井さんがJAXAウェブサイトに書かれた「宇宙飛行士・修行日記 語学の壁」(欄外参照)を拝見すると、他の飛行士が拙いロシア語でどんどん会話をしようとしても、金井さんはロシア語の文法をマスターするまでは、ロシア語―英語の通訳を使っていたそうですね。消極的だと批判的にとられることもあるが、自分の性分だからと。
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金井:
割と頑固ですよね(笑)。自分のパフォーマンスを一番発揮できる環境を作らないといけない。無理することで失敗したりパフォーマンスを発揮できないのはよくないと思っています。
というのも宇宙飛行士訓練では「セルフマネジメント」(自己管理)が最初に来て、次に「チームマネジメント」、「ミッションマネジメント」が続きます。私自身の性格として、自分が不安になったりする環境ではパフォーマンスが出ないので気を付けています。たとえ頑固だと批判されようとも(笑)。
- —そこが、金井さんの強さかもしれませんね。
記者会見で、宇宙飛行任命を待っている間の思いを聞かれた金井さんは「本当に焦りはなかった」と答え、こんな説明をした。「テレビゲームのロールプレイングゲームでは弱い主人公が経験を重ねて強くなって悪魔を倒す。人によってはレベルが低いところでもどんどん進めます。でも私は準備万端で十分強くなってから相手を倒すのが好き。だから飛行の任命をされるまでの時間は待ち時間ではなく、豊富な時間を与えられて万全の準備で臨むための時間だと考えていました」
まわりに流されることなく、豊富な時間を使って自分の能力を向上させることに務めた結果、十分に強く、万全の準備を整えた金井さん。本番の宇宙で何をしようとしているのか?最先端の宇宙医学は本当に面白い話題がいっぱい。次回たっぷりお届けします!